「焦凍くんは、なぜあんなことに……?」
退室してから一時間後。
なんとか落ち着きを取り戻せた私は、廊下の長椅子に腰掛けながら先生に訊ねた。病院に着いたときは20時を少し回ったくらいだったが、今はもう22時になっていた。最低限の照明しか点いていない廊下は、たまに看護師さんが通っていくだけの静謐に満ちていた。
がちゃんと音を立てて自販機から出てきたミルクティー。それを私へと渡し、先生も隣に座った。プルタブを開けて、先生は話し始めた。
「轟は、神奈川県で起きたテーマパーク爆破事件の応援に行っていたらしい。夕方に事務所に連絡がきて、ちょうど近くで仕事が終わっていた轟はそのまま加勢した。敵のほとんどは片付いたが、ひとりのヴィランと戦闘状態に陥った」
「それで、あんなになるまで…?」
「ああ。…今じゃあ緑谷や爆豪と並んで日本のトップヒーローの一翼がああなるなんて、よっぽどの相手だったんだろう。敵は今も逃亡中。居所はつかめていない」
「そんな…」
「ただ、身元は既に警察によって割れている。苗字、」
先生はそこでいったん話を切って、私に向き直った。
「恐らく明日、お前に公安委員会から任務が出るだろう。お前の"時間遡行"の個性による依頼が」
「そ、それは…」
「婚約者がこんなことになった次の日に言うような事じゃ本来ない。だが、この国の犯罪の抑止力の一角である轟を失うことだけは何としてでも避けなければならないという結論に至ったんだろう。幸いー…、奴はまだ死んでいない。過去に移動して犯人を捕獲することができれば、轟の重体を回避できる」
「過去に移動?でも、戻った先でどうやってヴィランの居所を掴めばいんですか?」
「轟を襲ったヴィランの名前は、分かっている。名前は花吹草治(はなぶきそうじ)という三十七歳の男だ。明日、顔写真が入った資料も渡されるだろう。奴は今は"ロゼッタ"という反社会集団に所属しているが、七年前までは一時期、敵連合と接触していたことが分かっている。それが、ちょうど俺がお前たちの担任をしていた時にあたる。具体的な日までは分からないが、時代としてはそこだ」
「じゃあ、私は七年前の、高校一年の頃に戻るということですか?」
「そういうことになる」
相澤先生は手の中にあるコーヒーを指先でかつん、かつんと弾いている。猫背がちな先生の背中。窓の向こうにはしんしんと雪が降っているのが見えた。
「お前のその個性は、ほとんど異能の部類だ。使用の濫用を防ぐために限られた人間にしか伝わっていない。俺も、お前が三年のころに校長から聞いたからな」
「そうでしたね…」
「だから、今回の任務は秘密裏に行われることになるだろう。…轟の婚約者であるお前にこんな任務を依頼することは、本当に申し訳ない」
「そんな、先生が謝ることじゃないですよ」
先生に向かって笑ってみせる。先生はそんな私に「俺にまで無理する必要はないよ」と、まだ幼い教え子を宥めるような口調で、唇の端に困ったような笑みを浮かべながら言った。優しい言い方だった。