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「ありがとうございましたー!!」


ある日の昼下がり、目当ての弁当屋の弁当を無事購入できた志津馬はご機嫌で道を歩いていた。


『よしよし、今日はちゃんとゲットできた!!冷めないうちに早く帰ろ♪』
「あれ、志津馬さん?」
『え?』


誰かに呼ばれ後ろを振り返るとそこにはコナンと小五郎が同じ弁当屋の袋を持って立っていた。


「おー海音ちゃんじゃねぇか!!」
『毛利さん、それにコナンくんも。もしかして二人もあそこのお弁当目当てで?』
「あぁ。今日は蘭が部活でいねぇし、ポアロも混んでるしで昼飯どうするか迷ってたんだが…そんな矢先にあの弁当屋を見つけてな。」
「数量限定だったから不安だったけど、ちゃんと買えてよかったよね。」
「まぁな。」
『ここのお弁当は絶品ですよ!!私もすっかり常連になっちゃって「キャアアアアア!!!!」
「「『!?』」」


突然の悲鳴が三人の耳に聞こえ彼らは辺りを見渡す。


「なんだ今の悲鳴は!?」
『この近くですね…』
「手分けして探そう!!」


この周辺は飲食店街が多く立ち並び、一本入ると狭い路地裏もあって道が入り組み先程の悲鳴がどこから聞こえたのか、場所を特定するのは少々困難なでもある。三人は手分けして声の主を探すことに。


『(この店はたしかダイニングバー…今の時間はまだ営業してないはずだけど…)』


一人になった彼女が見つけたのはとあるダイニングバー。夕方から営業するはずの店のドアがなぜか半開きになっていたのが気になっていた。しかし、店の奥の路地裏に肩を震わせて一方向を見て怯えているような女性を見つけてそちらへ駆け寄る。


『大丈夫ですか!?今、声が聞こえて駆けつけたんですが…』
「あ…あ、あれ…!!」
『え?』


女性の指差す方へ視線を向けると、そこにあったのはコンクリートにかなり広い範囲で広がった赤黒い液体と、その上で横倒しになっている男性の姿だった。


『っ!!』


その瞬間、志津馬の頭の中に"あの記憶"がフラッシュバックする。


『くっ…!!』


手に持っていた弁当を落とし片手で頭を抑え、その場に崩れ落ちた彼女をコナンと小五郎が見つけた。


「志津馬さん!!」
「オイどうした!!って…何だこりゃ!?」
「おじさん、あそこに人が倒れてる!!」
「まさか…!!」
「志津馬さん大丈夫!?何があったの!?」
『あ…あぁっ…』
「志津馬さん?…しっかりして志津馬さん!!」
『うぅっ…うあぁあああああ…!!』


目の瞳孔が開き額からはあぶら汗が吹き出す。絞るような声で苦しそうに唸り蹲る志津馬の姿を見てコナンはこれは只事ではないと何かを悟る。数分後、通報を受けて駆けつけた警視庁の刑事たちが現場にやってきた。


「被害者は高盛陽一(たかもりよういち)さん。40歳。この現場のすぐそばにあるダイニングバーのオーナーです。ダイニングバーの店員・里居桃香(さといももか)さんの悲鳴を聞いた毛利さんたちが駆けつけた時には、すでにここで倒れた状態だったと。」
「ふむ…コンクリートに広がっている赤黒い液体はすべて被害者の血液なのかね?」


高木の説明を受け目暮が赤い地面を見ながらそう問いかける。


「鑑識の調べによると被害者の周辺にルミノール反応は出ましたが、この路地裏一体ををほぼ埋め尽くしていた液体からは反応は出なかったとのことです。」
「なるほど。」
「この匂いからして、液体の正体は赤ワインでしょうな。しかしまぁワインなんてうまいもんをこんな粗末に扱うなんて許せませんなぁ!!」
「毛利くん。怒るとこを間違えてないか?」


