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「随分煌びやかな所に勤めているんですね」

そう言い放ったのは勿論のこと安室だった。名前は「似合いませんよね」と、へにゃりと笑う。
「そんなつもりでは言ってませんよ」と、にこやかに安室は名前の発言を訂正した。
2人は店の奥のソファに腰掛けて談笑を楽しんでいた。元々毛利小五郎のために用意していた為、この店で1番いい席に座っている。

「ポアロに居た時は向かいに座ってたのに今は距離が近くてなんだか恥ずかしいですね」
「名前さんは慣れてるのでは?」
「こういう商売を始めたのは今月になってからなので…、というか安室さんと初対面だからですかね」
「ほう…、昼間もなにかお仕事を?」

安室は名前も自分と同じように二重生活を送っているのだろうかと気になり、一度持っていたグラスを静かにテーブルに置きながら質問した。

「いえ、これ一本なんです。昼間の仕事が出来たらいいんですけど、中々そういう訳にも…」
「それは失礼しました。力になれることがあればなんでも言ってください。協力しますよ」
「ふふ、ありがとうございます」

そう言って名前はグラスに僅かに残ったカクテルを飲み干した。空になったグラスを音が鳴らないようにテーブルに置くと、次は安室のグラスに酒を作り始める。

「どうぞ名前さん、好きに飲んでください」
「えっ、でも悪いです。毛利さんの代わりにいらっしゃって頂いているのに」
「あなたはもう少しわがままでもいいと思いますよ」

そこまで言って安室は近くを通ったボーイに「彼女にカクテルを」と申し付ける。
間もなくオーダーしたカクテルはテーブルに運ばれてきた。名前は厚意に甘えてそのカクテルを口にする。
名前はちらりと安室の顔色を伺う。彼は先程とは打って変わって気難しい表情をしていた。

「どうかしましたか?」
「お聞きしたいことがありまして」

安室の何かを思案するような顔つきに名前はどこか胸騒ぎを覚える。どんな言葉が紡がれるのか安室の口元を注視していると、瞬間ボーイが名前のことを呼ぶ。

「おや、他のお客さんに呼ばれてしまいましたか」
「ええ、そのようで…」
「名前さんとの会話楽しかったです」
「またすぐ戻ってこれるとは思うんですが…」
「いえ、お気になさらず。ところでペンと紙はお持ちですか?」

すると名前は店内用であろう小さなバッグから名刺とボールペンを取り出して安室に渡す。
安室は名刺の裏にサラサラと数字の羅列を書いて、そのまま名前に渡した。

「今日のところはこれで帰りますね、連絡いつでも待ってます」

そう言うと安室はボーイを呼びつけて会計を済ませ、席を立つ。名前は慌てて受け取った名刺をバッグにしまい、席を立ち店の外まで付き添う。
では、と去ろうとする安室に名前は静止をかけた。持っているバッグから急いで名刺を取り、安室に差し出すと予想外に彼はそれを受け取らなかった。

「仮初の姿があれば本性を暴きたくなるのが探偵の性でして」

そう言ってクスリと笑う安室は艶やかでどこか色っぽさを放っていた。
どんどんと小さくなっていく背中にお礼の言葉をかけると、安室は振り返り軽く手を振りまた帰路を辿るのだった。

「仮初……本性……?」

プライベートでお話したいってことなのかな?それとも営業はかけるなってことかな?分からないけど紳士的だったな…。

名前はそう思いながら先程渡された名刺を見た。表面は自身の名前と電話番号が書かれているが、裏面を見ると電話番号と右上がり気味の整った字で"安室透"と書かれていた。
なぜだか少しくすぐったくて名前は顔を綻ばせ1人静かに微笑んだ。