…不安…
…優しさ…
…甘え…
…苦しみ…
“ ”
『見上げれば同じ空。<60>』
「なるほど…そういうことかよ」
向かいのソファにはどっかりと座るバーダックさん。
そして、テーブルを挟んで何故かラディッツさんとあたしは…正座。
…怒られてもいないのに、何となく怒られている気分になったりとか…
何となく正座してしまった心理とか…
皆さま、いつかこのバーダックさんの正面に座って思いっきり睨まれてみて下さい。
きっと、一瞬で同意してもらえるはずだからっ!!
「すみませんでした…突然お邪魔しちゃって」
「何で名前が謝んだ…連れてきたのはラディッツだろうが」
「…う…悪いのは全部俺かよ…」
隣にはバツが悪そうにしているラディッツさん。
ラディッツさんは悪くないのに…
あたしは思わず「あの…」と話し始めた。
「あ?」
当然睨まれましたが…今度ばかりはめげません。
「ラディッツさんが連れ出してくれて…あたし、本当によかったと思ってます」
「……………」
「一緒に洗濯をしたり、料理をしたり…バーダックさんにこうして怒られたりしているのも、今のあたしにはすごく新鮮で、ありがたくて、心地よくて…救われた気持ちです」
「…名前」
「今、あのまま一人であの家に残っていたら…って思うと、怖いです。一体何をしていたんだろう、どんなことを考えたんだろうって」
隣のラディッツさんが心配そうに名前を呼んできたから、「大丈夫」と言うように小さく微笑んだ。
今のあたしには、今話したことが全て。
バーダックさんは黙って聞いた後に、小さく舌打ちした。
「…別に怒っちゃいねぇよ。面倒くせぇな…」
「はぁ…すみません」
「だ〜から、謝んじゃねぇっつってんだろうが…ココにいて気分が晴れんなら、好きなだけいりゃあいい」
「いいんですか?」
バーダックさんからの意外な一言にそう聞き返したら「二度も同じことを言わせんじゃねぇ」と言われた。
…つまり、お邪魔していていい、ってことなんだろうけど。
本当にいいのかな?
そう思って隣のラディッツさんを見ると…
「だから言ったろ?親父も何だかんだ名前のこと気に入ってるみてぇだって」
「…は、はぁ…」
そう耳打ちされた。
「あぁ?何だ、ラディッツ」
「何でもねぇよ」
「まぁいい。飯を作れるやつが2人になったってのは悪くねぇ…これからはまだ出来てねぇ、なんて俺を待たせることもなくなるなぁ?」
「……………」
「……………」
バーダックさんの凶悪な笑みが炸裂。
今、二ヤリってしましたよね…二ヤリって。
もう一度隣のラディッツさんを見るあたし。
…あの、やっぱりバーダックさんがあたしのことを気に入ってるって…たぶん何かの間違いだと思いますけど…
それから3日。
あたしもバーダック家で何とかやっている。
ラディッツさんが優しいのは相変わらずだけど…バーダックさんも何かと気遣ってくれているのかなって感じることが増えた。
それに、ラディッツさん曰く…
「名前がいるからって、親父のヤツず〜っと家にいやがるもんなぁ…いつもだったらすぐにフラッとどっか行くのによ」
…と、いうことらしい。
う〜ん…やっぱりバーダックさんという人は何だか掴みずらいかもしれない。
そんなことをぼんやりと考えていたその日。
ラディッツさんは表に洗濯物を干しに行っていて…
あたしはキッチンで大量の洗い物の真っ最中。
「おい」
「っ…」
いきなり声をかけられたから、すごくすごく驚いた。
「バ、ーダック、さん」
「何だ?その化け物にでも会ったみてぇな顔は」
「い、いきなり背後から声をかけられたらびっくりしますよ」
「いきなりでもねぇだろうが」
「い〜え!いきなりでした、あぁ、口から心臓が飛び出るかと思ったぁ」
ふぅ、と小さく息を吐いて鼓動を落ちつけようとするあたし。
バーダックさんは「けっ」と一度顔を背けると、そのままキッチンの入り口の柱へと背中を凭れ掛けさせた。
そしてゆっくりと腕を組む。
「お前…カカロットから連絡は来てんのか?」
「……………」
ピク、とあたしの肩が跳ねたことはもうばれていると思う。
その証拠に、バーダックさんの瞳が鋭く細められた。
「あたしへの連絡手段なんて、ココの家に付いている電話くらいですよ?」
あはは、と小さく笑うあたし。
自分自身、今どんな顔をしているのか想像もつかない。
「お前がココに来てから、もう3日だぞ?」
「…そうですね」
「いいのかよ?」
いいのか、って…何が、だろう?
