02

 「今度、体育祭がある」


 ホームルームの時間。
 相澤先生の言葉に、教室にざわめきが広がる。


 「体育祭…!」
 「クソ学校っぽいの来たぁぁ!!」
 「待って待って!ヴィランに侵入されたばっかなのに大丈夫なんですか!?」


 次々と上がる皆の声に、相澤先生は「いっぺんに喋るな」と顔をしかめた。


 「逆に再開することで雄英の危機管理体制が盤石だと示す…って考えらしい。警備は例年の五倍に強化するそうだ。何より雄英の体育祭は…最大のチャンス。ヴィランごときで中止していい催しじゃねえ」


 確かにそうだ。体育祭は、生徒たちにとってプロにアピールするチャンスであり、卒業後の就職や今後のインターンなどでもお呼びがかかるかどうかに関わるとても大きなことである。
 ただ、例によって学校の催しは私にとってあまり意味がない。大事なことは、いかに周りにばれないように焦凍くんを襲ったヴィランの動向を探るかということ。それに、


 (私は今回の体育祭には、参加することが出来ない…)


 高校一年生の体育祭といえば、私にとっては人生二度目の"喪失"が起こった日なのだから。


「御影ちゃんの怪我、本当に大丈夫だったの?」


 私が座っている席から少し離れたところ。御影が、隣の梅雨ちゃんと話している様子が視界に映った。梅雨ちゃんに笑顔で応えながら、「もうほとんど大丈夫だよ」と御影は笑っている。

 「昨日、もう一回お医者さんの所に行ってきたんだけど、あと五日すれば包帯も取っていいって。心配かけてごめんね。皆ほとんど無傷だったのに、なんか私だけ…」
 「そんなことありませんわ村田さん。一人でたくさんのヴィランに追われたのですし、仕方ないです」
 「…うん」


 百ちゃんの言葉に御影は一瞬なにか言いかけたように口を開いたが、閉じてしまった。御影の顔色はかなり良くなっていて、昨日からは実技の授業にも参加できるようになっていた。大きな怪我をしていてとても心配だったが、命に別条がある傷ではなくて本当によかったと思う。
 
 そんな話している三人を眺めながら、私は思うことがあった。それは、この時代における御影の存在についてだった。

 過去に私が遡行した先で、その時点にかつてはなかった変化が起きているというのは私自身、承知していた。
 だから御影の存在を知ったとき、驚きはしたものの予想の範囲内だと思っていたのだ。だが、御影はあまりにもこのクラスに馴染んでいるし、ひとりの人間としての生活を送っている。彼女という異質な存在がこの時代に生まれたことで、それは私がやって来た未来に及ぼす影響は、私が予想していた当初よりも大きなものではないのだろうか?
 私の個性は史上に類を見ない、特別な個性だった。過去に同じような個性を持った人間がいるとは聞いたことがない。私自身も個性の使用を制限されていたから、この"時間遡行"の個性が、捻じ曲げた過去の先にどのような未来の変化をもたらすのか、分からないのだ。


 (……)


 唯一の手掛かりがあるとすれば、生まれた時に国へ提出した個性の遺伝子情報の資料だ。

 私のワープの個性が発現したときは二歳のときだった。時間遡行の個性はその後、十一歳になった時に発現した。政府が個性の詳細を分析したいとのことで、あとから血液を提出したのだ。今までは特に使うこともなかったので資料を作ったことも気に留めていなかったが、思い出せばたしかにそんなものも作っていた。
 いずれにせよ、政府へは前田製薬会社のことを調べるための資料を取るために、遅かれ早かれ向かわなければならないのだ。


(…よし)


 次の体育祭の日には政府の資料室へと向かうと決めて、御影たちから目を逸らす。このクラスで浮いた存在だと思われることは、ご法度。そう思っていても、つい視線で追ってしまう。御影のことも、焦凍くんのことも。

 焦凍くん。私の人生で一番、大切な人。


 「…はやく、あなたに逢いたいよ」

 離れた場所に座っている焦凍くんの背中。彼は私が知っている焦凍くんである一方で、彼は私を知らない。未来の頃よりも少しだけ華奢な彼の肩を見ていると、泣きたくなって慌てて床に突っ伏す。隣の席の上鳴くんに「苗字?」と不思議そうに声をかけられたが、「なんでもないよ」と返すしかなかった。今は授業中だというのに、目の端から涙が零れ落ちそうだった。