63.分かり合えた時。
「落ち着いてきたか?」
「…う、ん」
久し振りにこんなに大泣きしてしまって…何だか自己嫌悪。
それでも漏れる嗚咽はなかなかおさまってくれなくて、悟空に抱き締められたまま何度目かもすでにわからないまま鼻を啜る。
その時だった。
頭上から大きなエンジン音が響いて、悟空と共に外に出てみると一機の飛行機が徐々に高度を下げてくる。
「…ブルマさん?」
飛行機の側面にはカプセルコーポレーションのマーク。
しかも、まだ着陸していないのに地面に近くなったその時…勢いよく扉が開いて…
『見上げれば同じ空。<63>』
「すまなかっただ!」
「…え…?」
両肩をガシッと掴まれての一言に思わずポカン、としてしまうあたし。
無理もないこと…だと思う。
だって、相手は先日怒って家を飛び出して行ってしまったチチさんなんだもの。
「…え、えっと…」
あたし、一体何で謝られているんでしょう!?
ただでさえ、まだ着陸していない飛行機からチチさんが飛び降りてきたことにびっくりしていたあたしだったのに…
まさに展開についていけません!!
その時、チチさんがガバッと顔を上げて、正面から目を合わせてきて。
「おら、おめぇにひでぇこと言っただ」
「…へ?いえっ、そんなこと」
そんなことないです。
…そう言おうとしたけど、またガシッと両肩を掴まれて思わず口を噤む。
「い〜や!名前さんはそったらこと気にしねぇでいいだ」
「で、でも…」
「まぁまぁチチさん。少し落ち着いて?名前、困ってるわよ」
助け船を出してくれたのは、遅れて飛行機から降りてきたブルマさんだった。
チチさんを宥めつつ、少し笑っているようにも見える。
さらに訳がわからなくなって首を傾げるあたしの横で、悟空もキョトンとしているようだった。
「何だ、チチ。結局おめぇも来たんか」
「わ、悪いだか?」
「そういう訳じゃねぇけどよ」
「ふふっ、チチさんね、やっぱり直接謝らないと気が済まないって」
バツが悪そうにしているチチさんの横でそう言ったブルマさんが微笑んだ。
でも…あたしはまだ首を傾げているまま。
だって…
「あの…謝るって、何を?」
「何を、って」
あたしの言葉に今度はチチさんのほうが驚いた表情をしていたけど…でもね。
「チチさんの知らない間に、あたしが勝手にあの家にお世話になっていたのは…確かですし。チチさんが怒って、当然だと思います」
「おめぇ…」
「あたし、あれから色々考えていました。どんな理由があっても、悟空だけじゃなく、あの家には悟飯くんや悟天くんもいるんだから、ちゃんとチチさんに挨拶に行かないといけなかったんじゃないか…って」
パオズ山の悟空の家から離れて…バーダックさんの家にお世話になっていた数日。
色んなことを考えて、そう思った。
いくら、すでに離婚しているとはいえ…チチさんのこと、全然考えていなかった…って。
もっと、考えなきゃいけなかった…って。
「だから、謝らないでください。謝らなきゃならないのは…あたしのほう、です」
勝手なことして、ごめんなさい。
そう言いながら頭を下げたあたしだったけど…
「…っ、わ!」
突然の衝撃に身体がぐらっと傾きそうになる。
何とか体勢を立て直した時…あたしはチチさんに力いっぱい抱き締められていた。
「何だべ!めちゃめちゃ良い子でねぇか!?」
「だ〜から、そう言ったでしょ?チチさんが心配しているようなことはないって」
「…え?」
チチさんが心配していたこと??
