73.知らない感情


名前の笑った顔を見るのは好きだ。
アイツの笑ってる顔見てると、おらまで嬉しくなっちまうんだよな。
だから、にこにこしてる名前が、おら一番好きだ。
それは本当なんだ。
だけど…さっきから胸ん中がモヤモヤしてる。
何か変なんだよな…一体、これは何なんだ?





『見上げれば同じ空。<73>』





「あぁ〜、まいったなぁホントに…」
「ははっ、べジータも言い出したら聞かねぇかんなぁ」

おらの横でぐったりしている名前。
疲れちまったみてぇに肩を落としていて、元々小せぇ身体がますます小さく見えちまう。
ごく自然にその頭を撫でてやると顔を上げてきた名前と目が合った。

「でも悟空、ありがとうね。来てくれて助かっちゃった」
「いや、それはいいんだけどよ」
「ん?」
「いやぁ、まぁおらもべジータと同じで名前を鍛えてみてぇってのは本当だしな…と思ってよ」

なのに、名前を庇ったから、べジータにすげぇ睨まれちまったぞ。
そう続けると、名前はわずかに視線を宙へと投げた。
最近わかったんだけどよ…
名前って、答えに困ったり、考えたりしてる時は大抵目を逸らしちまうんだよな。

「ふふっ、でもあたし、ちょっと嬉しかったな」
「何がだ?」

その時、名前がまた目を合わせてきて…
普段からでっかい瞳してんのに…その目でおらのことを見上げてくっから…ちょっとドキッとしたぞ。

「悟空が、修行は付けたいけどあたしが嫌がることはしたくないって言ってくれて…嬉しかった」

名前がにこにこと微笑む。
あぁ、おらその顔すげぇ好きだな。

「ははっ、当たり前ぇじゃねぇか」
「うん、ありがとう。いやぁ、あたしって愛されてるねぇ〜…なんてね」
「あぁ!愛してっぞ」
「っ!!…も、もう…恥ずかしいよ…」

今度は顔を真っ赤にして俯いちまった名前。
何だ?おら、何か悪ぃこと言っちまったんかな?
そう思って名前を呼びながら俯く名前の顔を覗きこんでみたけど、どうやら怒ってる訳じゃねぇらしい。
目がちょっとキョロキョロしてっけど、また小さく笑ってくれたから。

「名前?」
「…ん?」

もう一度名前を呼んだら今度はちゃんと顔を上げた名前の黒い目の中におらの顔が映ってる。
あぁ…今すっげぇ抱きしめてぇぞ。
でも2人きりじゃねぇしな…
皆の前で抱きしめたら、怒られちまうかなぁ…
そんな葛藤をしていることに気が付いて、おら…自分でびっくりしちまった。

今まで、あんまり考えたことなかったな…
おらがこうしたら、相手はどうすっかな…なんて。
難しいことを考えんのは苦手だから。

「悟空?どうしたの?」
「っ…何だ?」
「今難しい顔してた」
「そ、そっか?」
「うん。それに悟空がぼ〜っとするなんて珍しい。あ、あたしはよくぼんやりしてるって言われるけどね」
「ははっ」

曖昧に返事をしたその時。
向こうで悟飯が手を振っているのが見えた。

「父さ〜ん、名前さ〜ん、こっち来ませんか〜?デザートが焼き上がったんですが」
「デザート?そんなんまで作ってたんか?」
「うんっ、大勢来るだろうからってね、悟飯くんがすっごく大きなアップルパイを作るって言ってたの」

隣を見ると名前が嬉しそうに笑って「悟空、行こう?」と言っている。
「あぁ」と返事をしながらもう一度悟飯たちのほうに目を向けるおら。
…何だ?何か、変だな。

「名前ちゃ〜ん、取り分けてやろうか?」

そう言って手を振っているのはヤムチャだ。

「名前お姉ちゃん、早く早く〜」
「名前姉ちゃん、早く来ないと俺達で全部食べちゃうからな〜」

悟天とトランクスの2人も名前にすげぇ懐いてる。
今も名前を手招きしているしな。

「ほら悟空、行こうよ」
「あ、あぁ」

何だ?…心臓のとこがすげぇモヤモヤする。
それが何なのかわからないまま…駆け出そうとしている名前の手を、おらはとっさに掴んでいた。
おら自身、何でそんなことをしたのかわからない。
ただ、自分で自分のやったことに驚いた。

