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それから数日が経ち、ピーク時を過ぎた喫茶ポアロではゆったりとした時間が流れていた。志津馬はシンクで洗剤のつけたスポンジで食器を洗いながら物思いに耽っている。
『(勢いまかせだったせいかアレを言った直後はショックでかかったけど…今になって考えたらだんだん腹立ってきたな…)』
"アレ"というのは、この前沖矢との仲を風見に勘ぐられた時のこと。
―私が…私が惚れてる男なんてのは…今も昔も、一人しかいないんだから!!―
彼女にとって一世一代の告白だったつもりが、当の本人に全く響いていなかったことに対して、ある程度時間が流れ徐々に志津馬の中で怒りが沸々と湧き上がってきていた。
『(こっちは勇気振り絞って伝えてんのになーにが"…そう、なのか。"だよ!!あれか?昔からの初恋の幼馴染みが忘れられないとかでも思ってんのか?そんなんとっくに忘れたわ!!大体うちらが警察学校で出会ってとっくに10年以上経ってんだぞ!?10年も経ってりゃ十分昔だろうがよぉ!!ったく何考えてんだアイツ本当「いつまで同じコップを洗っているのかな?」
『ひっ…!?』
にこやかな笑みを浮かべながら黒いオーラを放っている安室の顔がすぐ真横にあることに気づき、彼女は思わず驚きで体を怯ませる。
『安室さん…び、ビックリするじゃないですかぁもう…』
「食器の汚れを細部まで取ろうとする熱心さについては感心しますけど、おかげさまでシンクが泡だらけですよ☆」
『す、すいません…』
平謝りの志津馬に先程までの笑顔を消して彼は眉をひそめ小さくため息を付いた。
「そこは僕が代わりますから、君は気分転換にこれを上の毛利さんのところへ持っていってくれますか。」
『え?ハムサンドをですか?それなら自分で「もうすぐ上がれるからって手を抜くな、仕事に身が入っていないようだから少し頭を冷やしてこい、という意味で言ってるんですが…分かりますよね?」
『(こんな時まで公安みたいな圧かけてくるなよ…)』
分かりました…と彼女は渋々頷き、安室が手作りしたハムサンドを毛利探偵事務所へ持っていくことに。
『失礼しまーす。喫茶ポアロでーす!!毛利さん、ご注文のハムサンドお持ちしまし、た…?』
ノックをしてから志津馬がそう言って中へ入ると…
「ちょ、ちょっとお父さん!!しっかりしてよ!!」
「う、うへぇ…」
魂が抜け落ちたような様子の小五郎を蘭が揺さぶっている姿を見て彼女はポカンと口を開けたまま動かなくなる。やがて気配に気づいた蘭が志津馬の方を見ると申し訳無さそうに口を開いた。
「あ、志津馬さん!!ごめんなさい驚かせて…」
『あぁいえ…あの、注文のハムサンドなんですけど。』
「すみません、そこのテーブルに置いといてもらえますか?お代はお父さんから…ほらお父さん!!ハムサンドのお代ちゃんと払って!!」
「ほへぇ…」
「しっかりしてってばぁ!!」
『とりあえず、置いときますね。』
何が何だか分からずじまいだが、彼女はハムサンドをテーブルに置くと呆れた表情で二人を眺めているコナンを見つけ歩み寄る。
『ちょっと…何かあったの?』
「アレだよアレ。」
ジト目のまま指を指す先にはテレビのワイドショーが流れており、そこには"アイドルの沖野ヨーコとサッカー選手の比護隆佑に熱愛発覚!?"と大々的なテロップが掲げられていた。
『あ、この人たち知ってる。』
「二人に熱愛報道が出たんだって。」
『へぇ〜…で、なんで毛利さんがああなってるわけ?』
「小五郎のおじさん、沖野ヨーコさんの大ファンなんだ。」
『あぁ!!いわゆる"推しの熱愛"ってやつ?だとすればショックもでかいか…』
「うぉおおおおお!!!!」
「わぁっ、」
コナンからテレビのリモコンを奪った小五郎はすぐに電源を切りその場に崩れ落ちた。
「はぁ…」
「ねぇ…落ち込む前に調べて確かめてみれば?ほら、浮気調査とかよくやってるじゃない「バーロォー!!探偵は自分の興味本位で、そんな調査しねぇんだよ!!それが俺のポリシーだ!!」
「じゃあ、依頼したら調べてくれるのかしら。」
『(ん、この声って…?)』
ノック音が響く扉の方を振り向くとそこに立っていたのは…
「あ、哀ちゃん…!!」
おぞましいほどの形相で立っている灰原の姿が。
「比護隆佑と、沖野ヨーコの素行調査…依頼するわ。もちろん無償で!!」
『…なんで哀ちゃんがわざわざ?』
「灰原の方は、比護選手の大ファンなんだよ。」
『え、意外…!!』
「そこ!!何ぶつくさ喋ってんのよ!!」
「『いえ、何も!!』」
「で、どうなの。引き受けてくれるの?」
「……」
「……」
灰原と小五郎は互いに無言で頷き合い、一呼吸置くと
