08
夕暮れ時になると喫茶ポアロには学校終わりでお茶をしに来る学生たちなどが多くなる。
『お待たせしました。こちらがポアロ特製"半熟ケーキ"になります。』
「わぁーいつ見てもおいしそー♪」
この日は先日志津馬と知り合った蘭が、同級生で親友でもある鈴木園子と一緒に店へと訪れていた。
「志津馬さん、早速ポアロに馴染んでますね。接客のお仕事とかされてたんですか?」
『ううん。本格的に接客業をするのはここが初めてかも。』
公安時代に潜入捜査で何度かやったことはあるけど…とまではさすがに彼女たちには言えず、志津馬は心の中で抑えた。
「蘭から聞きました。あなたも探偵さんなんですよね?」
『えぇ。』
「どうせなら世良ちゃんも呼べばよかったね。」
『世良ちゃん?』
「私達と同じ高校に通ってる子で、彼女も高校生探偵を名乗ってるんです。」
『待って、この街どんだけ探偵いんの…?』
「えーっと小五郎のおじさまに安室さんでしょー?それと世良ちゃん、あとそれから…蘭のボーイフレンドの工藤くんもね♪」
『ボ…』
「ちょっと園子「いいじゃない事実なんだから!!」
恥ずかしそうに顔を赤らめながら止めようとする蘭の言葉を園子は遮るように続けたことで、志津馬はこの前の彼女の言動にある程度察しがついた。
「まぁあの推理オタクは全国駆け回ってて忙しいだろうから、もう米花町の探偵とは言えないかもだけど。」
「あいつはあいつで、頑張ってるのよきっと…」
『いいねぇ〜アオハルだねぇ〜!!』
「や、やめてくださいよ志津馬さんまで!!」
『あぁごめんごめん…』
その初々しさに彼女は若いって良いな…と、つい羨ましさを感じてしまう。そして蘭の思いに自分も少し共感してしまったことで少しだけ切ない気持ちになった。
「でも一番忘れちゃいけないのが、推理クイーンことこの私…鈴木園子様よ!!オーッホッホッホッホ!!」
「園子、ここお店だから静かに…」
『(そしてあそこにいる、江戸川コナンくんもか…)』
志津馬は視線の先に、カウンター席で正面にいる安室と話すコナンの姿をちらりと捉える。そんな二人が何を話しているかというと…
「安室さんと志津馬さんって元同僚だったんだね。」
「…やはり君には見抜かれていたか。」
「てっきり風見刑事と同じ体でこの町に来た人かと思ってたから、違くてビックリしたよ。」
「僕も、ここに来てからの彼女の行動の意図が読めないでいることに少し驚いているんだ。」
そう語る理由は今から数時間前の彼女とのやり取りに遡る。榎本がバックヤードに向かった後、客が少なくなった店内のカウンターで二人になったことを機に彼は皿洗いをしている志津馬に歩み寄り小声で口を開く。
「…どういうつもりだ。」
『何がです?』
「なぜ君がポアロで働く必要がある。」
『どうもこうも、簡単なことですよ。探偵業じゃ稼ぎが少ないので生計を立てるための手段です。っていうか…元々それをやり始めたのはあなたでしょ?』
「忘れたのか?お互い干渉しない方が良いと、僕は助言をしたつもりで『あなたの指示で動くような、あの頃の私はもういません。』
「……」
『心配しなくたってあなたことをあれ以上探るつもりはありませんよ。そっちはそっちで無断欠勤やら早退やらして好きにやったらいいじゃないですか。その代わり、臨時のバイト代はガッポリ頂きますけどね。』
アルバイトで稼ぎたいだけならどこでやったとて同じはず。わざわざさほど仲良くもない元上司のいる店で働く他の理由が彼には皆目見当がつかなかった。
「一体何を企んでいるんだか…風見なら幾らか分かるんだろうがな。」
「志津馬さん、風見刑事と仲良かったの?」
「あぁ。二人は警察学校時代からの付き合いだからね。」
そんな風見とは反対に、降谷と志津馬の初対面はあまり良いものとは言えなかった。
―あなたですよね?風見に無理難題押し付けて自分は自由気ままに好きなことしまっくてる新しい"ゼロ"ってのは!!―
同期の彼を思うゆえの発言だったのだろうが、彼らとの交流が増えるたびに二人の互いを思い合う気持ちが同期以上のものだと降谷が気づくのはそう遅くはなかった。
「(君はいいのか?ここで働くということは、風見と会う確率も高くなるんだぞ。)」
降谷はJK達と楽しそうに談笑している志津馬をチラッと見る。彼と距離を置くためにあらゆる情報を断ったのだろうが、自分がここにいることも知らなかったのだから、もちろん風見が"飛田男六"として米花町を訪れているのも彼女は知らないのだろう。そんな事を考えていると、
『二人で何話してるんですかー?』
噂の当人がカウンターの方へとやってきた。
「ちょうど志津馬さんのこと話してたんだよ。ね、安室さん。」
「えぇ。」
『もしかして悪口とか?』
「そんなんじゃないよ。」
「新しくバイトの人が入ってくれて助かってるって話をしてたんですよ。」
