01
警察官を目指す者たちが集う場所、警察学校。特にここ食堂は、一日中腹をすかせた訓練生たちでごった返している。
「そういえば新しく入った訓練生、もう見た?」
「見た見た!!なんか鬼塚教官の教場にやたらイケメン入ったらしいじゃん!!」
「そうなのよ!!あの金髪の子タイプだわ〜」
「えー私はモジャモジャ頭の子がいいー」
『(くだんな…)』
イケメンの話で盛り上がる同期の女子たちを横目に見ながら志津馬は大きなあくびをした後、カレーを一口食べた。そして近くにあったお冷をおかわりしようとピッチャーに手を伸ばすと、
『っ、』「っ、」
ふいに右斜め前に座っていた人物と同じタイミングで取ってしまい、思わず手を引っ込める。
『ごめん。』
「いや、こちらこそすまない。」
その人物が同じ教場の人間だとわかると彼女は軽く頭を下げる。向こうもそれを分かっていたようで、彼は先に使ってくれ。と言うかのように志津馬にピッチャーを差し出した。
『ありがとう。』
コップにお冷をいれながら彼女は、この人名前なんだっけ…とぼんやり考える。顔には見覚えがあったのだが、ツンツンとした短髪と眼鏡でなんとなく覚えていたので名前がいまいち思い出せない。印象深いことを上げるとするならば、グループ活動のときにリーダーをやっていたり、教官から刑法を学ぶときや捜査実習の際には積極的に手を上げて発言していた。いわゆる真面目な優等生タイプ。
「ねぇ聞いた?」
『何が?』
「今日の逮捕術訓練の時、抜き打ちで体力テストやるらしいよ。」
『マジか…たしか前もなんかあったよね。』
「そうそう。私苦手なんだよなぁ…特にほらあの、縄をのぼるやつ。」
『なんで?楽しいじゃん。』
「あのねぇ、海音は得意だからいいだろうけど苦手な人間からすればアレは地獄だからね!?」
『え、そんなに?』
大丈夫だって。と仲のいい同期をなだめながら、彼女は内心ワクワクしていた。
「己の気の緩みは警察官にとって致命的だ!!というわけで、今日は日々の鍛錬の成果を現場で存分に発揮できるよう、お前たちを抜き打ちでテストをする!!」
昼休憩が終わると、訓練生はいつもの逮捕術を教わる道場ではなくジャージ姿で体育館に集められ、案の定抜き打ちテストをすると教官から告げられる。
「ってことは、今日も見れるか?」
「"おサルの志津馬"が。」
ふいに後ろからそんな陰口が聞こえ、言ってろし…と志津馬は心の中で呟きながら後方をジロリと睨んだ。
「次は女子!!配置につけ!!」
男子が縄のぼりを終えて女子が交代で縄の前へと立つ。
「縄のぼり、始め!!」
その合図が出ると彼女は素早く縄に手をかけ真上へとどんどん登っていく。他の女子たちが次々にダウンしていくなか、志津馬の勢いは留まることを知らなかった。
「志津馬!!そんな上まで行かなくていい、早く降りてこい!!」
『でもあと少しで頂点だし…えっ、』
頂点へ手を伸ばそうとしていたその時、彼女は目の前の光景に目を見開いた。縄の先端部分が半分以上引きちぎれており、彼女が登った今もなお衝撃でブチブチと音を立てながらちぎれていた。
『(まずい、この状況で戻っても…!!)』
「オイ、アレやばくねぇか…?」
「海音危ない!!戻って!!」
戻ろうと足を下げたのも束の間、残りの縄も全て引きちぎれて志津馬が抱えていた縄は彼女の体もろとも一気に急降下する。
「志津馬!!」
聞こえる黄色い悲鳴、教官の叫ぶ声、高速で風を切る音…迫りくる痛みと襲い来る恐怖に彼女は為す術もなくただギュッと強くまぶたを閉じる。直後、鈍い音が体育館に響いた。
『くっ…!!』
確かに体に痛みと衝撃はある。しかしそれは彼女が想像していたよりも遥かに軽く、ほぼないに等しい。恐る恐るゆっくり目を開けると…
『…え?』
