57.今できる、精一杯のこと。


色んな気持ちが錯綜して、正直よくわからない。



『見上げれば同じ空。<57>』




突然のチチさんの訪問。
こんな時に、悟空はいつもの修行に行っていて不在。
どうしたらいいのかわからないまま立ち尽くすあたしに助け船を出したのは悟飯くんだった。

「と、とりあえず中で座ったらどうですか?母さんも、名前さんも」

悟飯くんのことを見上げたあたしは一体どれだけ不安な顔をしていたんだろう。
その証拠に…
悟飯くんはそっとあたしの肩に手を置いて、小さく頷いた。
まるで“大丈夫”って言うみたいに…

…それからどれくらいの時間がたったかはよく覚えていない。
案外短かったのかもしれないし、体で感じていた通り長かったのかもしれないし…
わかっていたのは、喉がカラカラになっていく感触だけ。

「それにしても母さん、急にどうしたんです?」
「別にどうもしねぇ。用事がなくたって悟飯や悟天に会いに来たっていいべ?おらは母親だかんな」
「それは、そうですけど」
「悟飯も悟天も、元気そうでおら安心しただ」

リビングからそんな会話が聞こえてくる。
悟飯くんが何とか場を取り繕ってくれて、チチさんとはとりあえずお昼ご飯をご一緒することになった。
チチさん、悟空に会いに来たんだろうけど、当の本人はまだ帰ってきていないしね…
そして、あたしは今一人台所に立っている。

“悟飯くんも悟天くんも、せっかくお母さんが来てくれたんだし水入らずで話してていいよ”

…なんて、聞こえはいいことを言ったけど、あたしはただあのリビングから逃げ出したかっただけ…なんだと思う。
そう思うと何だか自己嫌悪。

「…ふぅ…」

小さなため息が漏れた…その時だった。

「へぇ…なかなか手際が良いだな」
「っ…」

すぐ後ろで声がしてびっくりして振り返るとそこに立っていたのはチチさんで。
声を失っているあたしににっこりと微笑んだ。

「やっぱりおらも手伝うだよ。大変だべ…ここの男どもは信じられねぇくれぇ食うかんな」
「は、はぁ…」

腕まくりをしてやる気のチチさん。
キョトンとしているあたしをよそに慣れた手付きで料理を進めていく。
…やっぱりすごい。
あたしなんて足元にも及ばない。
じっと手元を見詰めるあたしに気が付いたのか、チチさんがまた笑った。

「名前さん、でよかったべか?」
「あっ、はい」
「おめぇ、偉ぇだよ。若ぇのにきちんと料理してるみてぇだし…良いお嫁さんになるべ」

その一言に思わず絶句してしまったけど、あたしの顔色が変わったことはたぶんチチさんには気付かれなかった。

「そういや家の勝手もよくわかってんだな、ここにはよく来てるだか?」
「えっと…」

もう、なんて言ったらいいのか…
しどろもどろで視線も泳ぐ。
悟空、早く帰ってきて〜!?




時々来るチチさんの質問に視線を泳がせつつ、何とかお昼ご飯を作り上げる。
そして、ご飯が出来上がってしばらくして…悟空は帰ってきた。
今更だけど、悟空の腹時計は何よりも正確だと思う。
そして案の定…

「あり?チチじゃねえか、おめぇ何でここにいんだ?」

…と、驚いていた。

「何でじゃねぇだ。おらだってたまには悟飯や悟天に会いたくなるべ」
「あぁ、そっか」

チチさんの言葉に納得したらしい悟空。
一言だけそう返すと「ひゃ〜、腹減ったぁ」とお腹をさすりながらあたしの横に立った。
そして次の瞬間、少しだけ腰をかがめてあたしの耳元に口を近づける。

「おめぇ、大丈夫だったか?」
「…え?」

小さな声でそう言われて、驚いた。
言われた内容はもちろんわかったけど、まさか悟空がこんな風に気にかけてくれるなんて…
それと同時にチチさんのことが気になったけど、ちょうどその時リビングにいる悟飯くんたちに声をかけているようでこっちを向いてはいなかったから…

「…うん、ありがとう」

とだけ小さく口にして、あたしも頷く。
悟空はそんなあたしを見て、安心したように微笑んだ。

「そっか。じゃ、向こうで飯にしようぜ」

そう言うと同時にあたしの頭をポンポンと撫でる悟空。
悟空にこうして頭を撫でられるのは好き。
思わず照れ笑いをしそうになるあたしだったけど…

「悟空さ!」

チチさんの声が聞こえてきて、また肩に力が入る。

「名前さんにそったらことしたら、失礼だべ!」
「え…何でだ?」
「何でって、名前さんは悟飯の恋人だべ?悟空さが気易く触れるもんじゃねぇだ」
「…へ?」
「…え?」

チチさんの口からこぼれたまさかの一言。
きっとあたしと悟空は同じような顔をしながら絶句していたと思う。
ちょうどキッチンに足を踏み入れようとしていた悟飯くんも。


…あれ、れ?
何で、そんなことになっているわけ??