『へぇー…』
絶対そんなこと思ってないでしょ。と言いたそうな眼差しを志津馬が向けていると、彼はそれを受けて苦笑いを浮かべた。その頃、警視庁公安部では…
「あれ。風見さんまたそれだけっすか?」
「あぁ。」
部下に問いかけられた風見は小さなチョコレートをポイッと口に入れながら答えた。
「昼も食ってないのにさすがにそれは少ないんじゃ…」
「いかなる時も迅速に動けるようにしておくのは刑事の務めだろ。」
「そんな事言ってると志津馬さ…いや、降谷さんに怒られますよ?」
衝いて出たように部下の口から彼女の名前が聞こえると、途端に彼の動きが止まる。
―コラ風見!!アンタまーたそんなちっこいチョコひとつで昼メシ済まそうとしてるでしょ!?―
「(君がまだここにいたら、そんな風に俺を叱っただろうか…)」
一瞬目を細めて手に残ったチョコの包み紙を握りしめた後、何事もなかったかのように近くのゴミ箱へそれを捨てた。すると彼のスマホがある人物からの着信を告げる。
「…あぁ、分かった。」
電話を切るとすぐさま別の人物へと続けて発信した。
「風見です。例の件に進展があったようなので報告と資料をお渡しできればと。…分かりました。そこで落ち合いましょう。」
再び電話が終わると彼はふぅ…と一息ついた後、気を取り直しように勢いよく立ち上がり椅子にかかった上着を羽織る。
「少し出てくる。何かあれば連絡してくれ。」
「分かりました。」
そう言って颯爽と部屋を後にした。人気のない高架下で彼が待っているとそこに現れたのは、
「協力者から情報提供があったのか。」
「降谷さん。」
安室の時とはまた違う表情で降谷は風見に歩み寄る。
「えぇ、降谷さんの指示で我々が独自にマークしていたこの男が今回の政治犯グループの首謀者のようです。」
「やはりな…」
「引き続き足取りを追います。」
「頼んだ。…風見。」
風見は報告を終えてその場から去ろうとするが、彼の声で足を止めて振り返る。
「はい。」
「……」
「…どうか、されましたか?」
「……いや、すまない。何か言いたいことがあったはずなんだが、どうやら忘れてしまったようだ。」
「降谷さんでもそういうことがあるんですね。」
「悪いな。思い出したら連絡でも入れるよ。」
"志津馬を米花町で見つけて、実は今同じ店で働いているんだ。"なんて言ったら彼は一体どんな顔をするだろうか。物は試しと言いかけた降谷だったが、未だ彼女の明確な理由も分からないまま風見の質問攻めにあうのはかえって面倒だと考え思わず口をつぐんだのだった。
「(ここは一旦、様子を見るか…)」
車に乗り込みハンドルを握った時、ふと彼の頭にある考えがよぎる。そしてスマホを手に取ると素早い動きで文字を打っていった。
「これでよしと。」
満足そうにスマホを助手席に投げると降谷は再びハンドルを握りアクセルを踏んだ。一方、同じく車に乗り込んだ風見が発信させようとしていた矢先、スマホに降谷からのメッセージが届いていることに気づき画面を見る。
《明日の朝7時、ポアロに来い。必ずだ。》
「朝にポアロ?…なんでだ?」
首を傾げながらも、上司からの命令だし逆らうわけにも行かない。とりあえず何か指示あるのだろうと風見はあまり深く考えず返事を返した。そして翌日の朝。ポアロに店内いたのは…
『ったくあの金髪、いきなり早番変わってくれとか早々にこき使いやがって…』
―朝は店の前の掃き掃除に店内の掃除、空気清浄機を付けてコーヒーの補充に、あぁそれと、観葉植物には水を与えるようにしてください。ちゃんと管理しないと枯れてしまいますから。よろしくお願いしますね。新人さん♪―
文句を言いつつ彼女は昨日彼に教わったことを思い出しながら掃除を始めていく。この時間帯はまだ通勤通学の人はさほどおらず、車もまばらで静かな空間が流れている。店も開始時間よりずっと前なので無論誰もいない。
『まぁ、ゆっくりやりますか。』
そう言うと気合を入れ直し、カウンターを拭き上げていく。その背後のガラスの向こうには背の高い眼鏡の男性の姿が。
「確かまだ店はやっていないはずだが…一体何の用なんだ?」
店内に女性の後ろ姿は確認できたが、彼の姿は見当たらない。
「まぁ、聞けば分かるか。」
そう呟くと彼はポアロのドアを開けて店内へと入る。カランカラン、とドアの鈴が鳴って誰かが入ってきたことに気づいた彼女は申し訳無さそうな表情で後ろを振り向いた。
『すいません、まだお店始まってな…』
言っている途中で彼女は言葉をなくす。そこにいたのが、ずっと避けていたはずの彼だと気づいてしまったから。風見もまた目の前にいる女性が、ずっと探していた彼女だと分かり思わず目を見開く。
「志津馬、くん…!?」
『……風見…!?』
しばらく二人は、その場から動けなくなってしまった。