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トイレから出たあと、志津馬は阿笠から勧められたバームクーヘンをもらって顔を綻ばせる。
『んー!!このバームクーヘンおいしいですね!!』
「なんでも有名店のバームクーヘンみたいじゃからのう。味は折り紙付きじゃ。」
『あ、ところで阿笠さん。あれからご近所の評判どうですか?』
「おぉーそれなら上々じゃよ!!便利で使いやすいとみんな喜んでくれとるわい。」
『それはよかった。』
「これも志津馬くんのおかげじゃよ。感謝しておるぞ。」
『いやいや、何事も平和が一番ですから。』
「とかなんとか言って、探偵なんて所詮お金にしか目がいってないんじゃないの。」
「コレ哀くん…」
「なーんてね。冗談よ。気にしないで探偵さん。」
『(いや気にするわ…)』
例のご近所騒ぎも下火になり、彼女もホッとした表情を浮かべた。すると再び玄関のドアが開く。
「こんにちは。」
「おぉ、昴さんか。」
現れたのは長身で眼鏡をかけた男性。阿笠邸の隣の工藤邸に一人で住んでいるという沖矢昴。志津馬も近所に挨拶に行った際、彼の顔と名前は覚えていた。
『沖矢さん、こんにちは。』
「あなたは確か探偵の…志津馬さん、でしたか。」
『えぇ。』
「今日はどうしたんじゃ?」
「実は、阿笠博士に少々ご相談がありまして。」
彼がおもむろに首元に左手を添えると、阿笠は何かを悟ったように表情を少しだけ変えた。
「場所を変えてお話しても?」
「あ、あぁ…ならワシの研究室に行くとするかのう。」
そう言うと二人は奥へと向かって去っていく。志津馬は彼らの背中を見送ると灰原に向かって口を開いた。
『ねぇ。沖矢さんって何してる人?』
「本人から聞いてないの?」
『挨拶に行って以来、顔知ってる程度でどんな人だかまでは…』
「東都大の大学院生だそうよ。」
『へぇー頭いいんだ。でもなんで工藤さん家に一人で…』
そう聞くと、灰原は紅茶を一口飲んで話し始める。
「以前彼の住んでいたアパートが全焼して、住むところのなくなった彼の身を案じたのか、江戸川くんが仲介役となり今は誰も住んでいない工藤邸の家主に許可を得て住んでいるみたい。」
『でも気心知れない赤の他人を、わざわざあんな豪邸に住まわせるなんて…工藤さん一家懐深すぎじゃない?』
「家主曰く、"ホームズ好きに悪い人はいない。"そう言っていたそうよ。」
「えぇー…何か通ずるものがあったってことかな。』
「さぁ?そこまでは私にもわからないけど。」
『確かご主人がミステリー作家の工藤優作さんで、奥さんが有名女優の有希子さん。それで一人息子の新一くんは高校生探偵。ネットでいくつか記事を見たことあるけど、それぞれジャンル違いのプロが揃ってるって感じ?エリート一家かっての!!」
「……」
『哀ちゃんは新一くんに会ったこと「ないわよ。」
彼女は目を閉じながら志津馬の言葉を食い気味に言い放った。
「私がこの家に来た頃にはすでにその人、あの家からいなくなってたみたいだから。」
『そっか…一度会ってみたかったんだけどなぁ…』
「会ってどうするつもり?」
『名探偵としての極意を教えてもらうとか?』
「しょうもないわね…というか、そんなに口を動かしたいのならこれもらうわよ。」
『あ!!ダメそれ私の!!』
そういった途端、ふいに志津馬の携帯が震えだす。直後フォークにバームクーヘンの一欠片を突き刺した灰原と睨み合うことに。
「電話。鳴ってるけど?」
『くっ…!!ダメだからね?それ私のクーヘンなんだから、絶対食べないでよ!?』
「何よ私のクーヘンって…」
彼女が渋々電話に出ると、その話しぶりから調査依頼が来たことを灰原は悟った。
「(言えるわけないじゃない。あなたはもうとっくに工藤新一と出会っていて、その彼を幼児化させたのが私だなんて…)」
目を細めてそんな事を考えながらフォークに刺していたバームクーヘンを志津馬の使っていた皿に戻し、自分のをまた食べ始める。一方で…
《それ、で…今日……がた…そ…だんした…んですが…》
