「あっ、これなまえに似合いそう」
そう言ってしのぶが手に取ったのは、オーガンジー素材が可愛らしいリボンのついたゴムだった。色はやさしい水色で、ふんわりとしたリボンの素材と相まってたしかにこれからやって来る春にぴったりだった。
「本当だ、可愛い」
「きっとあなたに似合いますよ。ほらほら」
なんて言いながら、私の髪にリボンを重ねて鏡へと催促するしのぶは、いつもよりはしゃいで見える。鏡を覗き込むと、自分の顔の横にしのぶがひょいと映り込んできた。満足げに私の顔を見て、
「これにしたらどうですか?」
「…なんか、しのぶ凄くはしゃいでない?」
意外な彼女の姿に訊ねると、しのぶは目を瞬かせた。そして、長い睫毛が縁取る目元を伏せる。白い頬が恥ずかしがるように赤くなるから、「え」と思わず私はたじろいだ。
「そ、そうですね。そうかもしれないです…」
「や、別に、どうしたのかなって思ったから…。そんなに照れるなんて」
手にしていたバレッタをことんと棚の上に置いて、しのぶは困ったように笑った。「私、」
「嬉しくて。あの頃から、私の一番仲のいい友だちはなまえだったから」
「しのぶ…、」
「駄目ですね。私ったら」
今日はあなたの願いを叶える日なのに。
「四月になれば他県へ行くんでしょう?女子大に行くの、意外でした」
「うん、社会福祉のこと勉強したくて。それに取りたい資格もそこでなら取得できるし」
「こうしてお出かけできるのもあと少しですしね」
優しく頷いたしのぶの長い睫毛を見ながら思う。今日は、私のしたいことを叶えるためにしのぶが一日を私にくれるということになっていた。言い出しっぺは私である。終業式が終わり、センターを受ける子たち以外はそれぞれの休暇へと入っていく前日に、私はしのぶに言ったのだ。
しのぶの一日を私にちょうだい、と。
「昔はお互い鬼狩りの仕事ばかりで、あまり顔を合わせることも無くなっていましたから。ゆっくりあなたと過ごせるなんて、むしろ私の方がお願いしたいくらいでした」
しのぶは快く私の願いを了承してくれた。それが、先月末のことである。
「しのぶ、私これにする」
私が手に取ったのは、蝶の髪飾りだった。ピンクゴールドの色味がシンプルながらも可愛らしい、よく出来たバレッタだった。
それを見たしのぶは、「じゃあ私はこれを」と自分の分を買い物かごに入れた。それは、私が選んだものと色違いのバレッタだった。
「えっ、同じのにするの?」
「はい」
驚く私に、しのぶは頷いてキャッシャーの方へ歩き出した。
「記念です。今日という日の」
そう言ったしのぶに、時がまた巻き戻される。私たちの過去の時間に。戻りゆく時間の向こう側に、昔の私たちの姿が見えた。時間の中で漂い続ける私たちには、あの頃、記念日なんて作ることができなかった。いつ死ぬかも分からない環境で、振り返って思い出すような日を作ることは、戦いへの決意を鈍らせた。
「…そうだね」
しのぶの言葉を肯定するように私も頷けば、隣を歩くのは漆黒の隊服ではなく、学園の制服を纏ったしのぶになっていた。彼女の周りに、見えるはずのない桜の花びらが舞っていた。
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