「…あり?」
「え?悟空…どしたの?」
「あ…いや…」

名前もびっくりした顔でおらのことを見上げてきた。
いきなり手を握られてんだから、当たり前ぇだよな。
おらは「ははっ、悪ぃ悪ぃ」と誤魔化すように髪を掻いて…「行くか」と名前に言いながら手を離した。
小さく頷いた名前が後ろをついてくるのがわかる。
歩きながら、さっきとっさに名前の手を掴んじまった自分の手を見てみたけど、特に変わったものはない…見慣れたおらの掌があるだけだった。






「めぇったなぁ…」

近くにあった椅子に座って、頭の後ろで手を組んだ。
そのまま目を開けると真っ青な空が見える。
名前が一番好きな空の色だ。
ふと視線をずらすと、今はビーデルって娘と話をしている名前の姿が目に入る。
さっきから…ずっとこんな調子だ。
気が付けば名前のことを目で追っていて…
飯もあんまり進まねぇ…おら、病気なんかな…

その時、少し離れたところにいたクリリンと目が合った。
おらに気付いて、近付いてくるクリリン。

「どうしたんだ?お前、あんまり食ってないんじゃないのか?」
「そうなんだ」
「珍しいなぁ…悟空でも腹を壊すことなんてあるのかよ?」
「いや、そういうんじゃねぇんだ」

返事をするおらはいつになくぼんやりしていたと思う。
クリリンもそんなおらに気が付いたのか、少し首を傾げていたみてぇだったけど、そのあとすぐにおらの視線の先を追って、納得したように「あぁ、そういうことか」と呟いた。
そういうことって…何がだ?

「何だ?クリリン」
「いやぁ、意外だったよな〜」
「だから、何が…」
「悟空って意外と嫉妬深いんだなって話だよ」

…シット?

「クリリン、シットって何だ?」
「あ〜…焼き餅のことだよ」
「おら…そんな餅知らねぇぞ」

おらの言葉にクリリンは困ったように笑った。

「はは…そのへんは悟空らしいよな、本当に」

クリリンは納得したみてぇだけど、おらはそんなんじゃわからねぇ。
首を傾げていると「だからな」とクリリンは続けた。

「焼き餅っていうのはな、誰にも渡したくない、自分の側にだけいて欲しいって思うことを言うんだ」
「……………」
「お前、名前ちゃんを誰にも渡したくないんだろ」
「…あぁ、渡したくねぇ」

その時の名前はゴジータに話しかけられていて…
何を話しているのかはわかんねぇけど、笑っていた。
ほら…また、心臓の辺りがモヤモヤする。

「そうか…モヤモヤすんのも、ヤキモチだからなんか」
「あぁ、結構あからさまだぜ?お前見てたら、ず〜っと名前ちゃんのこと見てるしよ」
「おら…そんなに見てたか?」
「あぁ、番犬みたいにな」

そう言ってクリリンは笑った。
そしておらの横に来て腕を組むといつもよりちょっとだけ低い声で続ける。

「悟空はさ、たぶん名前ちゃんを誰かに取られないか、心のどっかで心配に思ってるんだよ」
「…そうなんかなぁ…」
「たぶんだけどな。彼女、人気者だしさ」

そう言うクリリンの視線の先を追いかけてみると、そこには笑顔の名前がいた。
また心臓がモヤッとしかけたその時。
クリリンがおらを見て笑う。

「まぁ、俺は取り越し苦労だと思うけどな」
「クリリン…おら、難しい言葉はわかんねぇぞ」
「あ〜…まぁ、心配ないってことだよ」

こんなに…誰かのことをすげぇ好きになるなんて初めてだもんな。
愛してる、なんて言葉も初めて知ったし、おらが使うようになるとも思ってなかった。
でも、名前に対しては“好き”よりももっともっと強い言葉…“愛してる”のほうがしっくりくるんだ。

ふと顔を上げると名前が手を振っているのが見えた。
そしておらと目が合ったのがわかると今度は手招きしている。

「おら…何かちょっとわかった気がすっぞ」
「そうか?それならよかったよ」

名前に軽く手を振り返して、クリリンと一緒にその輪へと向かった。
うん、本当にちょっとすっきりした気がすんな。


おらが一番におめぇを好きなのと同じくらい、名前もおらのこと一番に好きでいてくれよな!


名前の元へ歩きながら、いつか直接そう言ってみようと思った。
今言ったら絶対怒られっからな…皆の前なのにって。
だから、いつの日かきっと…