12

志津馬が事務所のドアを開けると、風見が続けて部屋に入り辺りを見渡す。


「ここで寝泊まりもしてるのか…寝るのはどこで?」
『ソファーの上とか、デスクチェアとか?』
「そんな暮らしずっとしてたら体痛めるぞ。」
『母親かよ…自分だって人のこと言えないくせに。』
「っ…」


公安の頃、よくデスクに突っ伏して居眠りしていた彼の姿を知っている彼女が厭味ったらしく小言を言うと、風見はバツが悪そうに口を閉ざす。


『で?依頼って何。私もそんなに暇じゃないんだよね。』
「…ならば簡潔に言おう。我々公安警察の協力者になってもら『却下。』


彼の言葉を阻むように志津馬は声を上げた。


『どうせそんなこったろーと思った…今さら私がアンタたちと組んで何のメリットがあんのよ。そもそも私は、公安にいるのが嫌で辞めた人間なんだよ?それを今さら…』
「…俺も君には断られると思ってたよ。」
『だったらなんで「公安に妙な情報が入った。我々が追い込んで壊滅寸前だった組織が、ここ最近また活動を活発化していると。」
『私にその組織を探れってこと?残念だけど、リスクの高い仕事は請け負わないって決めてるの。私が仕事として請け負うのは地域密着型の小さい案件だけ。』
「…以前の君なら、このくらいのこと平気でやってのけたはずだろ。」
『……』
「それとも…そう見せかけているだけなんじゃないのか?」
『…は?』


睨みつけるように眉をひそめながら彼女は振り返ると、風見もまた険しい表情で見つめる。


「本当は、一人で奴らのこと…探っているんじゃないか。”ブラックレオン”のことを。」
『っ…!!』


それを聞いた途端志津馬の瞳孔が一気に開き、両手で勢いよく彼の胸ぐらに掴みかかった。


「くっ、」
『言わなかった…?その名前は二度と私の前で言うなって…』
「志津馬くん…!!」
『名前を聞くだけでも反吐が出る!!』


血走る目には言わずもがな怒りが現れており、風見の胸ぐらを突き放すと彼はその場で咳き込んでしまう。


「い、今のは…俺が悪かった…すまない。」


すると興奮状態から力が抜けたのか、彼女はデスクチェアに座り込むと小さな小窓から空を眺めた。


『……期待するだけ無駄だよ。』
「え?」
『あの頃の私は、もういないんだから。』


用がそれだけなら帰って。と志津馬は背を向けたまま風見にそう告げる。


「…ひとまず、今日のところは帰るよ。邪魔して悪かったな。」


そう言うと彼は事務所のドアを開けて出ていく。ばたん、と後ろでドアが閉まる音を聞いて彼女はまた大きなため息をついた。


『協力者、か…』


その言葉に志津馬は目を閉じてある事を思い出す。


「先輩は、自分が刑事じゃなかったら何の仕事やってたと思います?」
『…何急に。』
「私小さい頃、宝石店の店員さんなりたかったんですよ。」
『へぇー意外。』
「キラキラ輝く宝石を見るの好きで、よく宝石店に見に行ったりして。あ、外からですよ!?」
『いやまだ何も言ってないじゃん…でもそれがまたどうして、警察官に?』
「たまたま宝石を見に行った日に、宝石強盗と鉢合わせたんです。」
『えっ、』
「顔を見られたと思ったのか、犯人たちが乗ってきた車に私を連れ込もうとしたところで刑事さんたちが助けてくれて。私も誰かを助けられる仕事をしたい…そう思って、刑事になったわけですよ。」
『はっはぁーそりゃいい話だ酒がすすむわぁー!!』
「ちょっと!!もぉー真面目に聞いてくださいよぉー!!」


”彼女”は天真爛漫な女性だった。笑った時にでるえくぼが印象的だったのをよく覚えている。志津馬にとっては公安で唯一女性の後輩で可愛がってもいたし、任務が終われば居酒屋に行き同僚の男共のぐちや今の警察組織の事情、まだ分からない先のことまで気づけば言い合えるような仲になっていた。


「…でも私、先輩は探偵が向いてると思います。」
『探偵?私が!?』
「刑事とはまた違いますけど、推理力も洞察力も兼ね備えてて正義感もあるし、ストーカーとか一発で撃退出来そうじゃないですか!!」
『いやストーカーは犯罪なんだからその場合は先に警察でしょーが。』
「とにかく!!志津馬さんは定年迎えたら探偵になってくださいよ?」
『えぇ…どんだけ先のことだと思ってんの…』
「そしたら私の協力者になってもらいますからね!!いいですか、絶対ですよ!?」
『はいはい。ははっ、酔ってんねぇアンタも…』


