純黒の悪夢 後編

志津馬はようやく観覧車の車軸の真下にある連絡通路にたどり着き、暗闇の中を持っていたペンライトで照らしながら階段を上っていく。


『警察です!!誰かいますか!?いたら返事をしてください!!』
「その声は…志津馬か!?」


上の方から声が聞こえ見上げながら辺りを照らすと、すぐ上に上司である降谷の姿が。


『ゼロさん!!無事ですか!!』
「あぁ。だがここから動ける状態にない。」
『どういうことです?』
「観覧車の車軸とホイールの間に無数の爆弾が仕掛けられている。」
『爆弾!?』
「急いで解除を試みたんだが、この停電で視界を奪われてしまった…」
『待っててください、今そっちに向かいます!!』


彼女は降谷の元へ駆け上がるとライトで消火栓の中を照らした。


「助かった。これで集中できる。」
『この爆弾ってやっぱり奴らの…』
「そう見てまず間違いないだろう。風見と連絡はとれたのか?」
『それが、さっきの停電があってからいくらかけても連絡がつかなくて…』
「何…!?」
『ここに来る途中観覧車の上に奴らのものと思われる軍用ヘリを確認しました。このままじゃ風見が危険です!!早く向かわないと…』


すると二人の頭上から物凄い轟音が響き渡り、何かが落ちたのか突如黒煙が立ち込め周辺が煙たくなる。


『い、今のは…!?』
「何の音かは分からないが、月明かりが差し込んだおかげで配線も雷管も確認できる。これならライトで照らさずとも作業できそうだ。この下に各ゴンドラを見渡せるシャフト部分の通路がある。志津馬、お前は風見の居場所を特定し急いで合流してくれ。」
『本当に…解除できるんですよね?』
「フッ、あまり僕のことを見くびってもらっては困るな。」


自信ありげに口角を上げる降谷の表情を見て志津馬何かを確信し静かに頷いた。


『あとは頼みます。』
「あぁ、任せろ!!」


そう言うと彼女は上司に背を向けて急ぎ足でシャフト付近の通路へと向かう。扉を開けた直後、


『うっ!!』


突如上方向から何発もの銃声が鳴り響き、LEDの壁が次々と打ち砕かれていく。脳裏で爆弾の解除をしている降谷を気にかけながら周囲を見回していると…


『風見!!』


先程の音の原因である落下したゴンドラから投げ出されたのか、その通路で飛び散った破片とともに傷だらけになって倒れている風見の姿が志津馬の目に飛び込んできた。思わず彼女は血相を変えて駆け寄る。


『起きて!!起きて風見!!』
「……」
『しっかりしろ風見裕也!!アンタこんなところでくたばるタマじゃないでしょーが!!』
「……」


両肩を掴んで大きく揺さぶるも目を閉じたまま反応のない彼の様子に悔しさと悲しみで彼女の瞳に涙が浮かんだ。


『ねぇ、お願いだから…目ぇ覚ましてよ…アンタが死んじゃったら、私…』
「……うぅ…」
『っ!!』


かすかに聞こえた声に志津馬は目を見開くと、唸りながら眉間に皺を寄せ風見が薄く目を開く。


『風見!?分かる!?』
「志津馬…くん、か…?」
『そう…!!アンタのこと助けに来たの!!待ってて、今応援呼ぶから!!』


溜まった涙を引っ込め彼女はすぐさまイヤモニで部下たちに風見の無事を伝え、銃撃の隙を縫って風見の肩を持ち上げながら彼の体を安全そうな物陰へゆっくりと下ろす。


「すまない…俺のせいであの女を、取り逃がしてしまった…君の言う通りに、していれば…こんな、ことには…!!」
『まだ組織の連中がここにいるってことは、あの女もきっとこの近くにいるはず。作戦が失敗したわけじゃない。』
「それもそうだな…そういえば、子どもたちは。」
『え?』
「俺たちの前に乗っていたという子どもたちは…無事に避難できたのか?」
『…確認してみる!!』


