「いい季節だ。やっぱり天気は晴れの日が一番だね!」
向かった先は堤防だった。
広々とした堤防は、時折人が歩いていくほかには誰もいない。そよそよと草を揺らす風が心地よく、先生が言う通り空は青く澄み渡っていた。絶好の体育祭日和である。
「…先生は、私の正体をご存じなんですか」
「ああ。君は未来からやって来た苗字なまえくんだろう?ワープのほかにもう一つ持っている個性、"時間遡行"によってこの時代に戻ってきた」
ちょこんと隣に腰掛けた先生は続けた。
「君の個性のことは、入学時に国から説明を受けていてね。非常に特異で稀有な個性だ。もはや"異能"と呼ぶ方が相応しいような。珍しいといえば僕のこの個性も大概だが、君ほどじゃないだろうね!」
「私がどうして過去にいるのかも知っているのですか?」
「詳細は分からないが、大方、未来の世界で君の個性を使わなければならないほどの大きな事件が起きたのだろう。そして、君がやって来た。君が今日あの資料室にいたのは、事件に関わった人間のデータを探るためかな」
すらすらと話す先生に、感心からため息が漏れた。この過去では実際に対面したことはない私のことを、ここまで知っているなんて。しかも、先生は既に私の時間遡行の個性について知っている。それならば、今ここで訊くことができる。
そう気づいて、私は御影のことなどをすべて話した。ふんふんと頷きながら一通りの話を聞き終えた先生は「そうだね」と言って
「恐らく、君の個性は周囲の人間にどれだけ君が影響を残したかどうかで、君がやって来た未来に起きる干渉の程度が変わるのではないかと思うよ。たとえば、君は今、花吹を取り逃がしてしまわないように隠密的に行動している。普段はただのA組の生徒として。君が未来からきたということを知っているのは僕だけなら、きっと今未来に戻っても特になにも変わってはいないだろう」
「はい」
「そして村田くんのことだが、」
先生はそこで言葉を切って、私に向き直った。
「恐らくだが、君が過去での影響を最小限に抑えて未来に戻れば、彼女の存在はなかったことになっていると思うよ」
「えっ、」
「君という、いわばこの時代にとっては異物が生まれたことによって、村田くんが生まれた。それならば、君がもとの未来に戻ればそれと一緒に過去も修正されるんじゃないだろうか」
「……じゃあ、御影は消えてしまう、ということでしょうか?」
御影の笑顔をが頭を過ぎる。私の中身は二十代で彼女と年齢が離れているとはいえ、御影は私の友だちなのだ。一緒にいる中で、そんな関係になれた。御影が私が未来に帰ったあとにどうなるのか懸念していたが、"なかったこと"になるなんて。
顔を曇らせた私を気遣ってくださったのか、先生はそこで言葉を切った。
「まあ、あくまで仮定の話さ。君の個性については未知の部分が大きいからね。ところで、」
「君が探している花吹という男のことだが。彼は未来では"ロゼッタ"という反社会組織にいたが、今の時代ではなにをしているのか分からないんだね」
「ええ、そうなんです。三津田製薬会社というところで、花吹らしき男を見たという目撃証言はありますが、その会社は買収されているんです」
「それは、前川製薬会社かい?」
「!それもご存じなんですか!?」
思いがけない言葉に驚きの色を隠せない。先生は頷いて、私にひとつのUSBを手渡した。
「これは…?」
「今、政府がエンデヴァーたちと協力して追っている案件がある。それが、その前川製薬会社なんだ」
「!」
「その会社は、人体実験の容疑がかけられている。その資金のために、多数の会社から融資を受けていたようなんだ。君が追う花吹と、この事件は恐らく関係している。だから、この情報を君に渡した方がいいと思っていたんだ」
まさか、政府が追っていたなんて。それに、人体実験の容疑?ロゼッタは特にそんなことをしていたとは聞いていないが、花吹本人は関わっているかもしれないのか。とにかく、有益な情報であることには違いない。
先生からUSBを受け取って頭を下げる。
「先生、本当にありがとうございます…!必ず、花吹を捕まえます」
「ああ、宜しく頼むよ。僕にはこんなことくらいしか出来ないからね。犯人を直接追えるのはヒーローと警察だけだ。一市民としても、君の活躍を願っているよ」
それに、と先生は続けた。
「何かあれば、遠慮なく頼ってくれたまえ。君は、僕の学校の生徒の一人なのだから」
吹き渡る風が、また草を揺らしていった。先生に話したことで、胸の奥が軽くなっていることにふと気づく。はい、と返した返事は、幾分か明るく聞こえた。