デッド・オア・アライブ


賭博場、それを見たのは初めてだった。ここへ来る前にコンビニでお金をおろしていたので、薄々感じていたが私は財布要員ということなのだろうか。
フロアは2階まであり、内装は豪華絢爛、ただし、煙草の煙が充満している。禁煙のイメージが強かったが、国内にあるカジノがそういうものなのか、それともカジノは元々そういうものなのか。カジノなんて来たことが無かった為、どうしていいのかが分からない。
私がきょろきょろと周囲を見回していると、先程まで私を担いでいた男が話し出す。

「なぁ、名前なんつうんだ?」

ここに来るまでの道程で互いに名前を聞くのを忘れていた。担がれてここに連れてこられる迄、私はコイツとなんで橋から身投げしようとしたのか、なんで泣いているのか等の話をした。個人情報だから元彼の名前は伏せておいた。元彼の名前を声に出すと寂しくて辛くてやり切れないというのも理由のひとつだった。
そこまで話をした相手なのだから名前ぐらい教えたってどうってことないだろう。

「……名字名前」
「わかったぜ、名前。俺は有栖川帝統っつぅんだ。死ぬ前に俺の頼み聞いてくれよ」
「帝統、よく転がりそうな名前してるね」
「うるせぇやい!」

それで、と帝統は続ける。

「俺のお願いきいてくれるか?」

少し察していた部分もあったが、お願いって具体的になんなんだと言えば、彼は説明をしだした。うん、うん、と頷きながら話を聞く。全て話を聞き終えたあと、私の気持ちは高揚していた。
私はお願いをきく気満々だったわけだ。

「いいよ、のった」
「そうこなくっちゃな!」

私は帝統に全財産を預けたのだった。

――――――――――

大勝したポーカーに続き、今やスロットマシーンはコインを吐き出す機械と化していた。帝統は楽しそうな顔で3つのボタンを押していく。ドル箱はスロットマシーンの上に置くだけでは足りず、椅子の後ろにも高く積まれている。先ほどのディーラー相手のルーレットでは大負けしていたのに、こちらで調子が良くなったようだ。

「す、すご…」
「名前、危ないから俺の傍から離れんなよー?」
「分かってるって」

というかいい歳をした大人なのだから大丈夫に決まっている。見たところ変な客もいないようだし、仮に1人で歩いていても大丈夫そうだ。スロットマシーンを背後から見るのも、通路が狭くてなんだか居づらい。
トイレに行ってくるね、と小声で言って私はその場から離れた。聞こえているかは分からないが、トイレで終わるまで待つくらいなら許されるはずである。

と思っていたのだが、何故か私はディーラーとテーブルをはさんで座っている。トイレを探し洗面所で時間をつぶすまではよかったのだが、そろそろ金が倍になったか、全ツッパしただろうと予測してトイレから出てスロットマシーンの並ぶ列をうろうろしていたのがダメだった。
気のよさそうな陽気な外国人に声をかけられ肩に手を回されて、何が何だかわからないままに座らされた。日本の賭博場なのに外国人がいるのは意外だった。

「あの、私はやり方がわからないので……」

と言うとディーラーは説明をし始めた。やらないことには私は帰れないらしいが、金は全部帝統に渡してしまったので持ち金が一切ない。おどおどしながら説明を聞いているといつのまにやらギャラリーがぞろぞろと増えだした。あの姉ちゃん大丈夫かよとか、大博打決めるらしいぜとか、どうせ金溶かして服を賭けることになるだろうぜとか。様々な声が聞こえてくる。金がなければ服と聞こえたが、本当にそうなのだろうか、とてもまずいのではないだろうか。もしかして金がないと言えば見逃してもらえるのではと、お金持ってませんと呟くように言うとギャラリーは歓声をあげた。死ぬ前に生き恥をさらすのは避けられないようだった。
おろおろしながらも辺りを見回して助けを求めるが助けてくれそうな人はいない。神様仏様マリア様、どうかお助けを…と思った瞬間、テーブル上にドンッと沢山のチップが置かれた。チップを置いたその人は私の隣の椅子に腰かける。

「よう、長いトイレだったな。便秘か?」
「うるさいうるさい助かった交代してお願い助けて」

息継ぎもなしにそう言えば帝統は交代は無理だとあっけらかんに言った。
は?と言えば、ここは違法賭博場だからということと、変な奴に捕まって広告代わりの見世物にされていることを耳打ちされた。なにもしないままでは帰らせてはもらえないと。でも、それじゃあこのチップは帝統のもので私のものでは無い。またしても困った私は小声でじゃあどうするの?と聞いた。帝統は耳元でこうするのさと囁き、いきなり私の全身を包み込むように抱きしめた。壊れ物に触るような抱きしめ方ではなく、壊してしまいそうな熱い抱擁。
ギャラリーは歓声半分、ブーイング半分で騒がしい。
顔のいい男に耳元で囁かれた上に強く抱きしめられたせいでドキドキしたと同時に頭がパニックになった。息が上手く出来そうにない。胸の高鳴りと照れを誤魔化すようにして、いきなりなにすんのと言うと、帝統はポケットの中のそれで取り合えずワンゲームだけやって帰るぞ、と言う。慌ててポケットの中を探るとそこにはチップが入っていた。ああ、だから私のことを抱きしめたのか。なぜだかガッカリする自分がいて、なんと現金なものだろうかと頭を悩ませた。

帝統はニヤリと微笑みディーラーを挑発するように言った。

「じゃあ開戦だな!」