いつまでも、こんな日常が続くと思っていた…でも現実はもっと残酷だった。目を開けた彼女に残されていたのは、真っ暗な沈黙だけ。


『アンタが言ったんじゃない…協力者になれって…』


やるせなく苦笑いを浮かべながら志津馬は天を仰いだ。一方、風見はというと…


《志津馬の様子はどうだった?》
「例の件をぶつけてはみましたが、どうやら奴らのことを探っている様子はありませんでした。」
《…そうか。》


降谷と言葉を交わし、彼はふとその場で立ち止まる。


「……降谷さん。」
《なんだ。》
「これはあくまで、自分の個人的主観になりますが…彼女は恐らくあの件に関して未だに蓋をしているのではないでしょうか。」
《報復に出る恐れはないと?》
「断言は、できませんが…」
《僕だって本来ならこんなこと考えたくはないさ。彼女が犯罪者になることを望んでいるわけでもないしな。特に問題がないのならそれでいい。手間をかけさせてすまなかったな風見。》
「いえ。」


インカムを切ると、風見は振り返って彼女の事務所のドアへ視線を向ける。


「(俺はただ…君を守りたいだけなんだ。純粋に正義を貫いてきた君のことを…)」


切なそうにしばらく見つめた後、目を伏せながら階段を降りていった。するとそこへ行き違いで少年探偵団がやってくる。


「あれ、お客さんかなぁ?」
「見ねぇー顔だな。」
「依頼人の方じゃないでしょうか。ほら、志津馬さんも一応探偵ですし!!」


3人がそう言っている中、顔を知っているコナンはふと足を止めた。


「(風見刑事…?志津馬さんに会いに来たってことは…公安で何かの事件絡みか?)」
「江戸川くん何してるの。置いてくわよ。」
「あ、わりぃーわりぃー…今行く。」


その頃、未だデスクチェアに腰掛けたまま思いにふけっていた彼女の後ろから、ふいに事務所のインターホンが鳴って現実に戻される。


『…ん?』


ドアスコープを覗き一瞬首を傾げるも志津馬はドアを開けた。


「「「こーんにーちはぁー!!」」」
「こんちは…」「どーも。」
『君たちまでここに来るとは…もしかして私に何かご依頼かな?』
「そぉーなんだよ!!」
「歩美たち、海音お姉さんにお願いがあって来たの!!」
『お願い?』
「少々込み入った話なので、中で話せますか!?」
『あ、あぁ…どうぞ。』


ずずいと前のめりになる彼らを見て、その圧に押されるように彼女は部屋に招き入れる。


「ここが海音お姉さんがお仕事してるとこ?」
『うん、そうだよ。』
「なんか…なんもねぇーな!!」
「良く言えばシンプルで小綺麗、悪く言えば味気のない殺風景な部屋ってとこかしら。」
『いきなり来といて査定しないでもらえる?』
「あ。ちなみにこれ、つまらないものですが…」
『いやいや手土産とかそんないいのに!!』
「いえ!!これから僕らは、志津馬さんに大事な交渉をしなくてはいけませんから!!形は大事です!!」
『…交渉?』


何の話かさっぱり分からなかった志津馬はとりあえず彼らをソファーに座らせて話を聞くことに。


『それで、お願いって?』
「それは来たる来週の日曜日。拝戸町にあるショッピングモール施設内でなんと…仮面ヤイバーショーが行われることになったんです!!」
『仮面、ヤイバーショー…?』
「ンだよぉ、ねーちゃん仮面ヤイバー知らねぇーのかぁ?」
「悪いやつをやっつけるみんなのヒーローだよ!!」
『へぇーそうなんだ。それをみんなで観に行くの?』
「はい…そのはず、だったんですが…」
『…なんか雲行き怪しそうだね。』


分かりやすくしょんぼりする3人に対し彼女は心配そうに声をかける。


「親に”小さい子供だけで大きな施設に行くのは危険だ。”と言われてしまいまして…」
『そっか…あ、阿笠さんは?いつも付き添いで一緒に行ってくれるんじゃないの?』
「博士はその日なんか別の用があるだとかで行けねぇーんだってよ。」
「でもでも!!歩美たち絶対にヤイバーに会いたいの!!」
「そうなんです!!これは僕たちにとって、またとないチャンスなんです!!そこでなんですが…志津馬さん!!」
『はい。』
「「「僕(オレ)(私)たちと一緒に、杯戸ショッピングモールに行ってくれませんかっ!!!???」」」
『……え、私っ!?』


突然の声を揃えて言われたその言葉に、志津馬は思わず口をあんぐりさせてしばらく動けなくなった。



top