なぜ私が七年前に遡ることになったのか。その記憶を紐解けば、雪のちらつく寒い夜空を思い出す。あの事件が起きたのは、とある冬の日だった。
▽▽▽
(焦凍くん、まだかな)
冷そばに使う出汁に刻んだ鴨肉と、葱を切りながら、キッチンに置かれたタイマーを兼ねた時計をいそいそと見る。時計の針はあと少しで夜の八時を指そうとしていた。
今日は、お互いの仕事が早く終わる日だった。だから、先に家に着く私が夕飯を用意して待っていることになったのだ。普段はあまり買わない、値段が高めの鴨肉をたくさん使って作ったお蕎麦、新鮮な季節の野菜を使って揚げた天ぷら、焦凍くんが好きな和菓子屋さんで買った練り切もある。テーブルにならべたお揃いの食器は、同棲を始めたころに冬美さんたちがプレゼントしてくれたものだ。
久々に彼とふたりでゆっくりできる時間が取れることになって、浮かれている。お箸を並べながら、私は焦凍くんの帰りをそわそわと待っていた。
その時だった。
ピリリリ、と携帯の着信音が鳴った。
(焦凍くん?)
私は携帯を取った。「はいもしもし、」しかし、携帯の向こうから聞こえてきたのは焦凍くんの声ではなく、よく知った低い声だった。
「苗字か、」
「あ、相澤先生?」
意外な相手に驚いて、コンロの火を切った。濡れた左手をエプロンで拭きながら、携帯を両手で持ち直す。
「ご無沙汰しています、どうしたんですか?先生が私の電話にかけてくるなんて…」
「苗字、急いで今から言う病院に来い」
「え?」
久々に話す先生に驚く私の声を遮って、切羽詰まった口調で先生は言った。
「轟が、ヴィランに襲われて意識不明の重体なんだ」
「………え?」
「今は集中治療室で手術を受けている。終了後は少しなら面会ができるらしいから、今から来い。場所はーー…」
コトコトと、火を切ったコンロにかけられた鍋の中で、出汁の美味しそうな匂いが部屋に広がっている。
食事の支度が整った暖かな部屋の中、私は何を言われたのか分からなくて、頭が真っ白になった。ただ、楽しみにしていた彼との休日が過ごせないことだけをはっきりと悟った。
部屋の外では、冷たい雪が降り始めていた。