09

「ど、どうして君がここに!?」
『(あの金髪…やりやがったな…)』


状況が把握できずオロオロしだす風見に対し、志津馬にはなんとなくこうなった経緯を察することができた。すべては降谷が仕組んだことだと。それを分かった上で彼女はため息をついた後、冷たい視線を向けながら彼に言い放つ。


『大変申し訳ないのですが、まだ営業時間外なのでお店に入るのはやめてもらえませんか。』
「え、いやでも『ほら早く!!外に出て!!』


慌てる風見に臆することなく彼の体を押し、店の外へと共に出た。


「志津馬くん、状況を説明してくれ。これは一体どういうことなんだ。」
『アンタ…ゼロさんからこの時間にここへ来るように頼まれたんでしょ。』
「っ!?なぜそれを…」
『私も同じように、あの人から昨日突然早番変わってくれって言われたの。二人ともまんまとアイツの策にはまったってわけ。本当、余計なことを…』
「でも、その前に…なんで君がここで働いてるんだ。」
『……』
「降谷さんと再会してたのか?ならどうして俺には連絡をくれなかった『関係ないじゃん!!』
「え…」
『どこで何しようが私の勝手。それにもう…私は警察辞めてるんだよ?アンタの同僚でもなんでもない。赤の他人だから、連絡しなかっただけ。』


大切だから、これ以上関わりたくなかった。もう同じフィールドに立つ資格もない自分に関わってしまうと、彼が不幸になってしまう気がして。たとえ姿が見えなくても元気でいてくれさえすればそれだけで良かった。


「…赤の他人なんかじゃない。俺にとっては…今でも君は大切な同期だ。」
『今さらそんな綺麗ごと言わないでよ。話すことなんてないから…帰って。』


冷たく言い放ち彼女が下を向きながら店へ戻ろうとした時、左から自転車に乗った男性が速いスピードでこちらへむかってくるのに風見が気づく。


「危ない!!」


彼は咄嗟に志津馬の手首を掴み、後ろから抱きしめる形で自分の方へ引き寄せた。自転車が通り過ぎた後も、彼の腕の中に体がすっぽり収まってしまったことで彼女はしばらくその場でフリーズしてしまう。


「あんなにスピード出したらいずれ事故になってもおかしくないな…」
『っ…!!』
「志津馬くん、ケガしてないか『だだだだだだいじょーぶだからっ!!』


ドンッ、と突き放すように頬を赤く染めた志津馬が風見から離れると彼も自分のしたことの意味を理解したのか突然慌てだす。


「あ…あぁ!!すすすまないっ!!これはその、つい咄嗟の判断で…」
『……変わんないね。風見は。』
「え、」
『(アンタはいつもそうだった…)』


相手が誰であろうと自分の正義や職務を全うする人。分かってる、そんなところに惚れたんだから…と、彼女は観念したようにズボンのポケットからとあるケースを取り出して中に入っていた名刺を風見に差し出す。


『これあげる。』
「これって…志津馬、探偵事務所…!?」
『私、この町で探偵業始めたの。』
「君が、探偵に…」
『何もかも初めてで、手探りなことばっかだけど…この町の人達面白い人多いし、割と楽しくやってるよ。だから心配しないで。』
「……」
『風見…アンタはそのままでいてね。』


そう言って優しく微笑んだ後、じゃあ戻るわ。と彼女は再び彼に背を向けてポアロのドアを開ける。その背中に彼はまた声をかけようとしたが、ふいに上着のポケットからスマホが震えだして着信を告げ、それが部下からの電話だと分かると仕方なく応答した。


「風見だ。……そうか。分かった、すぐ向かう。」


通話を着ると、ガラス越しに見える彼女をチラッと見る。そして名残惜しそうに顔を伏せた後風見はその場を後にした。一方、彼がいなくなったと分かった直後…


『はぁああああああ……!!』


志津馬はカウンターに手を付きながらへなへなと力なくしゃがみ込む。


『(せっかく会えたのに、もっといい言葉選びあったでしょ…なんでああいう言い方しか出来ないかね私ってやつは…!!)』


脳内ではすでに大反省会が繰り広げられていた。そして、自転車から彼が守ってくれた時のことを思い出す。


『…やっぱり好きだな。』
「何が好きなの?」
『がっ!!』


彼女はしゃがみこんでいた手前、突然頭上から聞こえたマスターの声に驚きその拍子に勢いよく顔を上げたためカウンターの縁に頭を強打してしまう。


『いったぁ…!!』
「志津馬さん?大丈夫?」
『あ、だ、大丈夫です!!すいません!!』
「まだゴミ出しの場所教えてなかったと思って『それは安室さんから聞いてるんでゴミ出してきまぁーす!!』
「え?あ、そう…?」


