03

 「なまえ」


 廊下を歩いて移動教室へと向かっていると、後ろから声をかけられた。振り向いた先にいたのは御影だった。


 「御影。どうしたの?」
 「うん、あのね、なまえ。折り入って、頼みたいことがあるの」


 駆け足で寄ってきた御影に、何だろうと首を傾げる。御影はそっと顔を私の方へ近づけ、二人だけにしか聞こえないほどの小さな声で囁いた。


 「私と一緒に、体育祭に向けて訓練してほしいの」
 「え、」


 いきなりの申し出にどういうことだろう、と逡巡する。御影は眉根を寄せた表情で、「私ね、」と続けた。その表情はどこか苦しげで、かつて自分が学生だった時によくしていたような、見覚えのあるものだった。


 「この間、USJでの時。私怪我したでしょ?」
 「ああ、うん…」
 「あれね、クラスで私だけだった」


 ぽつぽつ、と語る御影の声が、静かな廊下に響く。
 彼女の表情は苦しそうで、どこか昔の自分を思い出させるものだった。この顔はよく知っている。周りに自分の実力が追い付いていないように感じて、苦しくなるのだ。恥ずかしいような、不甲斐ないような、自分をみっともないと思う気持ちが胸の中を巣食って、辛くなる。それは大人になって、ヒーローとして働いている今でも感じることだった。

 「なまえ、私のこと庇ってくれたでしょ?あれ、ありがとうね。嬉しかった…。でも、それ以上に恥ずかしかったの」
 「御影…」
 「クラスの皆、誰も怪我なんてしなかったのに、私だけああなって。それに、なまえ」


 御影は一旦そこで区切って、私の目を真っすぐに見た。


 「最初の対人訓練の時、わざと負けたでしょ?」
 「!」
 「なんとなく、違和感はあったの。だけどUSJでのことで、確信に変わった。なまえはオールマイトとあのヴィランが戦っているとき、いつこっちに被害が飛んでくるかも分からないのにとっても冷静で、…」


 予想外な御影の言葉に内心唖然とする。まさか、気づかれていたなんて。
 あの時はなるべく高校に上がったばかりの子供らしく動いたつもりだった。寸前で核を取り損ねて、わざと負けた。だが、自分のあの行動がこうして御影の気持ちを傷つけていたのだ。御影は、力なく笑った。


 「分かるよ。友達だもん」
 「………ごめん」
 「ううん、いいの。怒ってないよ」


 御影のことを傷つけた。それは、私の胸に重くのしかかった。だが御影はふるふると首を横に振って、「いいの」と柔らかな表情を変えなかった。だけどね、とまた続けて、

 
 「次からは、本気で私と戦ってほしい。もう、手加減なんてしないで。ね?」
 

 そう続けた。御影は真っすぐに私を見ている。曇りのない表情に、一抹の苦しさが胸の中に篭る。だって私は、御影に言えないようなことがたくさんあるのだ。対人戦闘訓練のとき、彼女に対して全力で戦わなかったことは任務を円滑に進めるためだったが、そのことも私は御影に説明できない。私から、御影に話せることなんてない。

 「…うん、分かった」

 だが、頷くしかない。後ろめたさを感じつつも、それを隠して笑った。そうすると、御影は「ありがとう」とまた嬉しそうに笑った。