風見の救出に専念していたあまり他のことを部下たちに任せきりにしていた志津馬は慌てて確認を取る。


『嘘、ゴンドラに乗った子どもたちはまだ避難できてない!?中に乗ったままってこと!?』
「何…!?」
『急いでどのゴンドラに乗ってるか確認して救助に向かって!!』
《ですが奴らの攻撃範囲が上下ランダムに変わるので、今観覧車に近づくことは…!!》
『(くそっ…このままじゃどっちにしろ身動きが取れない…!!)』
《あっ、たった今攻撃が一点に集中し始めました!!》
『一点に?』


思えば疑問に残ることがあった。例の銀髪の女を迎えに来たはずの組織がなぜ未だここに居座り攻撃を続けているのか。彼らのやり方なら痕跡を一切残さず任務だけを遂行して音もなく消えるはずなのに…もしかして、奴らの計画に狂いが生じたのかもしれない。それを内部から狂わせることができるのは…



『まさか…じゃあ今攻撃されてるのって…!!』
「志津馬くん?」
『…ごめん風見。私、あの女を探してくる。』
「なら俺も…ぐっ…!!」
『その体じゃ無理に決まってるでしょ。アンタは大人しくここで救助が来るの待ってて。』
「でも、君一人に危険な場所へ行かせるわけには…」


苦しそうに顔をしかめる彼に彼女は柔らかい笑みを浮かべる。


『大丈夫。アンタが思ってるほど私はヤワじゃないから。』
「……」
『だから信じて。風見。』
「……分かった。気をつけろよ。」
『うん。』


真剣な眼差しで頷くと、志津馬は風見の肩をポンと軽く叩き足早にその場を去っていった。


「ははっ…やっぱり君には、敵わないな…」


そう言って力なく笑いながら彼は目を覆うように片手を眼鏡の上に置いて天を仰いだ。



***



志津馬がヘリから撃ち込まれる光る弾丸を目で追いながら階段を駆け下りていると、息をつく間もなく粉塵が舞い視界を奪われる。


『(これじゃ一向に追いつけない、他に近道は…)』


すると鈍い音とともに通路が次々に崩れ落ち、そこに人影が紛れていることに気づいた。


『っ、あれは!!』


一瞬ではあったが遠目でも分かるその銀色の髪を見て彼女は思わず目を見開く。その姿は観覧車近くの噴水に大きな水しぶきを上げて落ちていった。


『冗談じゃない…今アンタに死なれたら困るんだよ!!』


持ち前の身体能力を活かし志津馬は階段を急いで飛び降りていく。しばらく攻撃が止みその間になんとか地上へ降り立つと、噴水周辺へ向かった。しかしそこには崩れた通路が瓦礫の山となって散乱し浮いているだけで他に動いているものは見当たらない。


『(あの女の身体能力ならまだ…)』


辺りを見渡していると再び組織の攻撃が始まり彼女は近くの物陰に身を潜める。攻撃が観覧車の車軸に集中しているのを見て観覧車ごと破壊しようとしていることに気づき眉間に皺を寄せると、突如ヘリの近くで何かが爆発しそれに続くように大きな花火が打ち上がった。


『あの爆発、もしかしてゼロさん…!?』


でも彼一人で花火を打ち上げることはできないだろうし…そうこうしているうちに間髪入れず光る一筋の矢のようなものが斜め上へと飛んでいきヘリへと突き刺さる。見事に命中したのか黒煙を上げながらヘリは大きく蛇行した。