目暮が小五郎を呆れた目で見ている一方、少し離れたベンチに座り憔悴しきった様子の志津馬のもとへコナンが飲み物を持って歩み寄ってくる。


「はいこれ。」
『…ありがとう。』


彼から手渡された温かいはちみつレモンを両手で持ち膝に乗せた。その後も下を向いて俯いている彼女を見て、コナンはその隣に座る。


「少し落ち着いた?」
『うん…ごめんね、ビックリしたでしょ。突然唸ったりして。』
「…ねぇ、言いたくなかったら答えなくてもいいんだけどさ。」
『何?』
「さっき志津馬さんが苦しくなったのって、赤くなった地面の上に人が倒れてたからだよね。もしかして…過去に同じような経験をしたことがあるのかなって。」
『……』
「それが今もトラウマになってて…ごめん、やっぱり答えなくて大丈『そうだよ。』
「えっ」
『どうせこっちが断ったところで、頃合見計らってまた聞き出されるのも面倒だから教えてあげる。私が公安を…警察官を辞めた理由。』


ふぅっと息を一つ吐き出して、志津馬は静かに口を開いた。


『今から4ヶ月前。銃の製造・闇取引をしている組織のアジトを見つけ、私達は摘発に向かった。連中は銃を所持している可能性が高かったから、遠方からでも狙えるように狙撃犯も呼んでね。』
「ニュースにもなってたよね。テレビで見た気がする。それで、その組織は摘発されたの?」
『アジトにいる組織の関係者は全員確保して連行した…はずだった。』
「はずって…」
『そのうちの一人の男が、連行の際に刑事を殴り倒して持っていた拳銃を無理やり奪い逃走したの。その時点で動ける捜査員は半数になってたし、住宅街も近くて銃撃戦はかえって危ない。狙撃犯なしの少数精鋭で私達は男を追っていた。それでたどり着いたのが、立体駐車場。』


灰色の空。雑居ビルが立ち並ぶ路地裏。忘れもしないあの場所。


『(この辺りに潜伏できそうな場所は…)』


暗闇の中持っていたペンライトを頼りに辺りを捜索していた最中、


『ぐっ…!?』


突如聞こえた大きな銃声と、彼女の体に痛みが走る。どこからともなく撃たれた銃弾が抉るように腹部を掠め、反動で体がよろけその場で倒れ込んでしまった。


『くそっ…どこから…!!』
「志津馬さん!?大丈夫ですか!!」


血が滲んでいく腹部を抑えながら周囲を見渡すと、それを見つけた女性捜査官が駆け寄ってくる。


『カンナ…』
「血が出てる、早く止血しないと…!!」
『私は大丈夫…それよりまだ近くに、ヤツがいるはずだから、早く応援を……っ!!』


そう言った直後、彼女の背後に黒いフードを被った大柄の男が現れ拳銃をこちらへ向けていた。


『逃げて…』
「え?」
『いいから早く…お願い…!!』
「何言ってるんですか!!『逃げろぉおおおお!!』
「っ!!」


志津馬に鬼気迫る眼差しで言われた郡司カンナは後ろを振りかえった瞬間、再び銃声が周囲にこだまする。


「『……』」


一連の流れを聞いたコナンはただ、それを黙って聞くことしかできなかった。


『その後すぐに他の捜査員の足音が聞こえたけど、そいつは逃げるようにその場を立ち去っていった。』
「その…部下の人は。」
『頭を撃たれて…即死だった。』


今でも鮮明に思い出せる。ピクリとも動かず横たわる郡司の姿、アスファルトが赤い血でどんどん染まっていく様、痛みとショックで動けない自分。次第に意識が遠くなり、目を覚ましたときにはいつの間にか警察病院へ運ばれていた。


『体が回復してしばらくした後、また仕事に復帰したけど…はじめは指で切った自分の血を見るだけでも震え上がるくらい恐怖心が残ってて。残虐的な事件現場に行く度に何度も吐きそうになった。刑事が血を見れないなんて…致命的でしょ?』
「……」
『彼女が亡くなったショックもあったし、あの時…私は何もできなかったのに…目の前の命さえ救えなかったのに…素知らぬ顔して刑事を続けてる自分に、一番腹が立った。だから刑事を辞めたの。』


自分がケガをしていなければ、もっと早く男の気配に気づいていれば…考えれば考えるほど自身の無力さ後悔が湧き出てくる。


「志津馬さん。気分の方はどうですか。」


すると佐藤が彼らのもとへ歩いてきた。


『佐藤刑事…ええ、だいぶ良くなりました。』
「そうですか。それならコナンくんの後に聴取を行っても?」
『はい。大丈夫です。』
「じゃあコナンくん、あっちで事件のこと聞いてもいいかな。」
「うん、分かった。」


