02

「待て!!」


すると彼女よりも先に犯人を追いかけていた人物が走りながら叫ぶ。その後ろ姿を見て彼女は少しだけ驚いていた。


『(え、子供…!?)』


そう、犯人を追いかけていたのはメガネをかけた少年。背はまだ小さく、見た目から推定すると小学生くらいだろうか。果敢に犯人を追いかけている。その勇姿に拍手を送りたいところだが今はそんな事を言っている場合ではない。いくら追いかけているとは言え相手は成人男性、逆に襲われたら少年の身に危険が及ぶ。助けられるのは自分しかいない…志津馬は走るスピードをさらに加速させた。


「くっそ…!!」


長い一本道の後、住宅街のT字路に差し掛かったところで男の目の前は壁になる。それを見計らってか少年は走りながら何かをしているように彼女の目に映った。そして、直後の光景に彼女は目を見開き思わず声に出してしまう。


『お腹から、ボールが出た!?』


彼の前にどこからともなくサッカーボールが突如膨らんで現れたのだ。少年はさらに屈んで自分の履いている靴に手をかけるがそこで動きが固まり、さっきとは打って変わって彼の表情は焦っているように志津馬には見てとれた。その間に男はもうすぐT字路の曲がり角に差し掛かろうとしている。今の自分の走る速度と犯人との距離を計算し、イチかバチかの賭けに出ようとしていた。


『少年!!そのボール貸して!!』
「えっ!?」


コロコロと転がったボールめがけて彼女は駆けていき、かなりの勢いをつけてそれを男に向かって思い切り蹴飛ばす。


「うぉっ!!」


男がちょうど分かれ道を曲がろうとした瞬間にボールは真正面の壁に、バチンと大きな音を立てながらぶつかった。


「へへ、どこ当ててんだ『甘いな。』
「んなっ…!?」


その衝撃で一瞬怯んだところに志津馬が追いつきバッグを奪い取ると、相手の右腕を左手で押さえ瞬時に右手で顔を下から平手で突き上げ、さらには右膝を男のみぞおちに思い切り蹴り上げる。


「がはっ!!」


両手を右脇に上下で挟み込み、地面の方へ押し倒すと男は崩れ落ちるかのようにアスファルトにうつ伏せで叩きつけられた。その間、わずか1分足らず。


「いってぇ…」
『マル被確保!!…あ。』


しまった…自分はもう警察関係者ではないのに、昔の癖でつい言ってしまった。と、一瞬焦る志津馬だったが、この場にはそれどころじゃない男一人と小さな少年が一人だけ。特に問題はないだろうと安堵していると、


「大丈夫ですかー!?」


遠くから警官二人と被害にあった女性がこちらへと駆けてくる。それを見た彼女は犯人の両手を持ちながら上体を起き上がらせた。


「お怪我はありませんか?」
『えぇ、私は問題ありません。この人が犯人です。』
「お預かりします。」
『それと…こちらはあなたのバッグで間違いありませんか?』
「はい、私のです。ありがとうございます!!」
『いえいえ。念のため、バッグの中身は早めに確認したほうが良いかもしれませんね。』
「わかりました。」
「後は我々の方で。行くぞ。」


そう言うと警官二人は犯人を連行していき、女性は本当にありがとうございました!!と再度志津馬にお礼を言うとその場を去っていく。


「すごいねお姉さん!!」
『え?あぁ、君はさっきの。』


すると先程の少年が彼女の元へと歩み寄ってきた。


『ごめんね。ボール勝手に使っちゃって。』
「ううん、それよりさっきのかっこよかったよ!!あれってたしか、"シラット"っていう格闘の技でしょ?」
『え…』
「よく逮捕術とかでも使われてるんだよね。」
『へぇーよく知ってるねボク。格闘好きなの?』
「あぁいや…この前テレビでやってるのチラッと見たから、あはは…」
『でもすごいのは君の方だよ。そんな小さな体で犯人を追いかけようとする正義感、世の大人たちにも見習ってもらいたいもんだわ。』
「そ、そうかなぁ…」
『それにさっき、お腹からボール出してなかった?』
「へ?」
『あれってどこから出てたの?どういう仕組み?』
「いや、あれはえーっと「コナンくーん!!」


質問攻めに合っていた"コナン"と呼ばれた少年が振り返ると、4人の子どもたちが彼の方へ走ってくる。


「こんなところにいたんですかー!!探しましたよぉ!?」
「急に走り出すからビックリしたじゃねーかよ!!」
「悪い悪い、近くでひったくりが起きたらつい足が反応しちまってな。」


