74.半年前の約束


忘れていた。
…そんなこと言ったら、あまりにも無責任だけど、本当に忘れていた。
それくらい楽しくて、暖かくて…自分でもびっくりするくらい、馴染んでいた。






『見上げれば同じ空。<74>』






今回企画したホームパーティーも大成功に終わりそう。
悟飯くんと手分けして作った大量の料理も大方が綺麗になくなって…みんな、それぞれの話に花を咲かせている。
あたしは…というと。

「本当にありがとうございました!」
「何言ってんのよ、お礼を言うのはこっちのほうよ」

そう言って笑うブルマさんと2人、庭の端の椅子に腰を落ち着けている。

「私は西の都のど真ん中に住んでいるからねぇ…こういう自然の中でってなかなか機会がないのよ。天気も良いし、ホント最高だったわ」
「あははっ、そう言ってもらえると嬉しいです」

こうしてみんなが来てくれたのも、ブルマさんが飛行機で迎えに行ってくれたおかげ。
本当にいくら感謝しても尽きないくらい。
ニコニコしながら持っていた飲み物に口を付けた。
その時。

「ねぇ、名前」
「はい?」

ふいに声をかけられて、横のブルマさんに目を向ける。
一瞬で分かった。
ブルマさんがいつになく真剣な表情をしていたから、あたしも無意識のうちに緊張に包まれる。

「あのね、名前がこの世界に来てすぐの頃に言っていたこと…覚えてる?」
「え?」

ドラゴンボールの世界に来てすぐの頃。
あの頃は余裕なんて全然なくて、自分の置かれた状況と、この世界に慣れることで精一杯だった。
ここにいるみんなとの間にも見えない壁があった気がした。
そんな中、最初からあたしの言葉を信じてくれて、本当に良くしてくれたブルマさん。
そのブルマさんと話した内容なんて数知れない…
ブルマさんの蒼の瞳を見詰めながら、あたしは記憶を探って頭をフル回転。
その時、ふと思いついたやり取り。




“すぐには無理だけど、少しだけ待ってもらえたら、きっと名前も自分の世界に帰れるわ”
“…え?”



そうだ…あの時…




“この世界にはね、ドラゴンボールっていう良い物があるの。7つ集めればどんな願いも叶っちゃうんだから”
“へ、へぇ…”
“この前トランクスたちが一度神龍を呼び出しちゃってるけど、願いは叶えてないし半年もすればたぶん大丈夫よ!”





それは、あたしの中で確信にも似た思いだった。
どうしてかなんてわからない…言ってしまうならば、直感。

「…ドラゴン、ボール…?」
「そう」

もしかして…

「ブルマさん…もしかして…」
「えぇ。名前が来てからもう半年が過ぎてるわ…試しにレーダーを見てみたら、ドラゴンボールの反応があったの」
「……………」
「7つ集めれば神龍を呼び出せる。神龍に名前を元の世界に戻してもらえるよう頼むことが出来るわ」

そう告げるブルマさんの瞳から目を逸らすことが出来なかった。
何かを言うことも出来なかった。
一瞬で喉がカラカラになってしまったような気がする。
忘れていた…ううん、正確には考えないようにしていたんだと思う、無意識のうちに。
それくらいこの世界に馴染んでいた自分を自覚せざるを得ない。
気が付くと両膝の上で手を握り締めていたあたしだったけど、ふいにその手の上にブルマさんの手が重ねられる。

「…え?」

びっくりして顔を上げるとブルマさんがあたしの顔を覗き込むようにして、優しく微笑んだ。

「そんなに固くならないで。私はただ貴女の考えを聞きたかっただけなの」
「え、えと…?」
「私に出来るのは考え得る手段を提供するまで。そこからどうするかは名前が決めること…そうでしょ?」
「……………」

…どうしよう。
一度俯いたあたしが再び顔を上げて、視界に捉えたのはやっぱり悟空だった。
彼は、何て言うだろう?
悟空もあたしが元の世界に家族がいることを気にしてくれていた。
優しい人だから、帰れと言うかもしれない。
それとも…

「悟、空は…」

そう呟いたあたしの一言は自分でも驚くくらい掠れていた。
あたしの視線の先にいる悟空をチラリと見て、ブルマさんは目を伏せた。

「孫くんには、まだ何も言っていないの。言ったところで何て返答するのか正直私にも予想が付かないわ…ただ、ひどく動揺することだけは確かでしょうね」
「……………」
「だからね、孫くんじゃなくて、まずは名前の考えを聞きたかったの」

そう言ってブルマさんはまた微笑んで見せた。
少しでもあたしのことを安心させようとしてくれているんだと思う。
ブルマさんが見せる笑顔には優しさがにじみ出ていた。
悟空には何も言わず、あたしに考えさせようとしているのも…ブルマさんの優しさ。

「……………」

なのに、あたしは何も言葉が出てこない。
クリリンさんと笑い合っている悟空から目を離すことも出来ない。

「名前、焦ることはないから…ゆっくり考えて、答えが出たら返事をちょうだい?」
「…はい」
「どちらの道を選んだとしても、私が出来る限りの助けになるから。…ね?」
「…はぃ…」








「名前?」
「…うわっ!!?」
「なっ、何だよ〜、おらそんなにびっくりさせたか?」

ぼ〜っと空を眺めていたら視界に突然悟空のドアップ。
驚くな、というほうが無理な話だ。

「元気ねぇな」
「そ、そんなことないよ」
「そっか?」

あれからずっと、ブルマさんの言葉を何度も頭の中で反復させて…
色んな事を考えたけど、答えは出ない。
ブルマさんには焦らなくていいって言われたけど…やっぱり考えてしまう。
自分のことだもんね。

