そんなわけで、私と御影の訓練は始まった。
「御影、もっと早く!」
「っ、うん!」
体育館の使用許可を取り、学校が終わってから最終下校時間まで特訓を重ねた。内容は主に、御影の影の操縦力を上げることだ。体育館内に並べた障害物の間を走る私を、御影が捕まえる。私はそれにワープで対応しながら、御影の癖を直していくのだ。
「うーん…。やっぱり、中々難しいね…。なまえ、凄く早いし…」
「まあでもワープの個性持ちなんてあまりいないからねぇ」
肩で息をしながら床に尻餅をついた御影に笑いかける。持ってきた水筒を彼女に渡して、自分もその横に座ってお茶を飲んだ。
少し開けたドアの隙間から吹いてくる風が気持ちいい。
そのまま暫く二人で静かにぼうっとしていると、御影がキャップを閉じながら言った。
「なまえはさ、なんでヒーロー目指してるの?」
「え?」
「いや、訊いたことなかったなって思って」
そよそよと吹いてくる穏やかな風に前髪が揺れる。「あのね、」と私は壁に背中を預けながら天井を見上げた。
「私ね、七歳の時にヴィランに攫われたの」
「えっ」
隣から、御影の驚いた声が上がる。私は続けた。
「家の庭で、遊んでいた時にね。一人だったんだ。玄関の向こうから知らない男の人に声をかけられて、え?って思った時には抱き上げられて、車の中に押し込められた」
「え、…それで、どうなったの?」
「両親が、私がいなくなったことにすぐ気づいたの。それですぐに警察に通報した。その時にちょうど近くをパトロールしてたヒーローがいてね。その人が、救けてくれたの」
「…」
攫われた時、自分はもう両親に二度と会えないんじゃないかと思った。身体ががくがくと震え、どうにかして逃げ出さないととは思うものの恐怖で動けず、また子供ひとりができることなんて限られていた。
そんな絶望的な状況の中、私を救けにきてくれたのは一人の女性のヒーローだった。
「そんなに有名なヒーローじゃなかったんだよ。私もその人をテレビで見たことなんてなかった。だけど、そのヒーローは私の命の恩人なの。私を家族の元へ返してくれた」
「じゃあ、その人がきっかけで…」
「うん。私もあの人がそうしてくれたように、いつか誰かを救けたいって思ったんだ」
懐かしい思い出だった。私を救い上げてくれたヒーローの暖かくて力強い腕。あのヒーローが来てくれなければ、どんな目に遭っていたことだろう。記憶の中の大切な記憶は、その後も私の胸の中に残り続け、こうしてヒーローを目指すことへの種になったのだった。
思い出に浸っていると、御影が嬉しそうに笑った。
「?どうしたの」
「いや、嬉しいなって思って。なまえ、あまり皆と話さないでしょ?私とは仲良くしてくれるけど、今までお互いの家族のこととか、踏み込んだ話題をすることなかったから。話してくれて、嬉しかった」
「御影…」
「体育祭、お互い頑張ろうね」
「よーし!もうひと頑張りするぞー!」と両手を伸ばしてすっくと立ちあがる御影。彼女の後に続いて、私もまた訓練へと戻る。体育館の中に入ってくる涼しい風に吹かれながら、こんな友だちが自分にできるなんてなんて幸せなことだろうと思う。そして、気づかなかった。開け放たれた扉の向こうから、爆豪くんが私を見ていたことに。