キョトンとしながら顔を上げると、またチチさんと目が合った。
「…悟空さのことはいいだ。いつかこんな日が来るって思ってたし…おらみてぇな器量良しな娘が相手で良かっただよ」
「チチさん…」
「でねぇと、悟空さの面倒なんて見られねぇだかんな」
そう言って笑ったチチさんだったけど、「だども…」と言葉を続けた時、ふいに表情が曇った気がした。
何も言えないまま見詰めるあたしから、チチさんが目を逸らす。
「あの家にいるおめぇのこと見てたら、すごく馴染んでて、子供たちも楽しそうで…まるで、おらと入れ替わったみてぇに見えちまっただ」
「……………」
「そう思ったら途端に不安になっただ…悟飯や悟天まで、おめぇに取られっちまう気がして」
吐き出すように呟かれたチチさんの言葉。
正直…驚いた。
あのチチさんがそんな風に思っていただなんて…思いもしなかったから。
何も言えずにいるあたしに対して
「本当にすまなかっただ。もう、忘れてけれ」
と言って、笑ったチチさん。
違うの…違うんです、チチさん!
「チチさん」
「ん?」
「あたしは…チチさんの代わりになんてなれません」
それは今までに何度も…何度も思ったこと。
一家を支えようと勉強と家事を両立させようとしている悟飯くん。
母のいない寂しさを必死に耐えようしている悟天くん。
そんな2人のことを見ていながら…あたしは、一体何が出来たの?
…ううん、何も出来ていない。
「悟飯くんと悟天くんのお母さんは、チチさんだけなんです…あたしじゃ代わりになんてなれません」
「名前…」
この時のあたしがどんな顔をしていたのか…自分ではわからないけど。
隣にいた悟空が心配そうにあたしの肩に手を置いてきた。
大丈夫…という意味合いを込めて小さく微笑んで…もう一度チチさんと向き合う。
「だから…時々でもいいから、2人に会いに来てあげて下さい」
「名前さん…そったらこと…」
「あたしが、こんなこと言うのは生意気だと思いますけど…どうか、お願いします」
ペコリと頭を上げたその時。
あたしはまたチチさんに抱き締められていた。
びっくりして顔を上げると、チチさんがあたしの隣にいる悟空のことを見て…
いや、睨みつけているようで…
「悟空さ!名前さん、めちゃめちゃ良い子で悟空さにはもったいねぇだ!」
「いぃっ!?そんなこと言うなよ、チチ〜…」
「ふんっ、本当のことだべ」
悟空からふいっと顔を逸らしたチチさん。
そして心配そうな表情で「名前さん、本当に悟空さでいいだか?」なんて聞かれたから…思わず笑ってしまった。
「…はい」
あたしは…悟空がいいんです。
ふと顔を上げるとブルマさんも満足そうに微笑んでいるし、悟空も安心した表情をしているような気がした。
チチさんのことは、今までずっと心の奥底で気になっていたのも事実。
静かに笑うあたしの心は、澄み切ったかのように晴れやかだった。
「…けっ、世話の焼けるヤツらだぜ」
「親父…」
名前たち4人の姿を見届け、小さく舌打ちをしながら踵を返そうとするバーダック。
その姿を横で見ていたラディッツが思わず呼び止めていた。
当のバーダックは「何だよ?」と答えるものの、振り向くことすらしない。
「…よかったのか?」
「あ?」
「だから、名前のこと…」
「あぁ」
バーダックは確かに名前に自分の気持ちを打ち明けていた。
そのことにラディッツも当初は驚いた…何かの間違いか、ふざけているだけなのだろう…と。
だが、冷静になって考えてみればわからなくもない。
名前を見るバーダックの優しげな表情…慣れない気遣い…
その全てがラディッツの考えを肯定へと導いていたのに。
「親父」
振り向かないままのバーダックだが、一つため息をついたのがはっきりとわかった。
「いいんだよ。ガキのモン取りあげるほど落ちぶれちゃいねぇ」
「でもよ…」
「うるせぇ、黙れ…わかってたことだ」
わずかにラディッツへと向けられた瞳が…笑っているような気がして。
バーダックが立ち去るのを、それ以上は何も言えないまま見送ることしか出来なかった。