「……………」

元の世界に帰ったら、当然悟空とももう会えなくなるかもしれない。
ううん、会えなくなる可能性の方が絶対高い。
そんなに嫌だ。

「…名前?」
「……………」

でも、ココに来たことであたしは絶対にこの世界に何らかの影響を与えている。
それなのに、この世界に居続けていいものか考えてしまうし…正直、元の世界の家族のことだって気になる。
そんなすぐにどちらかなんて…あたしには選べない。

「お〜い…名前?」
「……………」

…焦るな、あたし。
ゆっくり考えよう…そのためにブルマさんは時間をくれたんだから。

「名前!」
「きゃっ!!なっ、なにっ!!?」

そして気が付けばまたしても悟空のドアップ。
さらに、何故か悟空はあたしの額と自分の額に手を当てて…熱を測っているらしい。

「ん〜、熱はねぇな…」
「あ、あたし元気だよ?」
「そうか?おらには随分ぼ〜っとしてるように見えっぞ」
「だから、そんなことないってば〜」
「たくさんの料理作ってたしな…疲れちまったんじゃねぇのか?」

心配そうにしている悟空に、あたしは曖昧に微笑むことしか出来なかった。
ブルマさんの言うとおり、悟空にまで心配をかけたくないし、悩ませたくない。

「2人共、そんなとこにいないでこっち来いよ」

向こうからそう呼んだのはラディッツさんだった。
悟空も手を上げて答えているけど…

「名前、先に家の中入って休んでるか?」
「え?」
「無理しねぇほうがいいかと思ってよ。後片付けくらい、おらがやってやるさ」

悟空は優しい。
そして、その言葉も頼もしい。
でも…悟空に片付けをお願いしたらテーブル、椅子類も…お皿たちも…気が付いた時には形が変わっていそうな気がするのですが…
想像すると思わず笑ってしまった。

「な、何だよ?」
「ううん、何でもない。大丈夫だよ悟空、ありがとう」
「そっかぁ?」

頷くあたしに悟空は「無理はダメだからな」と一言。
恋人同士になってからわかったことだけど…悟空って意外と心配性で、過保護だったりする。
大切にされているんだなぁってふと感じて、すごく嬉しい。

「じゃ、向こうに行くか」
「うん」

悟空と並んでみんなの輪に加わろうとした…その時だった。
バキバキ、という木々が倒される音と共に…

「うわわわ…っ!!?」

突然目の前の林の中からひょっこりと…いや、“ひょっこり”っていう表現はおかしいかもしれない。
そう訂正したくなるくらい巨大な恐竜が顔を出した。
あまりにも突然…しかも目の前に出てくるもんだから腰を抜かしそうになった。
隣の悟空も一瞬にして構えを取っていたけど…

「あり?おめぇ、さっきのヤツじゃねぇか」
「えっ…?」

構えを解いた悟空がそう言っているのが聞こえて…
恐る恐る顔を上げてみるけど、そういえば一向に襲ってこようとしない恐竜。
しかも、よくよく見ると顔付きが確かにさっき悟天くんが連れてきて、逃がしてあげた恐竜に似ているかもしれない。

「あっ!さっきの恐竜さんだ〜〜〜!!」

うん、当の悟天くんもそう言って駆け寄ってきたくらいだから…間違いない。
…っていうか、悟空も悟天くんも…よく一瞬でわかるなぁ…
そんなことを客観的に感心していた時だった。

「…え?なに?」

その恐竜は悟空にも悟天くんにも目もくれず、何故かあたしの元へとやってくる。

「…え?えぇ??」

そして、屈むようにしてあたしの目の前に咥えていたモノを置いた。
大きな葉に何かが包まれている。
その恐竜はじっとあたしのことを見ていて…何だろう、まるで…

「…開けろ、ってこと?」

葉っぱの包みを指差しながら恐竜を見上げると…う、頷いた気がする。
…その世界の恐竜は言葉まで理解しているの〜!!?
そんなことを思いつつ、包みをそっと開けてみると色とりどりの何かが見えてきた。

「わっ…うわぁ、すごい!」

たくさんの果物。
しばらく瞬きを繰り返していたあたしだったけど、もう一度恐竜を見上げる。

「これ…くれるの?」

すると、またしても頷く恐竜。
さっきのお礼…ということなんだろうか。
何にしても、心は優しい恐竜らしく、何だか緊張感が溶けていった気がした。

「あはっ、どうもありがとう」

笑顔でそう言うと恐竜はまた大きな顔をあたしの身体に擦り寄せてくる。
こんな大きな生き物に甘えられるのって…何だか、かなり不思議な気分。
その時、後ろでその様子を見ていた悟空が笑った。

「ははっ、名前懐かれちまったみてぇだなぁ」
「ん〜…そうなのかなぁ…」

頬を指で掻くあたしに悟空は「たぶんな」と一言。
そして、前に歩み出ると恐竜の顔の前で腕組みをする悟空。

「おめぇ、懐くんはいいけどよ、名前はおらんだからな。やらねぇぞ?」
「悟っ…」
「だってそうだろ?」
「う…う〜…」

恐竜にまでそんなこと言うなんてっ…
と、顔が赤くなって返答できずに唸るあたし。
悟空はそんなあたしを見て笑うと、またその大きな手で頭をそっと撫でてくれた。
その手が、すごくすごく暖かく感じたのは、きっとお日様のせいだけじゃない…きっと…