次の日の朝に、祈里は例の写真を秀那に送った。そして、返信はその日のうちに返ってきた。
『ありがとうございます。自分では見られなかったので、助かりました』
その言葉と共に、愛らしいキャラクターのスタンプが送られてくる。
「……」
ヒナちゃんは、どうして今日のことをわたしに頼んだの。そこにどんな意味があるの。そう尋ねたくて、まとまらない文字を打ち込んではデリートしていく。
十数分ほど悩んで、結局上手い言い回しが思いつかないまま、祈里は『気にしないで。本当に、暇だったから』と、それだけを返した。ついでにおまけのスタンプ。
秀那は今、大切な時期なのだ。彼女の志望校は知らないが、在籍するクラスから察するにそれなりのレベルの大学なのだろう。邪魔をするのは、よくない。
祈里はぼふんと背中から勢いよくベッドに身体を投げ出した。スマートフォンが握られたままの腕がだらりと無造作に投げ出される。
ふと壁に貼り付けられたカレンダーが目に入った。もう一月も中旬だ。
時が過ぎるのは、早い。ついこの間まで祈里は受験生で、秀那たちと同じ制服を着てきたのだ。その秀那も、大学生になろうとしている。
受験が終わったら。そうしたら、ヒナちゃんを遊びに誘いたい。彼女の家に行くのでも、近場をただ散歩するのでもいい。花見も楽しそうだ。
それから、浅岸くんも。そう思いながら、祈里は空いた腕で電球の灯りから逃れるように目元を覆った。
今は、勇気が出ないだけ。彼の受験が終わったら、きっと。
――きっと、何?
ぐ、と祈里は目を閉じる。これは恋なのだ。祈里は今日も、自分にそう言い聞かせる。
祈里が佑弥に想いを寄せていること、それを知っているのは、本人である祈里を除くと、蓮と秀那だけだ。どちらにも、祈里が自分から明かしたわけではない。何故だかバレていたのだ。
こうも周りに見抜かれてばかりだと、ほかの人にも露見しているかもしれない。そう考えた日もあったが、佑弥を共通とする知人は秀那以外にはいない。だからおそらく、その点については心配いらないだろう。
高校の三年間で、嫌というほど蓮に言われた。──『祈里は本当に、それでいいのか』
それ、とはつまり、ほどほどに仲の良い先輩と後輩というだけの関係に留まること、という意味だろう。蓮がそう口にするのも、無理はなかった。
祈里から、特に何かアクションを起こすことがない。アピールをすることがない。佑弥を好きだと認めているのに、しかし何をするでもない祈里の態度に、外野ながらやきもきしているのだろう。
祈里はそれでいいのだと何度も言った。その度に、蓮は複雑そうな、微妙な表情をする。
蓮は、祈里を否定することはしなかった。
本当に恋なのか。正しく好きなのか。その言葉を口にすることだけは、しなかった。しかしその瞳は雄弁だった。そう問いたい、しかし祈里のために黙っている。そんな風に、祈里には受け取れた。
クラスで流行っていた純愛ドラマ。話題になっている少女マンガ。噂になっている、隣のクラスのカップルの話。それらを耳にする度に、祈里だって考えていたのだ。
これは本当に恋なのか。
ただの憧れなのではないか。
わたしがしているのは、浅岸くんに対する恋じゃなくて、恋に対する恋なのではないか。
考えはじめるとだめだった。だって、彼と付き合いたいと思えない。手を繋ぐとか、キスとか、その先とか、何も想像できない。我が恋ながら、なんの期待も抱けないのだ。
それでも、名前を呼んでほしいとか、目を見て笑いかけてほしいとか、そんなちっぽけな願いだけは変わらず持っている。それくらいならせめて、と。
あわよくば、なんでもない日に、隣にいられるのがわたしならと。
これは、恋じゃないのか。
じゃあ、恋って一体なんなの。
そう思いながら一人で涙を滲ませるのが、自分に酔っているみたいでまた嫌になる。そうして気付いた。ああ、そうか。
わたしは、わたしが好きじゃない。
だから、好きな人には、浅岸くんには、わたしと同じラインに立ってほしくない。その先に、上にいてほしい。
わたしが嫌いなわたしと、同じ場所に落ちてほしくないのだ。だってそうしたら、きっと相手は幸せにはなれないから。
好きな人に、幸せになってほしいと願うこと。これは、恋ではないのだろうか。
祈里には、到底分かりそうもなかった。