03
ここは、とある居酒屋の一室。たまの休日で訪れた訓練生の男たちは来たる相手を待ちながらすでに浮足立っていた。
「今日どんな子が来るのかなぁ〜」
「楽しみだよな、白衣の天使の卵ちゃんたち♪」
「きっとかわい子ちゃん勢ぞろいだぞぉ〜?……って、思ってたのに。」
そういう彼らの視線の先には気怠げにお冷を口にしようとしている一人の女性が。
『…あ?』
「なぁお前、志津馬だろ。」
『……えぇ〜!?志津馬って一体誰のことですかぁ〜?私全然知らないですそんな人ぉ〜!!は〜つ〜み〜みぃ〜!!』
「やっぱ絶対志津馬じゃねぇーか!!」
「ぶりっ子してんじゃねーよ気持ち悪ぃ!!」
『はぁ?まだ来てもない女のこと考えて鼻の下デロンデロンに伸ばしてるあんたらよりよっぽどマシだと思うけど!!』
「つかなんでいんだよ!?」
『…幹事の子がたまたま高校時代の同級生で、知り合いだったから人数合わせで来てくれって頼まれただけ。あんたらが休みなら私も休みだろうって踏んだんじゃない。』
私だって来たかなかったわこんなむさ苦しいとこ…と彼女の頭にそんな考えがよぎったが、
「それでも断らずに来たということは、何か物でつられたというわけか。」
『っ、』
その声の主に指摘され志津馬は目を伏せる。
「まぁ、俺もその類に変わりないけどな。」
『…風見は何でつられたの。』
「激辛ラーメン。」
『マジか。』
彼女の向かいに座る風見は表情一つ変えずにお冷を飲んだ。
「ほら!!伊織はいるだけで華があるし…風見みたいなお堅いやつがいれば警察官の卵もちゃんとしてるってイメージつくだろ?」
『ちなみに伊織くんは何ラーメン?』
「オイ。」
「…とんこつ。」
「伊織!!」
同じ教場の伊織無我は座学も体術も優れていて学年内首席の座を守り抜いている。冷静沈着で何を考えているのか分からないミステリアスなところがあり、教場内の女子たちからも人気の存在だ。
『(けどまぁ、風見が来るって分かってたなら…)』
「(志津馬くんが来ると分かっていれば…)」
「『(もう少し、気合い入れた服にしたのに。)』」
お互いそんな事を考えてるとは気づかずに少し顔を曇らせていると
「皆さん、遅れてごめんなさーい!!」
今日の幹事である志津馬の同級生と、その後から若い女性たちがぞろぞろやってきた。その光景に男性陣はキラキラと目を輝かせている。
「だいぶ待ちましたよね…?」
「いーやいや全然!!」
「俺たちもちょうど来たところで、なぁ!!」
「そうそう!!まったく気にしなくて大丈夫だから!!」
『(はは、分かりやす…)』
こうしてようやく、合コンという形を成したイベントが始まった。
「へぇー、警察学校にも体育祭ってあるんですね。」
「そうなんだよ。体育祭の他にも、術科大会っていう剣術とか柔術とか体術で競う大会もあったりするし。」
「その上警察官としての知識とかも入れなきゃいけないんでしょ?大変そう…」
「大変なのはそっちも一緒じゃない!!」
「えぇー伊織さん成績学年トップなんですか!?」
「すごぉーい!!」
「別に現状で満足しているわけではないので。」
「常に高みを目指してる姿…かっこいいです!!」
それぞれが各所で盛り上がっている中…
『んっ!!』
「どうした。」
『この馬刺しめっちゃうまいよ。食べてみ?』
「…確かに、うまいな。」
『でしょっ!?えーちょっと感動だわ…うぅまぁ…!!』
「……ふっ、」
お通しで出された馬刺しのうまさに感動している彼女の姿に風見が癒やされていると、
「風見さん。お隣いいですか?」
「え?あ、はい…」
風見の隣に別の女性が座ろうとするが、志津馬の方を見ると戸惑ったように口を開く。
