「ではまずは、どこへ行きましょうか」
てくてくとアスファルトの道を歩きながら、しのぶは言った。道を囲む辺りの田園の池は、どんよりと曇った空の白さを映して寒々として見える。この街はとても長閑だ。
マフラーに沈ませた口をもごもごと動かして、「そうだなぁ」と私は言った。
「私ね、お化粧品の選びあいっこがしたいの。いいかな?」
「いいですよ、勿論。今日はあなたの願いをかなえる日なんですから」
承諾したしのぶと共に、さっそく駅の方へと向かう。と、前方から誰かがやって来た。自転車に乗っている。それは男の子で、私たちを見ると「しのぶさん!」と明るい声を上げた。
「お久しぶりです。どこかへ行かれるんですか?」
「ええ、少し用事がありまして。炭治郎くんは?」
「俺は、善逸と伊之助と待ち合わせをしているんです。、しのぶさん、こちらの方は…?」
丸い目を瞬かせて私を見た炭治郎と呼ばれたその子。彼は不思議そうにしていたが、私は彼を知っている。よく当時の柱たちと一緒にいることが多く、上弦の陸を倒したということで有名だった彼を、こちらが一方的に知っているだけだから、竈門くんが私を知らなくても無理はない。
「みょうじなまえです。はじめまして。しのぶとは、同じクラスで昔からの知り合いなんだ」
「そうなんですね!俺は竈門炭治郎といいます。宜しくお願いします」
律儀に名乗ってくれた竈門くんが差しだした掌を私も握る。握手すると、彼の掌の感触が伝わってきた。男の子らしく私よりは幾ばくかしっかりとした骨組みだが、まだ成長期の少年らしい柔らかな肌だ。かつて、鬼狩りをしていた頃の彼を思うと、なんだか妙に嬉しい気持ちになった。
「じゃあ、俺はこっちなので。失礼しますね」
「ええ。炭治郎くん、さようなら」
「さようなら!」
私にもぺこりとお辞儀をしてくれた炭治郎くんは、そのまま駆け足で校庭を走って言った。その後ろ姿を見送りながら、しのぶに訊ねる。
「彼、記憶が無いの?」
「そうみたいなんです。たしか、善逸くんにはあるとかで、宇髄さんが言っているのを聞きましたけど」
「そうなんだ…」
前世の記憶を持っている人と、そうでない人がいる。それを知ったのは、中学の頃だ。鬼殺隊で同期だった女の子ひとりと再会した時、彼女は私を覚えていなかった。
「不思議だよね、覚えてる人も覚えてない人もいるなんて」
「本当に」
私の言葉に頷くことで肯定の意を示したしのぶは、さくさくと雪が残る道を歩きながら少し黙った。中途半端に溶けかけている雪の下から黒い土が見えて、踏みしめるたびにぐちゃぐちゃと湿った音を立てた。
「だけど、」
頬にかかった柔らかそうな黒髪が揺れ、しのぶが大きな瞳で私を見た。
「私は、なまえが私を覚えていてくれて、嬉しかったです」
そう言ったしのぶは、屈託なく笑った。それは私がよく知っている昔の彼女の笑い方だった。ふふ、と嬉しそうに口元を綻ばせるしのぶに「うん」と返すと、まるで時があの頃に戻ったようだった。
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