《一つの覚悟と偽りの顔》
翌朝。昨晩赤井に案内された部屋で目覚めた夷隅は時差ボケのせいか頭が少しぼーっとしていた。するとおもむろにスマホが震えだし、画面に映った名前を見て一気に目が覚める。
『は、はい!!もしもし!!』
《夷隅くん、私だ。》
電話の主はジェイムズだった。
『おはようございま…あ、すいません。そちらはまだ夜の7時頃でしたよね。無事にワシントンへは着きましたか?』
《あぁ、それなら問題ないよ。そちらは朝の8時くらいかな?》
『えぇ。』
《今まさに時差ボケにやられているころか。》
『おっしゃるとおりで…』
苦笑いを浮かべながらそう答えると、同じくだよ。と電話越しにボスの笑い声が聞こえる。
《まぁ焦ることはない。ゆっくり順応していけばいいさ。》
『ありがとうございます。』
《そんな時に何だが…大事なことを一つ伝え忘れていてね。》
『何でしょう?』
《あの場にはジョディくんやキャメルくんがいたから直接話せなかったが、君にもう一つ任務を任せたいと考えている。》
『もう一つの任務…』
《君には赤井くんの監視に加えて、彼の警護も頼みたいんだ。》
『っ、』
その言葉を聞いた途端、思わず彼女は目を見開いた。
《組織の連中は神出鬼没だ。いつどこから姿を現すか我々にも把握できない。万一彼が生きていると組織にバレてしまえば奴らは確実に赤井くんを仕留めに来るだろう。我々も近くにいられたら良いのだが、さすがに彼に付きっきりになるわけにもいかん。その点すぐそばで気づき守れるのは夷隅くん、君しかいないんだ。…その言葉の意味が分かるね?》
『……はい。』
”万一の際は自分の身を挺してでも赤井を守れ。”FBIにとって貴重な存在である彼を守ることは、彼女にとって重要な任務。その眼差しはいつしか力強いものに変わっていた。
《もちろん無理強いはしない。君が任務を降りたいというのであれば別の人間をそちらに送ることも可能だ。君は若いし、この先のFBIの未来を担う存在でもあるからな。こちらとしては、夷隅くんの意に沿う形にしたいと思っているよ。》
『お心遣い感謝いたします。…ですがこの任務、やはりやらせてください。』
《やる気になってくれたのか。》
『赤井さんとはお会いして間もないので、どんな方かはまだ把握できていませんけど…FBIがそれほどまでに必要としている人を守ることは、私にとってきっと価値のある経験になると考えます。』
《本当に、いいのかね?》
『組織壊滅のその日まで、私は私の任務を全うします。』
《…うん。分かった。君がそこまで言うのであれば、よろしく頼む。》
『承知しました。』
電話が切れて夷隅は一息つく。一度引き受けた以上、生半可な気持ちで任務を遂行するわけにもいかない。
『…よしっ!!』
これは自分の成長過程として必要なものなのだと言い聞かせ、より一層気を引き締める。その頃、ジェイムズは昨日の帰り際の出来事を思い出していた。
「赤井くん。頼まれていた例のものだが…」
「手に入りましたか。」
「監視用のスマートウォッチは2つ。まさか君は、夷隅くんにもこれを付けさせるつもりなのかい?」
「万一に備えてですよ。FBIに来て間もない未来ある捜査官を、自分のせいで失くすわけにはいきませんから。」
彼も彼なりに夷隅のことを考えているのだと分かり、二人の邂逅は良かったのかもしれない。と彼は感じる。
「(夷隅くんは真面目だが、少々無鉄砲なところがあるからな…彼女のことを頼んだよ。赤井くん。)」
ジェイムズはアメリカからその思いを日本へと飛ばしていた。一方、ボスからの電話で目が冴えた夷隅は着替えてキッチンへと向かい冷蔵庫の中を覗き込む。
『ちょっと拝借しますよぉー…』
まだ寝ているのか、未だに姿を表さない赤井に昨日のお礼として朝食を作ろうと考えた彼女は冷蔵庫にあった食材で和朝食を作ることにした。
『んん〜…久々のごはんのにおい、たまらん…!!』
炊飯器をパカッと開けるとたちまちお米のにおいが彼女を包み込む。アメリカにいたときは無意識のうちにパンを主食にしがちだったが、やはり日本のごはんには勝てないなと顔を綻ばせた。だが焼き鮭と卵焼きを手際よく作り残る味噌汁のネギを切っている最中に、事件は起きた。
「ホォー…なかなか手際が良いな。」
『遅かったですね。すいません、冷蔵庫の中勝手に漁っちゃいました。昨日のお礼も兼ねて今朝は私が…』
後ろから聞こえたその声に気づき夷隅が後ろを振り向くと…
「おはよう。」
『………誰っ!?』
昨日見た赤井の顔とは別人の、茶髪にメガネ姿の男性がそこには立っていた。よく聞けば声色も違う目の前の人物に皆目見当がつかない彼女は目を丸くして声を上げる。
「洗面所からすでに焼き鮭のいい匂いがしていて、早く食べたいと思っていたところなん『動くな!!』
「っ、」
その男が近づこうとすると夷隅はすばやく手元にあった包丁を両手で持ち彼の前に突き出す。彼女の突発的な行動に彼は思わずゆっくりと両手を上に上げる。
『来たら刺す…』
「そう早まるな。落ち着くんだ。」
『大体人の家に勝手に入ったら不法侵入罪で罪に問われるのよ!!あなた警察に突き出されたいの!?』
「さすがに警察沙汰は困る。それに俺は赤井だ。」
『はぁ!?そんな見え透いた嘘が通用すると思って…』
男の手をよくよく見ると右手首には自分と同じスマートウォッチを付けていることに彼女は気づく。
「止む終えんな…」
彼はそう言うとおもむろに喉元に付けられたチョーカーのようなものの真ん中にあるボタンを押した。
「もう一度言う、俺は本物の赤井秀一だ。」
『っ…!!』
外見は全く違えど、声は昨日聞いたばかりの赤井の声にそっくりなことに夷隅は動揺する。
『そ、そんな…そんなことって…』
「これで本物だと、分かってもらえたかな?」
『まさかあなた…組織の人間!?』
「なぜそうなる。」
未だに信じてもらえない赤井はさすがに表情を少し曇らせた。
『いざという時のために、どこかで赤井さんの声を録音しておいたんでしょ!!』
「(色々とややこしくなってきたな…)」
『でもそんなことで私は怯まない。答えて!!赤井さんはどこ!!』
「いやだからちが『とぼけるな!!守るって決めたんだから…』
「え?」
『あの人は絶対、命に代えても私が守るって決めたんだから!!』
「……」
力強い眼差しで言い放つ彼女の姿に、男は何も返さずただじっと見つめていた。すると…
「その人は正真正銘赤井さんだよ。」
『へ?』
どこからともなく聞こえた少年のような声に夷隅は辺りを見渡すと、男性の横に眼鏡の少年が立っていることに気がつく。
「いい時に来たな坊や。」
「えへへ。」
『は?…え、どうゆうこと?というか君も…誰?』
「とりあえず話は、君の手に持っているその物騒なものを置いてからにしないか。」
『(な、何なの…一体誰なのこの二人…!?)』
突如現れた眼鏡の二人に、彼女は困惑するばかりだった。