「あ…もしかして、お話中でした?」
『いえいえ!!私とのはどうでもいい会話なんで、どうぞどうぞ。』
彼女の承諾を得ると、女性は彼の隣に座り飲み物をテーブルに置いた。
「私、風見さんの手が気になってて。」
「手…ですか?」
「大きくて、ゴツゴツした男らしい手じゃないですか。私手フェチだからこういう手が好きなんですよねぇ…あ、マメができてる。」
そういうと女性は風見の手を取って手のひらを両手で触りだす。
『(おぉ…自然なボディタッチ…)』
「た、たぶんそれは…柔道をしていたときに、できたものかと。」
「あれ、もしかして照れてます?」
「いや…そういう、わけでは…」
「うふふ、かわいい。」
『……』
片手を触られて恥ずかしいのか顔をそらしながらしごろもどろに答える彼の様子に、志津馬は心なしか胸がズキンと傷んだような気がした。
『(なんか…つまんな…)』
テーブルに頬杖をついて眉間にしわを寄せながら窓の外を見始める。その様子を、風見以外の人物に見られているとも知らずに。
「二次会はカラオケでぇーす、行く人は俺についてこーい!!」
「「「「はーい!!」」」」
『私帰るわ。』
店を出た一同が盛り上がる中、志津馬の声が響き渡る。
「んだよノリ悪ぃーな。」
『いろいろ食べてたら気持ち悪くなっちゃってさ。まぁそっちはそっちで楽しんでよ、じゃね。』
そういうと彼女は力なく笑い一人寮の方へ続く夜道を歩いていく。その姿に違和感を感じた風見は小さくなっていく彼女の背中をしばらく黙って見つめていた。すると…
「志津馬のこと、追わないのか?」
「え、」
後ろから声をかけられ彼は勢いよく振り返る。そこには伊織の姿が。
「行けよ。追いたいんだろう?」
「……」
「あいつ足速いから、早くしないと追いつけなくなるぞ。」
「…悪い伊織、みんなには何か適当に誤魔化しといてくれ。」
「了解。」
彼の言葉に触発された風見は、志津馬が歩いていった方へと駆け出していった。
「(もっとも、彼女が一番それを願っているだろうからな…)」
「あれ…伊織さん、風見さんは?」
「あいつも具合が悪くなってみたいで、先に帰りましたよ。」
「そう、ですか…」
「さて…俺たちもカラオケ、行きましょうか。」
「は、はい…!!」
先程風見の隣に座っていた女性は少し落ち込んだ様子を見せるも、伊織のふとした笑顔にときめいてそのままカラオケへと向かう。一方で志津馬はというと…
『ふんっ!!何さ、手触られたぐらいでデレデレしちゃってよ…』
彼女が文句をブツブツ言いながら不貞腐れていた矢先、
「志津馬くん!!」
『えっ、』
途端に後ろから聞こえてきた声に驚き振り返ると、風見がこちらにかけてくるのが見える。
『風見…なんで…!?』
「俺も抜け出してきた。ああいった場は、どうにも場違いな気がしてな。」
『……そっか。』
ふいに彼女は自分のことを追いかけて来てくれたのかと錯覚したが、理由は違えど彼が自分のもとへ来てくれたことが何よりも嬉しくて下を向きながらも思わず口角が上がった。
『でもさっきの女の子といい感じだったじゃん。手なんか触られちゃってさ。』
「いや!!あれは…手のひらがくすぐったくて困ってただけというか…」
『ひーどぉー、あの子に言いつけるよ?』
「君彼女と知り合いじゃないだろ。」
『まぁそうなんだけど…あ。』
歩いていた先に前にも見かけたコンビニが目に入る。すると志津馬は何かを思いついたように顔を上げ勢いよく風見の方を向くと、
『風見!!』
「ん?」
『最初はグー、ジャンケンポン!!』
「あ、えっ…!?」
