6.目の前には貴方の姿。
窓の外にふと目を向けてみた。
視界に飛び込んでくるのは見渡す限りの緑…緑…緑…普段生活している場とは、大きく異なった雰囲気が広がっている。
でも不快さは微塵も感じなかった。
むしろ…気持ちいい。
窓から入ってくる風にそっと目を閉じた。
あ…風に、匂いってあるんだ。
ちょっとした発見が、とても大きなモノに感じた。
『見上げれば同じ空。<6>』
「とりあえず、彼女には休んでもらうよう伝えてきました」
パタン、と静かに扉を閉めて悟飯が居間に戻ってきた。名前と名乗った彼女は「もう大丈夫」だとか「ソファで休ませてもらえれば十分」だとか言っていたのだが、このまま居間で休息を取ることは難しいだろう、と悟飯は判断した。
そしてその判断は正解だったと言える。
現に、至極つまらなさそうに「ちぇ〜」と呟いている子供たち2人がいるのだから。
「それより悟飯。どうするんだ?あの娘」
「でも、連れてきてしまったのはこいつらなんだし、このまま追い出す訳にもいきませんよ」
クリリンの言葉に悟飯は困ったように頭を掻いた。
「兄ちゃん!家に住まわせてあげようよ!他の世界から来たんだし、きっと住む所なんてないよ」
「それだったら家の方が広くていいじゃないか。ママに頼んで、あの姉ちゃんは家に住まわせてもらえるようにするよ」
「そんなぁ!ずるいよ、トランクスくん!!」
「まぁ、待てお前たち」
勝手に話を進めている子供たち2人を悟飯が宥めた。何故こんなにもあの女性に肩入れしているのかはわからないが、本当にこの2人の彼女に対する関心は高いらしい。
それだけに、悟飯から小さなため息がもれる。
「異世界から来た…っていうのはお前らが勝手に言ってることだろ?」
「でも悟飯さん、神龍もっ」
「だけど、彼女がそうだっていう確証がある訳じゃない」
確かに変わった気は持っている。
だが、それでは確たる証拠にはならない。
彼女自身もこうなった経緯についてよくわかっていないようだったし…とにかく、様子を見ながら話を聞いていくしかない。
悟飯はそう思っていたし、何も言わないがおそらくクリリンも同意見だろう。
「よく考えてみろ。もし、彼女にちゃんとした身寄りがあったら…お前たちのしたことは誘拐と同じようなものなんだぞ?」
「っ…僕たち、そんなつもりじゃ…」
「でもな悟天。それくらいまだ彼女には謎が多いんだ」
だから、突っ走るな。
悟飯にそう言われては、頷くしかない。
少し肩を落としつつも、椅子に静かに腰をかけた。その時。
シュンッ
「っ、悟空っ!!」
突然、クリリンのすぐ横に悟空が現れた。
瞬間移動を使ったのだろう。その表情は真剣で…でも、どこか焦っているかのような…
「な、なぁ…」
「何ですか?父さん」
突如として現れた悟空の口から発せられた言葉に、その場にいた4人は思わず言葉を失った。
時を同じくして…
「はぁ…」
あたしは窓の外の景色を見ながら、思わずため息をついた。
「ホント、びっくりした…」
悟天くんやトランクスくんと会った時もびっくりしたけど。まさか、あの悟飯くんとクリリンさんにまで会うとは思ってなかった。
いつも見ていた夢は悟空と2人っきりで、真っ暗闇の中…それと比べたら、今のは大違いの夢で。
「何で、急にこんな明るい夢になっちゃったのかなぁ…」
ふぅ、と呟いてみても答えなんて出てこないけれど…でも!と思い直して顔を上げる。
いくら夢とはいえ、これは状況的にはかなり美味しい!!何といっても、ドラゴンボールの世界を堪能し、トランクスくんに運ばれつつお空の散歩まで体験できちゃったんだから!!
悟飯くんがお兄ちゃんしてるとこも見れちゃったし。悟天くんはかわいいし。クリリンさんはコロコロとよく表情が変わるところも漫画通りだし。
「ふふっ」
そう思っていたら、自然と笑っていた。
また、窓から入ってくる風があたしの頬と髪を撫でていく。もう少し休んでいていい、という悟飯くんの言葉に甘えて、用意されたベッドに体を横たえて布団をかぶった。
このまま眠ったら、元の世界に戻ってるのかなぁ…そう思うと、何だか胸がモヤモヤした。
「…悟空に、会ってないのに」
ふと、そんなことを呟いた時だった。
「ダメですって、父さん!」
「でもよ!」
「彼女、たぶん今は寝てますから」
「〜〜〜〜っ、でもオラ、やっぱダメだ!!」
…ん?
何だか、扉の向こうが騒がしい??
目を閉じたまま、扉の外の雰囲気に少しだけ眉根を寄せたのとほぼ同時。
バンッ
「っ!!?」
壊れるんじゃないかってくらいの勢いで扉が開かれて。思わずビクッと肩を竦ませるあたし。
そして…
「あ…」
音の出所へと目を向けたあたしは、言葉が出てこなかった。今、あんなにも会いたかった存在が、そこに立っていたから。
「おめぇ…」
聞きたかった声が、あたしの耳に届く。
ひどく驚いた顔をしているけど、その表情は確かに貴方のもので…ゆっくりとベッドへと近付いてきた貴方を、あたしは両手を自分の口元に当てたまま、何も言えず見上げていた。
「何で、ここにいんだ?」
「え…あたしにも、よくわからない、けど…」
「すげぇ微かにだったけど、おめぇの気を感じたから、オラ…」
悟空もあたしの瞳を見たまま、動かない。
気のせいかな…少しだけ、声が震えているような気がした。
「また悟空にとっては、“久し振り”なのかな?」
「あぁ、すっげぇ久し振りだ」
うん、やっぱりそうだよね。
あたしは昨日見た夢で、彼に会ったけど…今あたしの目の前に立っている悟空は、昨日の夢の中で会った時よりもずっとずっと逞しくなっている。
「今回のは、いつもの夢とはちょっと違うみたいだね」
「夢?」
笑いながらそう言うあたしの言葉に、悟空はちょっとだけ首をかしげたみたいだった。
「悟空?」
珍しく考えこんでいる悟空にあたしも何だか不安になってくる。その時。
「っ…」
悟空の大きな手が、あたしの額から頬にかけてスッと撫でた。
「ははっ。オラ、名前に触れっぞ」
そう言いながら、嬉しそうに笑う悟空。
当のあたしは…
「なっ、ななっ…」
突然のことに、慌てふためくしかなく。その時の悟空の言葉を深く考える思考能力なんて、すでにぶっ飛んでいた。
…は、鼻血吹きそう…
きっと顔なんて真っ赤になってるんだろうな。そんなことを思ったり、鼻血の心配をしたりしながら、あたしは真っ赤な顔を隠すように俯くことしか出来ませんでした。