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明くる日の昼下がり。風見は再び安室の助手である"飛田男六"として喫茶ポアロを訪れたのだが、以前と同じくそこに志津馬の姿はなかった。
「(先日の電話で彼女の辛そうな声を聞いた気がしたから慰めようと思って来てみたものの、またしても休みとは…つくづくついてないな…)」
深いため息を付き落ち込みながらコーヒーを啜っていると…
「ねぇ蘭、アタシ気づいちゃったことがあるんだけど。」
「気付いたって何が?」
「前に安室さんが言ってたでしょ?志津馬さんには意中の相手がいるって。」
「(志津馬くんに意中の相手、だとっ…!?)」
背中越しに聞こえてきた女子高生の会話を聞き、風見は驚いて目を見開く。
「あぁ、たしかにそんなこと言ってたかも。」
「ふっふーん…この推理クイーン園子さまは分かっちゃったのよ。その相手が誰だかね☆」
「え、本当に!?誰誰!?」
「(誰だそれは…一体誰なんだ…!!)」
振り返れば前に接触したことのある毛利蘭に顔がバレてしまうため、彼は真っ直ぐ前を向きながら聞き耳を立てた。
「その相手っていうのはきっと、"昴さん"のことよ!!」
「昴さんが?」
「(昴?どこかで聞いたことがあるような…)」
「そうよ!!だって昴さんは背も高いし…それにほら、メガネもかけてるし!!」
「それはそうだけど、大学からの付き合いって言ってたし…二人が同じ大学だなんて聞いたことないよ?」
「(志津馬くんは元々警察学校出身だから大学には通っていないのは紛れもない事実。いや、安室さんこと降谷さんが言ったのならそういう設定になっているのか?だが俺が警察学校にいたころの名前に"昴"が付く同期はいなかったはず。もしや同期ではなく先輩か後輩の中に?…いやいや、彼女は上下との交流はさほどなかった気がするが…これは一体どういうことなんだ?)」
一人勝手に考え込んでいる風見とは打って変わって彼女たちは会話を続ける。
「それに志津馬さんの探偵事務所、工藤くん家の近くなんでしょ?」
「うん。昴さんは新一の家に居候してるからね。」
「たぶんその情報をどこかから聞きつけて、志津馬さんがあらかじめ昴さんとご近所になれるような場所を狙って越してきたんだわ。大好きな想い人を少しでも長く眺められますようにって!!あ〜んなんて健気なのぉ〜!!」
「それって健気っていうのかな…?」
「(まさか…彼女がわざわざ米花町に越してきたのは、好いた男が住んでいる街だったからということなのか!?)」
良からぬ方へ想像が膨らんでいき彼の顔色は見る見るうちに青ざめていった。
***
「なんだかんだまたここへ来てしまった…」
先程の彼女たちの会話を聞いた流れで気づいたときには自然に志津馬の事務所近くまで足が向いてしまっていた。
「(仮にさっきの話が事実だったからと言って、わざわざそれを俺が確認する必要性がないことは分かっている。分かってはいるが…ここまで来ているということは、本能的にその事実を認めたくない悲しい男の性なのだろうな。)」
心の中でそう嘆いていると、"工藤"と書かれた表札のある立派な家から二人の男女が出てくるのが見える。女性の方が志津馬だと気付いた風見はすぐさま近くの物陰に身を隠し様子をうかがった。
『いやぁ〜突然押しかけちゃってすみませんでした。沖矢さん。』
「いえいえ。別に構いませんよ…と言っても、ここは私の家ではないので大きな顔をして言えることでもありませんが。」
「っ!!」
彼女と話している男性の顔を見て彼は目を見開く。
「(思い出したぞ…!!彼の名は確か"沖矢昴"。以前降谷さんが探していたFBI捜査官"赤井秀一"が変装している仮の姿だと言われていた男…しかし降谷さんがあの工藤邸で彼と話している間に来葉峠で本物の赤井秀一が現れ、こちらが返り討ちにあった。つまりあの男は組織とは全く関わりのない人物…だとすると志津馬くんはどうやって彼と親密な仲に…?)」
『またここに来てもいいですか?』
「ええ。私がいるときであればいつでも、歓迎しますよ。」
「(しかも親密な割に互いに敬語を使っているな…ますます分からなくなってきた。)」
「ん…?」
額に片手を当て考え込んでいる一方、沖矢がふと何かに気づき顔を上げた。
「志津馬さん、ちょっと失礼。」
『え?あ、はい。』
そう言うと彼は何も言わずある方向へとずんずん進んでいく、そして曲がり角を曲がりおもむろに立ち止まると静かに口を開く。
「どうかされましたか?」
「へっ!?」
沖矢の視界の先にいたのは身を隠していたはずの風見だった。突如として現れたその姿に驚きのあまり彼の声は裏返り体も怯むように仰け反る。