突如始まったジャンケンに混乱しながらも彼は何か出さなくてはと勢い任せにパーを出すが、彼女はすでにチョキを出していた。
『へへっ、やーりぃ♪アイス風見の奢りね!!』
「っ…」
いたずらっ子の方にシシシと笑う彼女を見て思わず風見はその場で立ち止まる。対して逆にまずいと思ったのか、志津馬は焦ったように口を開いた。
『…って、冗談だよ!!本気にすんなって。ちゃんと自分で買いま「いや、咄嗟の判断で見極めきれなかった俺の負けだ。奢るよ。」
『そ、そう…?ならいいけど。』
「(君の笑顔に見惚れてたなんてキザな台詞…俺には似合わないしな。)」
そんな事を考えながら二人はコンビニに入ると、好みのアイスを選んで店を出る。
『なんだんかんだ言ってさっきデザート食べ損ねちゃったからね。』
「うん、口直しにはちょうどいい。」
『風見ってチョコ好きなんだ。意外ー』
「そうか?」
『渋めの抹茶とか選ぶのかと思った。』
「完全に見た目判断だろそれ。」
夏の暑さも和らぎ、いつの間にか夜には秋の虫たちが鳴き出していた。涼しい夜風を受けながら二人はゆっくりと寮へと続く道を辿る。
『もうそろそろでうちらも卒業だね。』
「まぁ、その前の試験に合格しないとできないけどな。」
『それを言うなよー…』
「君は実技では優秀だが、座学はイマイチなんだろ?」
『だって刑法だけでどんだけあると思ってんの。あんた分かる?』
「大体なら頭に入ってる。」
『うわー腹立つ。』
そんな軽口を叩きながらも互いに笑みがこぼれていた。
「どんな警察官になってるだろうな…俺たち。」
『…私はさ、いつかたくさんの人を守れるような警察官になりたい。』
「っ、」
真っ直ぐ前を見つめる彼女の瞳に、街灯の光が差し込み風見にはその瞳がより輝いて見えた。
『今はちっぽけな人間かもしれない。でも、そんな自分でも誰かのこと救えるような存在になれたら…ちょっとは誇りを持てる気がするから。』
「志津馬くん…」
『なーんて、ただの理想論なんだけどね!!』
「…君らしくていいじゃないか。」
『風見は?』
「俺も君と大体は同じだ。多くの人の命を守れる秩序を作り、最善を尽くす。自分の理想とする社会を実現させるためにも。」
『……』
「その顔は、”相変わらず堅いこと言ってるなーコイツ…”の顔だな?」
『はははっ、正解!!』
「君なぁ…」
『でも、風見はきっと…良い警察官になれるよ。』
「っ、」
『私が保証する!!えへへっ、』
そう言ってはにかんだ彼女に心を掴まれたような気がした彼は、ふいに志津馬の手首を掴んだ。
「志津馬くん。」
『おわぁ、何?』
「もし…もしお互い無事に警察学校を卒業することができたら、俺と…」
『っ…!!』
「お、俺と…!!」
『俺と…?』
顔が近づき、しばらく見つめ合っていると…ようやく風見の口が開く。
「……俺と同じ部署になることもあるだろうが、そのときは当然俺のほうが上司になっている確率が高いから覚悟しておけよ!!ハハハハ!!」
『んな…何言ってんの、そんなの分かんないでしょ!?つか上司でも部下でも変わんないっつーの!!』
「警察は縦社会だ、今のうち俺に敬語を使っておくことだな。」
『調子乗ってんじゃねーし!!ったく…』
一通り痴話喧嘩をした後、二人の脳内では…
『(ヤバいヤバいヤバい、てっきり告られるかと思ったぁ…何を自惚れてんだ私は!!)』
「(……言えなかったぁああああ!!俺と付き合ってくれって言えなかった…これは帰って反省会だ…)」
寮の建物が大きくなっていく中、それぞれ早くなった鼓動を落ち着かせることに必死になっていた。やがてその拗らせた想いが長きにわたっていくことに、この時の二人はまだ知らない。