バーダックさんの言わんとすることがわからない。
一生懸命考えて…考えて…行き着いた先はただ一つ。
「そろそろ…帰ったほうがいい、ですよね?」
やっぱり、ココにいては邪魔になってしまうんだろう…
そう思ったけど、どうやらそれも違うみたいでまたしても盛大に舌打ちされてしまった。
「そういうことを言ってんじゃねぇよ」
「…じゃあ、何ですか?」
「あ?」
「あたし、はっきり言ってもらわないと…わからないです…」
両手を握り締めながらそう言い切った。
耳に届くのはまたしても舌打ち。
それと、あたしの方に近付いてくるバーダックさんの足音だった。
思わず俯いてしまったあたしの視界にバーダックさんのつま先がうつる。
「…はっきり言っていいんだな?」
「…はい、わかるように言って下さい」
ウジウジするな…とか言われるのかな。
それとも、甘えるな…かな。
色んな言葉が頭を浮かんでは消えていく。
だけど…実際のバーダックさんの口から聞かされた言葉はそのどれとも違うものだった。
「名前が思ってる以上にな、男ってのは単純なんだ」
「…え?」
俯いたままキョトンとしてしまったあたし。
そのあたしの顎に長い指がかかって、ゆっくりと上を向かされる。
目の前には真っ直ぐにあたしを見下ろしているバーダックさん。
その漆黒の瞳にあたしの姿が映っているのを、ただぼんやりと眺めることしか出来なかった。
「理由はどうあれ、カカロットとは今ぎくしゃくしてる…しかも、連絡もねぇ」
「…それは」
「その上、名前はココにいるのが心地よいと言いやがる」
「……………」
「今更だけどよ、俺にも…チャンスがあるんじゃねぇかって思っちまうだろうが」
「っ…」
言うと同時に、強く抱き締められる体。
…え?
なに?どういうこと??
もう何が何だかわからなくて、腕はだらんとしたまま…力すら入らない。
「あ、の…」
「俺のこと、卑怯だと思うか?」
「い、いえ…そんなことは…」
一瞬、あたしのことを気に入っているようだ…と言っていたラディッツさんの言葉を思い出した。
でもそれ以外は何も考えられなくて…
「俺には女の影はねぇし…心配いらねぇぞ?」
「で、でも…」
それでも、あたしはやっぱり悟空のことが好き。
このままバーダックさんの気持ちを受け入れるなんて出来ないし、それこそあたしは卑怯者だ。
そう言おうと思った。
でも、言えなかった。
「っ…」
唇に感じる一瞬の温もりはちゅっというリップノイズと共に離れて行った。
「バーダッ…」
「文句なら聞かねぇぞ…」
「っ…!」
再び、強く強く抱き締められるあたしの体。
バーダックさんが耳元で「俺なら、てめぇが嫌になるくらい愛してやる」と囁かれて…
心臓がぎゅっとした。
そして、突然悲しくなった。
…こんな風に言ってくれる人がいるのに。
…それでもあたしは…
悟空のことが好きなんだって…強く強く実感してしまったから。
そして…
その時のあたしは気が付かなかった。
ちょうどその時、窓の外からそんなあたしたちのことを見て、立ち尽くしていた2つの影があった…だなんて。