『(誰だか分からないけど、奴らに立ち向かってくれてる…私も自分のやるべき事をしないと。)』


そう考えていた矢先、目の前に水浸しになった例の女が現れ志津馬は迷わず銃を抜いて構える。


『動くな!!』
「っ、」
『動いたら撃つ。』


ゆっくりと振り返って彼女を方を見つめるその体には、瓦礫の破片が突き刺さりあらゆる箇所から出血していた。傷だらけの中、銀髪の女は静かに口を開く。


「お前は…私の名前を言い当てた公安の女か。」
『じゃあ、やっぱりアンタの名前はキュラソー…』
「えぇ。そうよ。」
『(記憶が戻ってる…)』


冷静にキュラソーが答えると志津馬はずっと考えていた疑問をぶつけた。


『どうして組織に刃向かうようなことをした…向こうはアンタを迎えに来てたんでしょ?』


そう問われると彼女はスカートのポケットから、以前子どもたちとお揃いだと言っていた白いイルカのストラップを取り出しじっと見つめる。


「…大切なもの、守りたいと思うものが変わった。ただ、それだけのこと。」
『それ…』
「私はどんな色にでもなれるキュラソー…過去の自分とのケリは、自分でつけるわ。」
『ケリをつけるってアンタ、そんな体じゃ…!!』


再び轟音が鳴ったかと思えば、反撃を受けつつも攻撃を止めなかった組織の弾丸がついに車軸を壊しノースホイール側の観覧車が車軸から外れ凄まじい土煙を撒き散らしながら土台に落ちた。


「っ!!」『くっ!!』


それは彼女たちのいる噴水付近にも粉塵が舞い白い煙で視界を奪われる。ようやく視界が晴れた頃にはノースホイールの観覧車が地響きを鳴らしながらその場から動き出したていた。勢いよくゴロゴロと回りだした観覧車はスピードを上げながら水族館の方へと動いていく。


『そんな、中にはまだ子どもたちが!!』


志津馬がそう声を上げたとき、すでにキュラソーの姿はなくなっていた。子どもたち以外にもこのままだと周辺にいる人々にも危害が及ぶ可能性がある。怒りと焦りで顔をしかめた彼女は急いで水族館の方へと走っていった。


『こっちは危険です!!今すぐ離れてください!!早く!!』


一般客の避難を誘導しながら上を見上げるとタイヤのように速度を上げながら観覧車が回り続け、ついに水族館へ激突しホイールがメキメキと音を立てながら建物を破壊していく。すると止まっているサウスホイールから太い紐状の何かが動くノースホイールに届いて引っ張るようにぐっと抑え込まれ動きが鈍くなった。しかし完全には止まらず未だに壁を崩壊しながら進み続けていく。


『(このままじゃ中で避難してる人たちも危険に…何か、何か手立ては…)』’


今度は大きなサッカーボールのような球体がイルカショーのスタジアムの屋根上に動きをせき止めるかのように膨らんでいくが、それでも観覧車は止まらない。これ以上成す術はないのかと諦めかけたその時…


「キャーーー!!」「逃げろぉー!!!」


突如スタジアムの横の建設中エリアからフェンスをぶち破ってクレーン車が飛び出し、観覧車の正面へ回り込んで頭から突っ込んでいく。


『まさか…そんな!?』


逃げ惑う人々とは逆方向に志津馬が走っていくとクレーン車を運転するその人物を見て瞳孔を開いた。


「志津馬さん!?何してるんですか、私たちも早く逃げないと!!」
『止めなきゃ…あのバカ止めないと!!』
「これ以上行ったら私たちまで巻き込まれます!!危険ですって!!」
『ダメだって、こんなの絶対ダメだって!!』


駆けつけた郡司に必死に体を抑え込まれたが、彼女は抵抗をやめようとしない。やがて勢いを増したクレーン車の上に鉄骨が落ち運転席がへしゃげ、次の瞬間…


『っ…!!』「うわぁ!!」


凄まじい衝撃と爆風で二人はその場から少し吹き飛ばされる。


「うぅ…志津馬さん、無事ですか…?」
『…キュラソーは!?』


すぐに飛び起きた彼女の目に映ったのは、ピタリと止まって動かなくなった観覧車と、
轟々と炎が燃え盛るクレーン車の残骸だった。



***



観覧車が止まった水族館の周囲にはバリケードテープが貼られ、多くのパトカーや救急車、そして消防車が停まっている。


「志津馬くん。無事だったんだな。」
『……』
「…何かあったのか。」
「志津馬さん、さっきからずっとこんな感じで…」


部下に支えられた風見が下を向いたまま黙りこくっている志津馬の様子を郡司に問いかけると、彼女は心配そうにそう告げた。やがて白い布のかぶったストレッチャーが彼らの前を通っていく。