「よぉーし!!引き受けたぁあ!!」
そう言って力強く握手を交わし結託する。
「(何これ…)」
『(なんか面白い事になってきたぁ…!!)』
呆れるコナンに対し志津馬は二人を見つめながら楽しそうに笑みを浮かべた。
***
しばらくして彼らの姿は杯戸町にあるイタリアンレストランへと移る。
『しっかしまぁ…こんな簡単に会えるものなんですね。有名人と。』
「ネットの情報も案外侮れねぇな。」
小五郎たちが覗く視線の先には今まさに注目の的となっている沖野ヨーコと比護隆佑が二人揃って席に座っていた。普段から携帯の電源を入れていないと噂される二人が、大スクープになっていることに気づかず今日もまた逢瀬を重ねているのではないかと踏んだ彼らは、ネット検索で調べた目撃情報からこの場所にたどり着いたのだ。
「それで?どうして全く無関係のあなたまでここにいるのかしら。」
『ん?』
いつしか彼らを見ていた灰原の眼差しが真正面に座る志津馬へジロリと向けられる。
『あぁいやぁ…ちょうどバイトも上がりの時間だったし?探偵の大先輩である毛利さんの仕事ぶりをこの目で見ながらいろいろ学ばせてもらおうと思ってさ!!』
「おぉーそいつはいい心がけだ海音ちゃん!!この名探偵である毛利小五郎から探偵とは何たるか、いっぱい盗んでけよ♪」
『はい!!そうさせてもらいます♪』
「(絶対目的違うだろこの人…)」
「ま、邪魔しないのなら別にいいけど。」
彼女の本当の目的は有名人を生で見られる可能性があるというミーハー心と、いつもクールでミステリアスな灰原の新たな一面が見られるかもしれないという好奇心が勝ったからだった。
「オイ、何メモってんだ?」
「あのアイドル女が比護さんに微笑んだ回数よ。」
「オメー沖野ヨーコの曲を気に入って何度も聞いてなかったかぁ?」
「さっき…全てデリートしたわ…」
『(こりゃ想像以上のガチ勢だ…!!)』
「で、あのサッカー野郎の先輩っていうのは、あの男のことか?」
小五郎が眉をひそめて見つめる先には二人の間でワインを注ごうとしているメガネの男性の姿が。
「違うよ。比護さんの先輩は、飛鳥悌耶(あすかていや)っていう東京スピリッツのサイドバックで、日本代表にも選ばれたことがある選手だよ。あの人は、この店のソムリエなんじゃないかな?」
「あの野郎…!!ヨーコちゃんを酔わせてどうするつもりだ…!?」
『(どっちも殺気立ってんなぁ…)』
その後しばらく食事を楽しんでも、彼らは中々店を出ようとせず未だテーブル席に留まっている。
『もう外暗くなってきましたけど、まだ店を出る気配はなさそうですね。』
「きっとこの店のオーナーの飛鳥さんを待ってるんじゃない?さっき比護さんが店員さんに飛鳥さんが店に帰ってきてるかどうか聞いてたし。」
『その人に用があってここに来たってこと?』
「けど、なんだか向こうの方バタついてない?」
灰原の言う通り、先程から店のバックヤードの方で店員がしきりに動き騒がしい様子だった。
「何かあったのかぁ?」
「さぁ…」
そんな会話をしていると、ウエイトレスの若い男性がおもむろに二人に近づき声を掛ける。その男性に案内されるがまま二人は席を立って後をついて行く。
「あのアイドル女、くっつきすぎなんじゃない?」
「けっ、サッカー野郎が歩くの遅いんだよ…じゃ、俺はトイレで一服してくるか。」
「ちょっと、トイレも禁煙でしょ普通!!」
「でもさっきトイレに行った時、タバコの匂いがしてたけどなぁ…」
「そうなの?」
「おぉ「きゃぁああああああ!!!!!!」
「今のはヨーコちゃんの悲鳴!!」
突如店の奥から聞こえた女性の悲鳴に小五郎が真っ先に反応し飛び上がるとすぐさまバックヤードへと駆けていく。三人もその後を追った。
「今の二人、どこ行った!?」
「ち、地下の倉庫に…!!」
「まさかあのサッカー野郎、ヨーコちゃんにとんでもねぇことを…!!」
一目散に階段を降り地下倉庫の扉を勢いよく開ける。
「ヨーコちゃん!!」
「あ…あっ…!!」
「オイ、飛鳥さん!!しっかりしろ!!オイ!!飛鳥さん…飛鳥さん!!」
倉庫の中では沖野が怯えた表情で立ち尽くし、目の前で倒れている人物を大きく揺さぶり必死に声をかけている比護の姿が。しかしその辺りの床には血のようなものが流れていた。
「これは…!!」
『っ、』
何かを察した志津馬はすぐに来た道を戻り、上にいる店員たちに向かって叫ぶ。
『今すぐ救急車と警察に連絡を!!』
「え!?」「何!?」
「な、何かあったんですか!?」
『倉庫の中で、人が血を流して倒れています。』
「「「っ!?」」」
『急いで!!』
「は、はい!!」
こんなところで事件に遭遇するとは思っておらず、彼女の額には嫌な汗がじわっと浮かんでいた。