03

時刻は夜の11時。人気のない細い道にマツダRX-7が止まっている。中には褐色の肌色に金髪の男性が一人。そこへ眼鏡をかけた男性が助手席へと乗り込んだ。


「降谷さん、お待たせしました。」
「例のものは。」
「こちらになります。」
「…ご苦労。」
「……」


降谷と呼ばれた男は渡された封筒の中身を確認すると、再びそれを戻す。淡々と交わす業務報告は彼らにとってはいつものこと。だが降谷はその相手にいつもとは違う違和感を感じ、少し窓の外へ視線を向けながら口を開いた。


「ところで、あれから志津馬と連絡は取っているのか?」
「え、」


唐突に来たその問いかけに、眼鏡の男性は驚きながら顔を上げて彼の顔を見た。


「君の部下たちが言っていたよ。彼女がいなくなってからどうにも君の様子がおかしいとね。」
「い、いえ…決して任務に支障を来すようなことは!!「風見。」


聞きたいことはそれじゃない。そう言いたげな眼差しに、風見と呼ばれた男はおもむろに話し始める。


「…あれから何度か電話をかけてるのですが番号を変えたのか連絡がつかないままですし、彼女が以前住んでいたアパートにも訪ねてみましたが、すでに引き払った後のようで。」
「行き先に心当たりは?」
「皆目、検討もつきません…」
「手がかりは何一つなしか。」
「…自分は今でも、信じられないんです。」
「え?」
「志津馬くんが…警察官であることを諦めてしまったことが。」
「彼女が警察を辞めた最大の原因は「分かっています。分かっては、いるのですが…」


風見と志津馬は警察学校時代からの同期で、同じ警視庁公安部の同僚でもあった。


ー私はさ、いつかたくさんの人を守れるような警察官になりたい。ー


いつか聞いた、彼女の強い意志を感じられるあの言葉。


ーあとは頼んだよ…風見。ー


そして、何もかもを諦めて魂の抜け落ちたような姿で言われた言葉。その二つが今もまだ彼の頭の中でこだましていた。


「……」
「…す、すいません!!こんな話に降谷さんの貴重な時間を割いてしまって!!では、自分はこれで失礼します!!」


焦ったように風見が車のドアを開けながら降谷にそう告げると、ドアが閉まった直後に助手席の窓が自動で開く。


「風見。」
「はい!!」
「志津馬の件、僕の方でも調べてみるよ。」
「はい…え?」


運転席から顔をのぞかせる降谷の言葉に思わず彼は目を見開いた。


「僕は彼女に毛嫌いされていたみたいだけど、君にとっては大事な同期なんだろ?」
「い、いやしかし!!常日頃ご多忙な降谷さんのお手をわずらわせるわけには「これは仕事に身が入っていない君のためでもある。僕も一応、探偵の名を語る身だからね。差し障りはないさ。」
「降谷さん…!!」
「その代わり、君は溜まっている報告書を一刻も早く終わらせること。分かったな?」
「は、はい!!」


その返事を聞くと、彼は窓を閉めて車のエンジンをかけて去っていく。残された風見は上司へのありがたみを感じつつ、このやるせない気持ちを抱きながら月が登る夜空を仰いだ。


「(一体どこにいるんだ…志津馬くん…)」



***



灰色の空。雑居ビルが立ち並ぶ路地裏。立体駐車場。雑然とした風景。彼女はそこに取り残されている。自力では動けず、倒れたままの状態で。


「…くん、志津馬くん!!」


遠くから響いていた声が、こちら側へとだんだん近づいてくる。ぼんやりとした視界に入ってきたのはよく知っている同期の姿だった。


「志津馬くん、しっかりしろ!!」
『かざ、み…』
「今応援がこっちに向かってる。もう大丈夫だ。すぐに手当を…」


そんな彼の背後には、大柄の男が手に持った拳銃を構えて風見の頭を狙っている。


『だ、ダメ…』
「え?」
『お願い…逃げて…逃げて、風見…!!』
「志津馬くん?どうかしたのか?」
『逃げてぇええええ!!』


叫びも虚しく、男が手にかけた引き金をゆっくりと引いていき乾いた銃声が辺りにこだました。


『っがは…!!はぁ、はぁ…はあぁ…』


と、同時に彼女は探偵事務所内にあるソファの上から飛び起きる。全身に汗をかいて息は荒く、体は熱い。


『…今度は風見か。』


それは彼女が警察官をやめることになった"あの日"から幾度となく見る悪夢。いつもシチュエーションは全く同じで、自分の知っている人間だけが変わり毎回同じように犯人に撃たれる。何度も見ている夢、夢ならば途中で目を覚ましてしまえばいいだけの話なのになぜかそれができない。


『はっ、見せしめかよ…』


"どうあがいても、現実は変えられない。"とでも神様に言われてるのか。彼女は力なく笑うが直後に鼻の奥がツンと痛む。気を紛らすため、暗闇の中で月明かりを頼りにキッチンにあるコップを取って水道の蛇口をひねった。コップに溜まった水を口に流し込むと、手の甲で口元を拭い落ち着かせるようにふぅ…と一つ息をゆっくりと吹く。そして、ふいに首元のネックレスに手をかけた。


『…カンナ。』


志津馬はそれを握りしめ目を瞑りながら小さく呟く。まるで、誰かに呼びかけるように。


『私の贖罪、どうか見守ってて。』


そう言って目を開けると、窓から見える眩しいくらいに輝く月を真っ直ぐ見つめていた。



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