「待ってくれ。遺体の確認がしたい。」
「構いませんが、身元が判別できる状態ではありません。」
「っ、…分かった。ご苦労、行ってくれ。」


すると何かが落ちたのか、見知らぬ少年がそれを拾った。それを見た風見が見せてくれと頼み渡してもらうと志津馬はゆっくりと顔を上げ彼の手の中にある真っ黒になった小さな何かを見つめて目を見開く。


「なんですかね、これ?」
「まさか、記憶媒体…!?」
「いや……”記憶”じゃない、”思い出”だよ。黒焦げになっちまったけどな…」
『っ…』


立ち去ろうとする少年のその一言に、彼女の心に苦いものがこみ上げる。そして救急車のドアが閉められる直前、見えなくなった彼女の遺体に向かって手を合わせて目を閉じた。


『(キュラソー…やっぱりアンタは、ケリのつけ方を間違えた。でも、最後の最後で自分を変えようとしたその生き様は…嫌いじゃなかったよ。)』


遠ざかっていく救急車をじっと見つめている志津馬の後ろ姿を見て、風見はおもむろに部下たちに声を掛ける。


「すまないが、残りの処理はお前たちでやれるか?俺も少し体を休めたい。」
「あぁですよね…分かりました、じゃあ救急車まで「いや、俺のことは彼女に運んでもらう。」
「え?志津馬さんに…ですか?」
『……は?』


自分の名前が出てきたことに驚いた彼女はその場を振り返り彼の方を向いて口を開く。


「悪いが、頼めるか。」
『…別にいいけど。』


そう言うと風見に肩を貸し、少し遠くにあるもう一つの救急車へと二人でゆっくりと歩いていった。


「今回の任務は失敗だな。結局彼女を生かして捕まえることはできなかったし、組織にも逃げられた。それもこれもすべて、俺があの女を逃がしたせいだ…すまなかった。」
『責任感じてんの?連帯責任でしょ。私だって最後の最後でしくじったし…』
「だが、君の忠告をちゃんと聞いてより警戒すべきだった。軽率な行動を取ってしまった自分が情けないよ…」
『……私は、アンタが生きてさえいてくれれば…それいでいいよ。』
「えっ、」


ぼそっと言った彼女の言葉に彼は思わずその場で立ち止まる。それにつられて志津馬も足を止めるが、直前の自分の言葉を思い出して我に返り慌てて口を開いた。


『…あ!!いやこれはその!!アンタに限らず、一緒に戦ってきた仲間が急にそんなことになるのは、さすがにこっちも気分が悪いっていうか…』
「あぁ…そういう意味か。」
『まぁでも?そんなに責任感じてるんだったら、焼き肉ぐらい奢ってもらおっかなぁ〜?』
「…分かった。俺の体が万全になったらな。」
『マジ!?やった!!じゃあ特上A5ランクね♪』
「それは流石に気が早いだろ。」


お互い自然な笑みをこぼすと、二人の姿を見つけた救急隊の隊員がこちらにやってくる。


「応急処置が終われば俺もすぐに戻る。」
『仕事熱心なのはいいことだけど、今日ぐらいゆっくり休みなよ。』
「フッ、なら今日だけその言葉に甘えさせてもらおう。」


志津馬は隊員と場所を代わり、彼らに支えられながら風見が救急車の中へと乗り込んでいった。


「後のことを頼む。」
『分かってる。お疲れ。』


二人がそう言って挨拶を交わすと後ろのドアが閉められテールランプが点く。


『(さっきのやつ、さすがに引かれたかな…)』
「(さっきのあの言葉…一瞬、嬉しすぎて飛び跳ねそうになった…危ない危ない…!!)」


ふと彼らの脳裏に浮かんだ言葉は図らずも互いの胸の奥底に秘めた本心を刺激していたが、互いの想いを打ち明ける鍵にはならなかった。こうして大規模な損壊と一人の死傷者を出した組織との戦いは、静かに幕を閉じたのだった。


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