59.日常の安らぎ


特別じゃないことの心地よさって…
普段は気付けないもの。




『見上げれば同じ空。<59>』




「ほら、入れよ」
「…いいんですか、ホントに?」
「今更だろ」

そう笑ったラディッツさんに背中を押されて、扉をくぐった。
ココに来るのは随分久しぶりな気がする。
キッチンから「何か飲むか?」と声がしたから、ありがとうございますと返事をした。
男の人の二人暮らしなのに、部屋の中は綺麗に片付いている。

「ラディッツさんがやってるのかな?」
「…ん?何がだよ?」

振り向くと両手にカップを持ったラディッツさん。

「お部屋、綺麗にしてるなぁって思って」
「そうか?まぁ、俺が汚れてるって感じねぇくらいにはしてるつもりだけどな」
「やっぱりラディッツさんがやってるんですね」
「あの親父がやると思うか?そういうこと」

その一言に脳裏に浮かんだのは、腕を組んで仁王立ちしてるバーダックさんの姿。
バーダックさんが家事…
いや、どう考えてもやらなそうだし、似合わなそうだ。

「…ふふっ」

そう思ったら、何だか笑っていた。
…あ、あたし、今笑った…
自分でもちょっぴり驚いて、顔を上げるとラディッツさんが優しい表情であたしのことを見下ろしていた。
その時思った。




ラディッツさんのおかげで、今少しだけ心が軽くなったような気がする…




悟空のこと、本当に優しい人だって思う。
だけど、ラディッツさんもなんて優しい人なんだろう。




「ラディッツさん、優しいですね」
「俺が?そうでもねぇだろ」
「いいえ、優しいですよ」
「……………」

じっと見上げながらそう言ったら、ラディッツさんは「…そ、そうか」と言いながら顔を背けてしまった。
原作の影響もあってか、正直初めてラディッツさんに会った時は苦手な印象が強かったけど…
今はそんなこと全然ない。

「ま、まぁとりあえず座れよ」

そう言ったラディッツさんに席を勧められた。
その時、ふと思い付くあたし。

「そういえば、ラディッツさんはどうして悟空の家に?」
「ん?」
「いえ、何か用事があったんじゃないですか?」
「あ〜…」

一瞬天井を仰ぐラディッツさん。

「別に大した用事じゃねぇんだ」
「本当?」
「……………」

背の高いラディッツさんの顔を覗き込む。
すると、ラディッツさん…少し頬を赤くして、バツが悪そうに口を開いた。

「いや…名前さ、シミ抜きの良い方法って知ってるか?」…って。

「へ?」

想像もしていなかった質問内容にキョトンとするあたしにラディッツさんはちょっと慌てているようだった。

「そ、そんな顔すんなって!親父が泥まみれにしてきた服の積もり積もったシミがいよいよ抜けねぇんだよ!」
「は、はぁ…」
「だからって汚ぇままだとキレやがるしよ…で、名前が何か良い方法知らねぇか聞こうと思ったんだ。ほら、名前は女の子だからよ、知ってるかなって思って」

言い終わった後のラディッツさんの顔は真っ赤だった。
もう恥ずかしくて赤いのか、落ちない汚れに怒りを感じているから赤いのかすらわからない。
何だか例の一件があったから、今の今までそのことすら忘れてしまっていたようなラディッツさんにちょっぴり笑ってしまった。
でも…

「わかりますラディッツさん!何をやっても落ちない汚れって最後には怒りすら覚えますよね!!」

…何だかんだで意気投合。






どれくらいたった時だったか。
部屋の扉が少し乱暴に開かれる。
そして続いて届いたのは、怒鳴り声にも近い声。

「おい、ラディッツ!帰ってんなら、さっさと…」
「…あ。」

入ってきたのはバーダックさんだった。
そして、ラディッツさんとあたしは頑固なシミと格闘中。
洗濯機のある洗面所じゃ狭くて、キッチンに洗剤やらタルやら洗面器やらを持ち込んでゴシゴシやっているところで思いっきりバーダックさんと目が合って、条件反射であたしも固まる(笑)

「…てめぇら、何やってんだ」
「何って…親父の服洗ってんだよ!少しは自分でやりやがれ!!」
「ふん、ごめんだな」

ケッ、とか言いながらバーダックさんは踵を返す。
そしてもう一度振り向くと睨みつけるように一言。

「…カカロットの許可は取ってきてんだろうな?」
「…へ?」
「面倒事はごめんだぞ」

もしかして…あたしのことでしょうか??
いえいえ、バーダックさん。
許可も何も…

「うるせぇよ、親父。色々あんだよ」
「あぁ?」
「あ、はは…まぁ、大丈夫です、バーダックさん」
「…そうかよ」

ふん、と言いながらバーダックさんはキッチンから出て行った。
でも、出ていく瞬間、少しだけ笑っているような気がしたから、怒ってはいないの…かな。

「突然お邪魔しちゃって悪かったでしょうか?」
「んな訳ねぇだろ…何だかんだ言って、親父もお前のこと結構気に入ってると思うぜ?」
「そうなんですか?」

…とても、そんな風には見えないのですが。
そう言ったらラディッツさんには「一応俺の親父だからな…よく知ったヤツじゃないとわからないことってのもあるんだよ」とだけ言われた。
そういうものだろうか…
ちょっぴり考えながら、ひたすら服をゴシゴシした。

…あれ?
あたし、さっきまで真剣に悩んでいたはずなのに、今はシミと格闘して…
あはは、何やってんだろう?

そう思ったら、何だかまた一人笑ってしまった。
そして思う。
うん、ラディッツさんの言った通り、あの家で一人で待っているのは辛すぎたかもしれない。
逃げているだけだって言われたらそれまでだけど…何かをしていたほうが気が紛れるっていうのは本当だ。

「…う〜ん、落ちませんね〜」
「だろ〜?」

そう言うあたしは苦笑い。
でも…心の奥底ではもう少しだけこの汚れが落ちないでいて欲しいと願っていたことは…ラディッツさんにも秘密にしておこう。