目の前に広がる視界は真っ黒で、前後左右に温かみを感じた。まるで、誰かに守れらているかのように。
「っ、大丈夫か…」
すぐ近くで声が聞こえ顔をあげると、昼間食堂で少し言葉を交わしたあの眼鏡の彼の顔がそこにはあった。
「志津馬!!風見!!大丈夫か!?」
「自分は問題ありません。彼女にも目立った外傷はないようです。」
教官から風見と呼ばれた彼はむくっと起き上がると、彼女の上体もゆっくり起こして状況を説明する。しかし…
『ちょっと…腕めちゃくちゃ擦りむいてんじゃん!!』
志津馬のもとへ走り込んで庇った際、床に敷いてあったマットとの摩擦の影響で彼の右腕は結構な範囲から赤い血が出ていた。
「見た目が派手なだけだ。大したことはない。」
『でも…!!「とにかく二人とも今すぐ病院に行け。それから志津馬、帰ってきてから教官室に来い。分かったな。」
『……はい。』
志津馬と風見は学校の許可を得たもとで病院へ行き、診察を受ける。
「頭もそんなに強く打っていないようだし、特に問題はなさそうね。」
『ありがとうございます。』
診察を終えたあと待合室へ出ると、右腕に包帯を巻いて近くのソファーに座っている彼の姿を見つけ彼女はそこに歩み寄る。
『風見、くん。』
「なんだ。」
『その…本当にごめんなさい。私のせいで、ケガをさせてしまって。』
そう言って彼女が深々と頭を下げる。風見はしばらく何も言わず眼鏡を押し上げるとおもむろに口を開いた。
「確かに、君が血気盛んな猿のように調子に乗って上まで登らなければこのような自体にはならなかっただろうな。」
『(うっ…返す言葉もございません…)』
「…だがあの場で助けなければ君は今より重症を負っていたかもしれないし、最悪命を落としていた可能性もある。そんな状況になってしまった時の方が、俺は後悔すると思った。だから結果的に、あの時君を助けたことに後悔はしていない。」
『えっ、』
彼の言葉を聞いて、志津馬は顔を上げる。
「君が無事で…本当に良かった。そう思ってる。」
『っ…!!』
釣り上がっていた眉を下げ目を細めて微笑みながらそう告げる風見の姿に、彼女の胸はトクン、と高鳴った気がした。
『……』
『ん?俺の顔に何かついてるのか?』
『風見くんって…笑えるんだね。』
「どういう意味だ。」
『いや、てっきり表情筋死んでると思ってたからさ。安心したわ。』
「…君それ失礼極まりないぞ。訂正してくれ。」
『自分だってさっき私のこと"血気盛んな猿"とか言ってたじゃん!!訂正するならそっちが先でしょ。』
「それは…」
『……しないんかい。』
少し二人の距離が打ち解けた後、それから学校に戻り教官から長々とお説教を受けた志津馬がため息をつきながら教官室を出ると、ふとあることに気づく。
『あれ、そういえば私…』
何かを思い出したかのように走り出すと彼女はトレーニングルームへと向かった。
「海音おかえり!!ケガは大丈夫だった?『ねぇ風見どこにいるか知らない!?』
「え、風見くん?」
「あぁ風見なら多分屋上行ったと思うけど。」
『屋上ね、サンキュ!!』
彼女は急いで階段を駆け上がり、屋上のドアを開けベンチでクロスワードを解いている風見の姿を見つけては彼に向かって声をかける。
『風見!!』
ふいに後ろから呼ばれた彼は不思議そうな顔で彼女を見つめた。
『さっき言いそびれてたんだけど……助けてくれてありがとう。あの時助けてくれたのが、風見で良かった。』
「っ!!」
『本当、ありがとね。…それだけ!!じゃ!!』
はにかみながら志津馬は感謝の意を述べると、気恥ずかしそうな表情で逃げるようにその場を去っていく。一方で、取り残された風見は…
「さすがに…さすがに今のは、ズルいだろ…!!」
片手で口元を覆いながら耳まで赤くなっている顔をなんとか隠そうとし、同時に彼女のへの恋心を自覚せざる負えなくなっていた。