コナンはベンチから立ち上がり佐藤の後ろをついていくように走り出すが、ふと立ち止まって後ろを振り返り志津馬の方を向いた。


「志津馬さん。」
『ん?』
「自分のこと、そんなに責めないであげて。」
『え…』
「犯人を捕まえられなかったことも、部下の人が亡くなったことも事実だけど…その状況をなんとかしたかった気持ちは嘘じゃない。そんな自分まで否定しちゃだめだよ。」
『コナンくん…』
「それに志津馬さんの思いを理解してくれてる人は、きっといるはずだからさ。」
『……君、本当に小学生?』
「えへへ。」


そう言うと笑顔を見せた後、彼は佐藤のもとへと駆けていく。


『はぁ〜あ、子どもに慰められちゃったなぁ…』


ぼやきながら手に持っていたはちみつレモンの飲み口を開け、一口飲む。


『…甘。』


想像以上の甘さに、張り詰めていた糸が緩んだように彼女にも笑みがこぼれた。



***



その日の夜。志津馬は事務所のデスクで缶ビールを飲みながら、スマホでネットニュースを眺める。


『"眠りの小五郎、またもお手柄!!"…さっきの事件の犯人、第一発見者のあの人だったんだ…』


体調のこともあり、聴取を終えてからすぐに帰宅を許可された彼女はその結末を活字で読むことになろうとは思いもしていなかった。


『(まぁ、あのままあそこにいたところで役に立たなかっただろうし…)』


そんな事を考えているとふいにスマホの画面が切り替わり着信を告げる。画面に映っていた文字は、


『風見…』


昔の同僚としてでなく友としての関係に変わったからか、その名前を見てもあまり躊躇うことなく電話に出ることができた。


『もしもし。』
《風見だ。》
『知ってるわ。お疲れ。』
《今大丈夫か?》
『うん、ちょうど晩酌ビール中ー』
《…飲みたくても飲めない相手にそれを言うのは酷だぞ。》
『もしかしてまだ本庁?』
《あぁ。溜まってる報告書が書いても書いても減らなくてな。少しの休憩がてら、こうして君に電話してる。》
『そんな貴重な休憩時間になんの用?』
《その…話し相手が、欲しくて…》


突如しどろもどろに話し出す風見の声に志津馬は思わず笑ってしまう。


『あっはは!!どうせならゼロさんにすればいいのに。』
《ふ、降谷さんに仕事以外の話で連絡したら怒られるに決まってるだろ!?》
『そういうもんかねぇ…』
《それに君が言ったんじゃないか。"暇だったら愚痴の捌け口ぐらいにはなってもいい"って。》
『あぁ…確かに言ったかも。』
《言ったからには、付き合ってもらうぞ。》


こうしては二人は愚痴を含めた他愛のない話をしながら、心地の良い時間を過ごした。酒の酔いも回ってきた所で志津馬は部屋の小窓から見える月を仰ぐ。


《思ったより話し込んでしまった…そろそろ戻るとするか。それじゃあまた『ねぇ、風見。』


―それに志津馬さんの思いを理解してくれてる人は、きっといるはずだからさ。―


ふいにコナンの言葉を思い出した彼女は、彼の言葉を遮って咄嗟に声を発した。


《どうかしたのか。》
『…私、私ね。今でもつい、考えちゃうんだ……このまま生きてて良いのかなって。』
《……》
『今でも分かんないの…何が正しかったのか…犯人取り逃がして、カンナも見殺しにして…カンナのお母さんに"人殺し"って言われた時も、何も言えなかった…あんなの、私が殺したと言われてもおかしくな《それは違う!!》
『っ、』


後悔の念に苛まれる彼女の弱音を、風見は強く否定する。


《犯人を即時逮捕できなかったのも、郡司くんが撃たれてしまったのも、すべて我々全捜査員の責任で…君はあの時腹部を撃たれて重症だった、君も被害者だったんだ!!》
『……』
《一人ですべてを背負う必要はない。それに恐らく郡司くんも、君に死んでほしいなどとは…少なくとも思わないはずだ。彼女は君のことをよく慕っていたからな。》
『そう、かな…』
《…志津馬くん。君は生きてていいんだ。この先もずっと、生きてていいに決まってる。》
『っ…』


優しい声色で告げた風見の声に月を見上げていた志津馬の瞳から一筋の涙が頬を伝った。


『……ありがとう…ありがとね、風見。』


彼との電話を切った後、彼女はせきを切ったように涙を流す。そして首元のネックレスを握りしめて再び贖罪の意を固めるのだった。



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