驚いた表情をしている悟飯くんを見る限り、彼がそう言ったようにも見えないし。
当の悟空も「めぇったなぁ…」とか言いながら、頭をかいている。
…どうしよう…訂正していいの、かな?
それとも、今はこのまま話を通していたほうがいい??

「あ、あの…」

色んなことが頭の中を駆け巡ったけど…
やっぱり嘘はつけないと思った。
だって、そんな中途半端な気持ちじゃないもの。
そんなもので誤魔化せるような気持ちじゃない。
もっともっと…真剣に悟空のことが好きだもの!
そう思ってあたしが顔をあげたその時…元気な声に言葉を遮られる。

「違うよ、お母さん!名前お姉ちゃんはお父さんの恋人なんだよ」
「っ、悟っ、悟天っ!!?」

一瞬息を飲んだ悟飯くんが慌てて悟天くんの口を塞いでいるけど…
キョトンとしているチチさんにはすでにしっかりと聞こえたことだろう。
真っ直ぐにチチさんのことを見つめるあたしとチチさんの瞳がゆっくりと合わさった。

「悟、悟天、何言うだ…そったらこと、ある訳ねぇべ?」
「でも、本当っ…むぐっ」
「悟天っ」

再び悟飯くんに口を塞がれる悟天くん。
チチさんの瞳は真っ直ぐにあたしへと向けられたまま。

「おめぇが悟空さの恋人だなんて…だいいち若すぎるべ!」
「っ、いや、あたしはそんなに若くな…」
「い〜や、若ぇだ!悟飯とならお似合いだって思ったけんど、悟空さとだなんて…おら、認めねぇだ!!」

キッと睨まれて、思わず両手を握りしめた。
…てか、チチさんはあたしのことを一体いくつくらいだと思っているんだろう?(汗)
その時だった。
肩にそっと手を置かれた感触…顔を上げると悟空があたしの肩に手を置いたまま、真剣な眼差しをチチさんへと向けていた。

「チチ…悟天の言うことは本当だ」
「悟空さまで、そんなこと言うだか!」
「そんなこと言われてもよ…名前と付き合ってんのは本当だかんなぁ…今、一緒に住んでんだ」
「っ…」

チチさんが一瞬息を飲んだのがはっきりとわかった。
大きな黒の瞳がみるみる潤んでいく。
その表情に心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚に陥るあたし。

「けっ、結婚もしてねぇだに…一緒に暮らしてるなんて破廉恥だべっ!!?」
「チ、チチさんっ…」
「おら、もう知らねぇだ!!」

そう言い放って、チチさんは走るようにキッチンを出て行った。
向こうでも扉の音が閉まる音が聞こえたから、家から出て行ってしまったのかもしれない…
悟飯くんと悟天くんが慌てて追いかけていく。

「悟空っ、チチさんがっ…」
「……………」

見上げれば難しい表情をしている悟空。

「悟空っ、追いかけないとダメだよ!!」
「っ…おめぇ…」

真っ直ぐに悟空を見ると、悟空もあたしを見降ろしてくる。
そして一瞬辛そうな表情をしたと思った次の瞬間。

「…いやだ」

そう言いながら、強く強く抱きしめられるあたしの体。

「なっ、何でっ…」
「……………」
「チチさんっ、泣いてたんだよっ!?」
「…泣きそうな顔してんのは、名前も同じじゃねぇか」
「っ…」

泣きそうな顔をしてる?
…あたしが??
悟空に言われるまで、全く気が付かなかった…
でも…

「大丈夫だよ…あたしは、大丈夫だから」

そう言いながら悟空の背中を擦ると、ゆっくりと顔をあげる悟空。

「ちゃんと、話をしないと…このままには出来ないよ」
「でもよ…」
「チチさんも、一番ちゃんと話をしたいのは悟空だと思うから…だから、行って」

言いながら、悟空の胸をそっと押した。
何も言わない悟空。
思わず俯くあたしの顎に長い指がかかったのはその時で。

「っ…」

ちゅっ、と小さくリップノイズが響いて…唇に一瞬温かさを感じた。

「…わかった」
「悟空…」
「すぐ戻ってくっから、ここで待ってろよ?」
「…ん」

何とも言えない表情をして、あたしの頬を撫でてから玄関に向かう悟空。
その背中を、あたしはただぼんやりと眺めていた。

…今のあたしには、こうすることが精一杯…