『(ん?何これ、すごいノイズ…)』
《あの…しもし?》
『あぁー、ごめんなさい!!ちょっと電波が悪いみたいで…場所を移動しますね。』
そう言うと彼女は阿笠邸を出て外へと移動する。すると中にいるときよりも幾分聞こえは良くなっていた。
『はい…では、今日夕方3時ですね。事務所でお待ちしています。はい、失礼します。』
電話を切ると、さっきまで聞こえていたノイズについて違和感を覚える。
『(地下でもないのに、あのノイズ音…まさか…)』
不審に思った志津馬が眉をひそめて後ろを振り返ると、ちょうどドアから沖矢が出てくるところと鉢合わせた。
『あ、沖矢さん。』
「おや。そんな怖い顔をして、どうされたんです?」
『え?あぁいや…さっき家の中で携帯からの電話を取った時、電波が悪かったのかノイズが気になって外に出たんですけど、地下でもないのになんであんなにノイズが入ったのかが不思議で。』
「それなら恐らく、電波障害が原因でしょう。」
『電波障害?』
彼女がそう聞くと彼は眼鏡を指で上げ直しながら説明する。
「時々あるんですよ。私も家でパソコンや携帯を使っていると突然通信速度が遅くなったり、遮断されたりすることがありましてね。」
『この地区繋がりにくいんですか。』
「えぇ。なのでそのようなことが稀に起きるみたいで。」
『そうなんですね…でも、それ聞いてちょっと安心しました。』
「安心…ですか?」
『はい。もしかしたら、この家に盗聴器でも仕掛けられてるのかと思っちゃって。』
「っ、」
その一言で沖矢の表情が少し変化したことに志津馬は気づいておらず、そのまま話を続けた。
『盗聴器も通信を妨害する電波を出してるから、他の電波と干渉してテレビとかパソコン…それこそ電話とかの電波に雑音やノイズが入ったりするでしょ?その類だったらすぐ阿笠さんに教えてあげないとって思ってたところなんです。』
「…そうでしたか。」
『けど、その心配はなさそうですね。…ってやば、約束の時間までそんなに時間ないんだった!!それじゃあ私はこれで。』
「えぇ。ではまた。」
焦る様子の彼女の後ろ姿を見ながら、彼は片方の口角を上げる。
「ホォー…さすがはかつて"彼"の下で働いていた女性なだけあって、鋭いところをついてくるな。」
そう呟くと志津馬に背を向けて沖矢はゆっくりと歩き出しその場去っていく。同じ頃、杯戸大橋の上では降谷と風見が落ち合っていた。
「報告は以上になります。」
「あぁ、ご苦労だったな。」
「……」
「その様子だと、僕にまだ何か言いたいことでもあるように見えるが?」
「…あなたも人が悪いですね。」
眉をひそめながら風見が降谷を見ると、含み笑いを浮かべながら彼は下に流れる川の方へ体を向ける。
「志津馬のことか。」
「なぜ自分に教えてくれなかったんですか。志津馬くんが米花町で探偵を始め、あの喫茶店で働いていたことを!!あなたは知っていたんでしょう!?」
「あぁ。しかしそれはただの状況証拠にすぎない。彼女がなぜ米花町で探偵業を始めたかの理由は分からずじまいだ。だから君と彼女が直接会えば、その結論にたどり着くと思っていたんだが…どうやらその様子だと、有力な情報は得られなかったみたいだな。」
「…恐らく彼女はもう、私とは会ってくれないと思います。」
今朝の志津馬の様子を見てしまった彼は、悲しそうな面持ちで項垂れる。しかし、降谷はそんな風見を見て口を開いた。
「そうやすやすと諦めるのか?」
「え…」
「お前は持ってるじゃないか。その懐に大事にしまってある、重要な切り札を。」
降谷のその言葉に、風見は何かを思い出し上着の内ポケットから彼女から渡された事務所の名刺を取り出す。
「僕の読みが正しければ、いち警察官として彼女を放っておくわけにはいかなくなってくる。」
「それは一体、どういう…?」
「あるだろう。彼女が警察を辞めてまでも、成し遂げようとする可能性のある一つの理由が。」
「…っ!!ま、まさか…!!」
目を閉じていた降谷は直後力強く目を開けて言い放つ。
「自分の目の前で部下を殺した、忌まわしき悪人に復讐するため。」