逃げるように去っていく彼女をマスターは首を傾げながら見送った。その日の彼女はその後も空回り続きで、お店の皿を割ったりレジの打ち間違えをしたりコーヒーの分量を間違えたりと、散々な結果に。


「ま、まぁそういう日もありますよ…私も始めたてのときはそのくらいザラにやってましたから!!」
『梓さん…天使…』


榎本に励まされながらなんとか終業時間を迎え、彼女は重い体でポアロを出る。朝からの疲れがドッと来てしまったのか足取りも遅かった。すると…


「ンだとコノヤロー!!」
「やんのかコラァ!!」


路地裏で何やら揉めている声が聞こえ入ってみると案の定顔を赤らめた男二人が胸ぐらを掴んで今にも殴り合いの喧嘩を始めそうになっていた。これは止めねば!!と彼女はその場に駆け寄るが自分が思う以上に体の動きは鈍くなっていく。


『まぁまぁ、こんな真っ昼間から喧嘩なんてやめま「うるせぇ!!尼は引っ込んでろ!!」
『ぶしっ!!』


まさかの右ストレートを頬にくらい、そのおかげもあってか彼女の体に刺激が入りさっきまでの緩かった瞳孔も一気に鋭いものに変わり威圧感も倍になる。


『テメェ…やってくれたなコノヤロー…』
「「ヒィッ!!」」


すかさず逮捕術で制圧し、その後交番に連絡。二人はあっけなく警官たちに連行されていった。


「…で?これはその酔っ払いを取り締まった"勲章"とでも言いたいのかしら。」
『いぃーっだぁ!!』


口元のケガの応急処置のため急いで家に帰るも、救急箱のような衛生用品を何一つ揃えていなかった志津馬は致し方なく阿笠の家に助けを求め、一人留守番をしていた灰原に手当てをしてもらっていた。


『あのさぁ…もうちょっと優しくやってくれない?』
「手当てしてもらってる分際で何言ってるの。大体家に救急箱の一つもないなんて、非常識にもほどがあるわ。」
『それはぁ…自分でもそう思う…』
「でも、一日でそんなにボロが出るなんて…とても公安に勤めていた人間とは思えないわね。」
『…待って。私その事哀ちゃんに話したっけ。』
「江戸川くんから聞いたのよ。」
『あのメガネのガキまで…ほんっとどいつもこいつも!!「動かない。」
『い゙っ!!』


至る所で裏切られているのを知り怒りをあらわにする彼女を灰原は表情一つ変えずに処置していく。


「別に隠してるわけじゃないんでしょ。ならいいじゃない。」
『そうだけどさぁ…』
「それより、あなた今生理前?」
『え?い、いや…来てないけど。』
「じゃあPMSではなさそうね…ほら、生理前だと情緒不安定だったり、何かと失敗を起こしやすくなるって言うから。」
『はぁ…』


なぜ小学一年生にしてPMSとか生理のことを知っているのだろう…彼女はもっと先の話じゃないの?そんな先のことまで今の学校は教えてるの?と志津馬は頭に?マークが次々に浮かんでいた。


「特に熱はなさそうだし、他に異常が見られないことかた察すると、精神的なことが原因かもね。」
『精神的…』
「そう。例えば…身近な人の死や、金銭的なもの。人間関係…好きな人とバッタリ再会したとか。」
『っ!!』
「それぐらいのショックを受けない限り難しいとは思うけど。あとは単に不運なだけ…って、あなた人の話聞いてるの?」
『(好きな、人…)』
「ちょっと志津馬さ…っ、」


そう考えている彼女の顔がみるみるうちに赤くなっていくのを見て、灰原は何かを察したように目を見開く。するとそのタイミングで玄関のドアが開き、阿笠が帰ってきた。


「ただいま帰ったぞい…ってなんじゃ、志津馬くん来とったのか。」
「おかえりなさい博士。」
「おぉーちょうどよかった!!実は知り合いからもらったバームクーヘンがあるんじゃがよかったら一緒に食べ『阿笠さんちょっとトイレお借りしますっ!!』
「え?あ、あぁ…」


耳まで真っ赤になった顔を隠すためなのか、志津馬は素早くトイレへと駆け込んでいく。


「それくらい別に断らんでもいいんじゃがのう…」
「あら。意外と乙女なトコあるじゃない。」


困惑する阿笠を横目に灰原はトイレの方へ視線を向けながら眉を下げてほくそ笑んだ。


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