さっき自分と話していた時とは違い、だいぶくだけた口調で話している姿から察するにどうやら彼らは少年と仲のいい友達だと志津馬は感じた。


「警官二人に連れられていく男性とすれ違ったけど、どうやらひったくり犯は無事に捕まったみたいね。」
「あぁ、この人のおかげでね。」


コナンがそう言って彼女を見上げると、他の4人の視線も同じく彼女の方へと向けられる。


「お姉さんが捕まえたの!?すごーい!!」
『いや、私は別に大したことしてないよ。』
「けどよーコナン、この姉ちゃんあんまり強そうに見えねーぞ?」
『(悪かったな見えなくて…)』
「もしかして、非番の刑事さんとかですか!?」
「あは、刑事じゃないよ。お姉さんはねぇ…はい。」


彼女はおもむろに胸ポケットからケースを取り出しては、中から名刺を出して彼らに1枚渡す。


「"志津馬探偵事務所"?」
『そ。探偵なんだ。まぁー探偵と言っても、大きな事件を扱うわけじゃないけどね。』
「志津馬…」
「ん?どうした灰原。」
「…いいえ、別に何も。」


一番後ろにいた茶髪の女の子がボソッと何かをつぶやいていたが、志津馬の耳にまでは聞こえなかった。


「探偵ってことは歩美たちと一緒だね!!」
『ん?一緒ってどういうこと?』
「何を隠そう僕たちは!!」
「泣く子も黙る!!」
「「「少年探偵団!!」」」
『お、おぉ…』


突如としてポーズを決める3人に彼女はよく分からずも小さく拍手を送る。


「僕たちも困っている人を助ける活動しているんです!!」
『へぇー、今どき子供も探偵をやる時代になったのねぇ…』
「(はは、真に受けてらぁ…)」


真剣な表情で彼らを見る志津馬にコナンはじとりとした視線を向けていた。来た道を戻りながら、しばらく彼女と少年少女たちは会話を続ける。


『君たちは、この町の子?』
「うん。そうだよ!!」
『そっか。私まだこの町に来たばかりだから、どこに何があるのかイマイチ把握できてないんだけど…近くに探偵の仲間がいてくれるのは心強いよ。』
「お姉さん、この町の人じゃないの?」
『うん…色々あって最近引っ越してきたんだ。』
「借金取りにでも追われてんのかぁー?」
「同棲してた彼氏さんと別れちゃったんですか?」
『とても子供が言うフレーズとは思えない…大人には大人の事情があんの!!』


少し大きめの声を出した直後、ふいに彼女の腹の虫がぐぅ…と鳴き出し咄嗟にお腹を抑える。


『じゃ、じゃあ私はこれで!!みんなもひったくりには気をつけてね!!』


早口でそう告げると志津馬は逃げるようにその場を去っていった。


「なぁ、あの姉ちゃんの腹鳴ってなかったか?」
「鳴ってましたね。」
「お腹空いてたのかなぁ…」
「私達も行きましょ?博士がお昼用意して待ってるみたいだから。」
「「「はぁーい!!」」」


その一言で、彼らは彼女とは反対方向に歩きだしていく。楽しそうにはしゃぐ三人の後ろでコナンと灰原は小さく会話を始めた。


「でも、意外だったわ。」
「あ?何がだよ。」
「てっきりあなたが例のボールで犯人を仕留めたのかと思ってたから。」
「あー…本当は俺もそうしたかったんだけど、靴の充電が切れてんの忘れててよぉー。子供の脚力じゃさすがに届かないと思ってたら後ろからあの人が俺のボールを蹴って犯人を怯ませ、その隙に制圧したってわけだ。」
「なるほどね。」
「ところで灰原。」
「何?」
「さっきオメーあの人の名前に反応してなかったか?」
「…思い出したのよ。そういえば最近、新しく探偵事務所を開いたって人がうちに挨拶に来たって博士が言っていたのを。」
「もしかして、それが志津馬さんなのか?」
「私は地下にこもってたから顔は見てないし博士が対応してたけど、聞いたのが確か同じ名前だったわ。」
「博士ん家の近所ってなると、うちの近くでもあるってことか…」
「近々、また会うことになるかもね。あの人と。」


先程の志津馬の素早い制圧法や犯人のことを被疑者の隠語である"マル被"と呼んでいたことから警察関係者だとコナンは踏んでいたが、探偵と名乗っているのが事実だとすると彼女が"元警察官"であることは明らかだと確信を持つ。


「(あの洞察力と早業の持ち主なら、並大抵の刑事ではなかったはずだけど…)」


だとしたら、どうしてあの若さで探偵に…?と彼の心のざわめきの元が増える一方で、


『はぁ!?弁当売り切れ!?』
「そりゃお昼時だからねぇ〜なんかごめんねぇ〜?」
『うぅそおぉ…!!』


そのざわめきの元は弁当屋の前で膝から崩れ落ちていた。

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