07

彼女の言葉に少し表情が歪むも、安室は再び笑顔を見せて口を開いた。


「なんのことだか僕には分かりかねますけど、用があるのなら場所を変えてお話しませんか?こんな人通りの多い場所で立ち話をしていたら、通行の妨げになってしまいますから。」
『…いいですよ。その方が、お互い何かと都合がいいでしょうしね。』


そう言うと安室の案内で志津馬はビルの裏手にある人気のない駐車場へと向かう。


『(マツダのRX-7…間違いない。)』


彼の愛車を見つけて彼女は脳裏で確信を深めた。すると、


「よそ見をしている場合か?」
『えっ』


その言葉を合図に素早い速度で彼の右の拳が志津馬の顔面へ向かってくる。それを直前でよけると間髪入れずに彼は拳を突き出し、襲いかかってきた。彼女は突然の状況に驚きつつも軽い身のこなしで避け続け自らも蹴りかかる。


『はぁああっ!!』
「っ、」


彼女の回し蹴りを彼は体をそらして避けると、構えの姿勢を取りながら互いに睨み合う。しばらく時間がすぎると安室は両手を下におろし元の体制に戻った。


「腕は訛っていないようだな、志津馬。」
『…いきなり何なんですか。』
「公安…いや、警察を辞めてもう犯罪者と戦う必要のなくなった君が米花町で探偵業を始めた理由と何か関係があるのかと思ってね。」
『たとえ関係があったところで、それを話す必要がありますか?…もう上司でもないあなたに。』
「……」
『それより何です安室透って。例の組織以外に潜入先があるのは知ってましたけど、まさか…喫茶店でバイトしながら探偵、さらにはあの毛利小五郎の弟子になってるとは思いもしませんでしたよ。まぁ大方組織絡みの潜入なんでしょうけど、毛利探偵と何か繋がりがあるとでも?』
「それを答える義理はないだろう。もはや部下でもなくなった君に。」
『っ…』


お互いに真意を話そうとはせず、牽制を続ける。


「こんな不毛なやり取りを続けるくらいなら、互いの事情に干渉しないほうが得策じゃないか?その方が君も僕も目的を果たしやすくなるだろうし。」
『これ以上詮索するな、と?』
「そう捉えてもらって構わない。さて、僕はそろそろポアロに戻らないと。」


いまいち納得のいっていない彼女を尻目に安室が背を向けて歩き出すと、おもむろに足を止めて思い出したように話し出す。


「あぁ…君に忠告しておこう。」
『忠告?』
「あのメガネの少年には気をつけた方がいい。」
『メガネ…コナンくんのことですか。』
「油断していると、こちらの寝首を掻かれることになるぞ。」
『はっ、余計なお世話なんですけど…』
「それからもう一つ。」
『まだ何か?』
「……風見が君を心配していた。」
『っ!!』


彼の口から風見の名前が出た途端、彼女は目を見開いた。


「あれから一度も連絡を取っていないそうだな。住所も連絡先も分かるものは一切断って忽然と姿を消した同期を、今でもあいつは探しているみたいだが。」
『…風見は、元気にやってますか。』
「それが知りたいのなら、自分から連絡の一つぐらいよこしたらどうだ。」


そう言うと安室は再び歩きだしてその場を去っていく。残された志津馬は一人、ぼんやりとある日のことを思い出していた。


―それでも俺は…君と一緒に、この国を守り続けたかった。―


『あんな事言わせといて…今さらどの面下げて会えっていうの…』


拳を握りしめ、その目には微かに涙が浮かんだが、すぐさま上を向いて引っ込める。少し心を落ち着かせた後、元の大通りへ出ようとしていると


「あー!!志津馬さんこんなところにいたぁー!!」
『え?』


出てすぐの曲がり角でコナンと出会い、声を上げられたことに驚く。


「さっき赤ペン持ってっちゃったでしょ。ボクいつもあのペンで宿題の答え合わせしてるからないと困るんだ。」
『あぁ、そうだったの?それは悪いことしたね。はいどうぞ。』
「ありがとぉー♪」
『(まったく、こんなかわいい少年のどこが怖いんだか…)』


