58.指先から伝わる温もり。
「…馬鹿だなぁ」
「うぅ〜…そんなはっきり言わなくても〜…」
『見上げれば同じ空。<58>』
ピンポ〜ン…
「っ…」
ぼんやりとソファに座っていたら、ふと玄関のチャイムが鳴っていることに気が付いた。
…誰か来た?
「あっ…」
もしかして悟空たちが帰って来たのかな!!?
そう思って慌てて玄関に向かう。
その扉はドアノブに手を触れようとした途端、勝手に開かれてしまったけど…
ポカン、と見上げるあたしを見下ろしてその人は頭を掻いた。
「何だよ、いるじゃねぇか」
「…え?」
「何回チャイム鳴らしたと思ってんだ?誰もいないのかと思ったぜ」
「ラ…ラディッツさん…」
どこか呆れた表情をしていたラディッツさん。
でも、次の瞬間その顔はみるみる困った表情へと変わっていく。
あたしの瞳が思わずうるっと歪んでしまったから…
…そして冒頭に戻る。
キッチンのテーブルに座ったあたしの目の前には暖かいココアが置かれ…
向かいにはラディッツさんが座っている。
「…馬鹿だなぁ」
そして、この一言。
「うぅ〜…そんなはっきり言わなくても良いじゃないですか…」
「そうは言ってもよ…」
「…ひ、く…」
「だ〜から…」
向かいのラディッツさんは小さくため息をついて、手を伸ばすとあたしの頭をよしよしと撫でた。
こんな時思う。
そうしてよく頭を撫でてくれたり…
撫でられた時の感触が似ているのは、やっぱり兄弟だからなのかな…とか。
ふとした瞬間にもこうして考えるのは悟空のことばかり。
困った表情をして、ラディッツさんはあたしの頭を撫で続ける。
「そんなに泣くくらいなら何で行かせたんだよ…」
「だって…」
突然やってきたラディッツさんに促されるままというか…
涙を見られてしまっては誤魔化せなかったというか…
…格好悪いなぁ、あたし。
でも、自分が間違ったことをしたとは思えないし…思いたくない。
「名前?」
俯いていた顔を上げる。
「悟飯くんや悟天くんのお父さんとお母さんは悟空とチチさんだけなんですよ。だから、あたし…!!」
「……………」
「だから…」
あの時、ああしないとチチさんだけじゃなく、全てを裏切ってしまうような気がした。
悟飯くんにとっても、悟天くんにとっても、チチさんはたった一人の大切なお母さん。
あそこで悟空がチチさんを追いかけなかったら…
気を遣ってあたしを優先したら…
悟飯くんと悟天くんのことまで傷付けてしまう気がした。
「今更って言われたら…それまで、ですけど…」
俯きながら、また両手を握り締める。
悟空のことを好きになって…彼の気持ちを受け止めて…
覚悟はしていたつもりだった。
けど…
「わかってたんですけど、やっぱりこうして目の当たりにすると正直辛いですね」
「…お前」
「はは…馬鹿みたい、ホント…」
チチさんの存在がこんなにも大きい。
決して入り込めない何かがある…
「はぁぁ…しゃあねぇなぁ」
「…え?」
ふと目の前でラディッツさんの立ち上がる気配。
キョトンとして彼のことを見上げると、すでに横に立っていたラディッツさんに腕を掴まれて、立たされる。
「とりあえず、俺らの家に来いよ。親父もいるし」
「へ?」
ほら、と今度は背中を押されて玄関へと向かわされる。
玄関まで来て、あたしはそれ以上進まないように足を突っ張ると後ろのラディッツさんを振り返った。
悟空より少しだけ身長の高いラディッツさんに見降ろされる。
「ダメです。悟空が、待ってろって…」
「んなこと言ったって、ココで一人で泣いてるよりいいだろ?」
「それは…」
「ココにいたってあれこれ考えたり、思いだしたり、ろくなモンじゃねぇ…カカロットなら気配を探って名前がどこにいるかくらい、すぐわかるんだしよ」
それは、確かにそうかもしれない。
まだ悩む素振りを見せているあたしを促すみたいに、ラディッツさんに手を引かれる。
玄関から出る瞬間、ふとリビングを振り返った。
そこにあったのは誰もいなくなって、静けさだけが支配するリビング。
そっと重ねられた…引かれている手が、ほんのりと暖かかった…