「先程この近くで聞こえた足音が急に途絶え、特に遠ざかっていく音も聞こえなかったのでもしやこの場所に留まっているのかと思いまして。道に迷われたのなら場所を教えていただければ案内することも可能かと。行き先はどちらでしょうか?」
「え、いや、えーっと…」
『沖矢さん?どうしたんです、か…』
なかなか戻ってこない沖矢の様子を見に来た志津馬もこちらにやってくると、そこにいた彼の姿を見てぎょっとした表情で目をかっ開いた。
『かざっ…な、何してんのアンタこんなとこで!?』
彼女は思わず風見と呼びそうになったが、公安警察は部外者に本名や身分を隠す必要があるため咄嗟に口をつぐむ。
「おや。志津馬さんのお知り合いの方でしたか。」
『ええまぁ…彼とは昔からの長い付き合いで。』
「そ、そうなんです。ちょうど彼女の探偵事務所に向かう途中だったんですが、この辺は道が入り組んでいて迷っていた所で…」
「そういうことでしたか。では、ここで出会えたのは良い偶然だったというわけですね。」
「はい、そうですね…あはは。」
焦りを隠しつつ笑顔を見せていると、沖矢はおもむろに手を差し出した。
「自己紹介が遅れましたが、沖矢昴です。東都大学の大学院に勤めています。初めまして。」
「あ、あぁ…自分は…ひ、飛田男六です!!彼女とはその、探偵仲間でして!!色々と情報共有をさせてもらってます!!」
「そうだったんですね。志津馬さんとはご近所さんとして仲良くさせてもらっています。」
「そ、その仲というのは…よほど親密な仲ということですか?」
「はい?」『はぁ?』
風見からの思わぬ質問に二人は同時に質問の意図がわからないと言わんばかりの反応を見せる。
「え…え?違うんですか?」
「私と彼女がですか?」
『なんでそうなるわけ?』
「いやでも、ポアロで女子高生たちがそういう噂を話していたし…今も二人で一緒にいるからてっきりそうなのかと…」
「あぁそれは…彼女からミステリー小説が好きだと話を聞いたので、工藤邸にある書庫には数多くのミステリー本が揃っていますよと私が話したところ、その本をぜひ読んでみたいと言われたものですから、家に招いて書庫を案内してさしあげたんです。もちろん、家主には許可を取ってね。」
『工藤邸の家主は人気ミステリー作家の工藤優作。そんなミステリーのネタの宝庫とも言える本が図書館並みにズラーッとあるなんて言われたら、見てみたくもなるでしょ?』
「な、なるほど…」
彼女が昔からミステリー小説を読むのが好きなことは、警察学校時代から知っていた彼はそれを聞いて納得がいったように言葉を発した。
「…おっと、では私はそろそろ。この後用事があるので。」
『はい。今日はありがとうございました。』
「いえ、また近々ミステリー談義でもしましょう。」
『いいですね!!』
「それでは。」
そう言って沖矢がその場を立ち去ると、志津馬は人が変わったようにキッと風見の方を睨みつける。
『私は今日アンタと会う約束した覚えないんですけど?』
「いやこれはぁ『ってか誰飛田男六って?しかも探偵仲間?初耳だわ!!』
「い、一応身分の隠す時用の名前として使ってるんだ。あと表向きは降…安室さんの探偵助手ということになっている。」
『…なるほど。だったら次から私もそれに合わせればいいってわけね。』
「すまない…」
恩に着る。と彼が頭を下げると彼女はふいに目を伏せた。
『それに、さっきのは何。』
「さっきのって?」
『私と沖矢さんがその…親密な仲だとかどうとか。』
「それはさっきも言ったが、ポアロで後ろにいた女子高生たちが君の意中の相手が彼なのではないか話しているの耳にして…」
『それでアンタは、まんまとその話を鵜呑みにしたってわけ?』
「まぁ、君が警察を辞めて4ヶ月も音信不通になっていたから…そんなことが起きていても決して不思議では『あのねぇ!!』
風見の言葉を志津馬は血相を変えて大きな声で遮る。
『何にも分かってないみたいだからこの際ハッキリ言うけど…』
「志津馬くん?」
『私が…私が惚れてる男なんてのは…今も昔も、一人しかいないんだから!!』
頬を赤らめ彼女は彼に向かって言い放った。まさに一世一代の告白。精一杯の気持ちを込めて、唯一惚れた男に届くように。しかし…
「…そう、なのか。」
その勢いに圧倒されつつも、きょとんとした顔でこちらを見つめる風見の反応を見て志津馬は目を瞑り重い溜息をついて一気に脱力する。
『……帰る。』
「あ、志津馬く『ついてくんな。』
吐き捨てるように彼に背を向け彼女は事務所への道を歩きだした。部屋に戻ってくるとすぐさまデスクチェアの上で膝に自分の顔を突っ伏し蹲る。
『気づけよ、バカ…』
小さく溢れたかすかな声は部屋の中に瞬く間に消えていった。一方その頃、
「(昔から彼女に一途に想われている男か…そんな奴に、俺が敵うはずないじゃないか。)」
盛大な勘違いをしていることに気づいていない風見は一人勝手に傷ついていた。