子供らしい笑顔を見せる彼を見て顔を綻ばせていると、ふいにコナンがこちらを見上げながら口を開いた。


「ところで志津馬さんさぁー」
『何?』
「ボクたちの目を欺いてまで、安室さんと何話してたの?」
『っ…』


さっきの可愛らしい少年の笑顔から一変、少し疑うような表情で彼は志津馬の方を見つめる。


「依頼人から連絡があったって言ったのは嘘だよね?あれは着信音に見せかけたアラーム音。僕見ちゃったんだ。志津馬さんの持っていたスマホの画面には人の名前でも電話番号でもなく、アラームの時刻が映ってた。恐らく安室さんが事務所を出ていった直後にすぐさま音がなるようにアラームを設定し、それをおじさんたちに悟られないために着信が来たと言ってバレないようにした。」
『どうして…私がわざわざそんな事を?』
「だって安室さんが事務所に入ってきた時から志津馬さん様子がおかしかったもん。それにほら、安室さんは初めましてって言ってたのに志津馬さんは初めましてとは言わなかったし、本当に初対面かどうかまで確認してたでしょ?つまり志津馬さんは一方的に安室さんのことを知っていたことになる。もしくは安室さんによく似た人物の存在をね。」
『……』
「安室さんを急いで追いかけたのは、すぐにでも確認したかったことがあったからじゃない?本当に自分の知っている、あの"ゼロ"なのか。警察関係者で"ゼロ"といえば、警察庁警備局警備企画課。通称"ゼロ"。でも同じゼロの同僚であれば潜入先のことくらい知っているだろうし、あの局面で風見刑事の名前を出したってことは…」


少年はゆっくりと彼女に一歩近づき、静かに呟く。


「志津馬さんは警視庁公安部の刑事、だよね。」
『君……一体何者?』
「江戸川コナン…探偵さ。」


―あのメガネの少年には気をつけた方がいい。―


彼女は先程の安室の言葉を思い出し、ようやく理解した。


『…ははっ!!キメるねぇ〜少年!!』
「だからはぐらかさないでってば。」


ふて腐れている彼の両肩に志津馬は両手を置いて少し目を細める。


『君の話はほぼほぼ合ってる…けど、一番最後が間違ってる。』
「え?」
『私はもう警察官じゃない。"元"公安なだけ。』
「そう、なの…?」
『うん。』
「で、でも志津馬さんのあの洞察力と身体能力なら、公安でまだまだ活躍できたんじゃない?それなのにどうして『言ったでしょー?大人には大人の事情があるの。こればっかりは君にも教えられません。』
「えぇーケチぃー」
『こういう時だけ子供らしくするんじゃないよっ!!』


そんな会話をしていると、蘭がビルの階段から降りてきて二人を見つけては声を上げた。


「あ、コナンくん!!志津馬さんもそこにいたんですか!?なかなか帰ってこないからお父さんも心配してて。」
「このお姉ちゃんが赤ペンドロボーしたの。」
『コラ、さっきちゃんと返したでしょーが。』
「志津馬さん、依頼人の方から連絡あったんですよね。そちらの対応は大丈夫だったんですか?」
『あぁそれが…今からうちの事務所で会うことになって、悪いんだけど毛利さんにはそのまま帰ったって伝えてもらえないかな。』
「そういうことなら父には私から話しておきますから、遠慮せず行ってください。」
『ありがとう。』
「じゃあ行こっか、コナンくん。」
「うん!!バイバイ志津馬さん。」
『はい。バイバイ。』


二人が階段を上っていき彼女もその場から立ち去ろうと歩き出した瞬間、ある張り紙を見てふと立ち止まる。


『"アルバイト募集中"ねぇ…』


それをしばらく眺めた後、彼女は何かを思いついたように口角を上げた。


「いらっしゃいませー!!」


それから数日が経った頃。喫茶ポアロの昼時の店内は慌ただしく、賑やさを増す。


「お疲れ様です梓さん。」
「あ、安室さん!!お疲れ様です。」
「すいません、昨日もまた無断欠勤してしまって…」
「もう本当ですよ〜すっごく忙しかったんですから!!」
「反省してます…」
「でも、昨日入った新人さんのおかげでなんとかなりましたけどね。」
「もしかしてマスターが言ってた、新人のアルバイトさんのことですか?」
「はい!!人当たりがよくて機転も利いて、まるで安室さんがもう一人いるみたいで助かっちゃいました♪」
「へぇ、それはぜひともお会いしてみたいものだな。」
「あれ?安室さんはたぶんもう会ってるはずですけど…?」
「え?」
『梓さん、オーダー入りました。』
「っ!!」


聞き覚えのある声に安室が後ろを振り向くと、そこにはポアロのエプロンを付けた志津馬の姿が。


『ホットとナポリタン、あとミックスサンドは…そちらにお願いしていいんですかね?』
「君…」
「お二人は米花町で探偵をやっているお仲間さん同士なんですよね!!」
『えぇ。まぁ私のほうがまだ新人ではありますけど、ここでもよろしくお願いしますよ。"安室"さん。』
「……」
「またポアロが賑やかになりますねー♪」
『ねー♪』


笑顔でやり取りをする二人をよそに、彼は志津馬に対してものすごく煙そうな顔をしていた。



top