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11月下旬。私は相澤先生に呼び出され、3年生が暮らしている寮に来ていた。呼びだれたのは私だけではないようで、緑谷くんや切島くんに梅雨ちゃんとお茶子ちゃんも呼び出されていて、あのインターンの話だとすぐに察した。私も呼び出されたと言う事は多分エリちゃんと通形さんの個性の話だ。

エリちゃんを刺激しないように私は寮の外で待つ事にして、10分も経たないうちに、相澤先生と通形さんと天喰さんとインターン組が外に出てきた。
なんでも、エリちゃんは寄る辺がないらしく、個性が暴走しないように学校で預かる事になったそうなんだが、エリちゃんの個性の源である額に生えている角が、最近伸び始めて来ているとの事だった。

「エリちゃんが身体も心も安定するようになれば…無敵の男、復旧の日も遠くない」

天喰さんが通形さんの肩を軽く叩いて、そう言うと、通形さんは明るい声で、そうなれば嬉しいね!と溌剌とした態度で笑った。
相澤先生が通形さんの顔を見て、ついで私の顔を見て怠そうに口を開いた。

「その件だが、佐倉」
「やってみないとわからないですし、私の魔力が足りない可能性の方が高いんですが…」
「説明してやれ」

成るべく言葉を選んで、他の人にもわかるようにエリちゃんと通形さんの個性をどうにかする可能性を説明した。

「先ず、エリちゃんなんですけど“消(イレイズ)”を使えば、彼女の個性を消すことが出来ます。それによって先輩の個性が戻るかどうかはわかりません」
「個性自体を消す…」
「もう1つは“時(タイム)”で時間を巻き戻す事です。ただ私はこれを使う時は周囲を巻き込んで使っているので、誰か1人だけという使い方はした事がありません」

そう言うと皆の表情が固まった。インターンでの出来事は激戦で出来ればもう2度と経験したくないものだろう。出来れば私だって通形さんだけの時間を巻き戻したい。でもエリちゃんの個性で通形さんの時間を巻き戻して、個性発現前に戻ったのなら、話は難しくなってしまう。

「あくまで可能性の話で、100%の確率で出来るというわけではありませんが」
「…でもそれが出来たら、ミリオ先輩の個性とエリちゃんの個性は」
「望み通りになる!」

そんな漫画のように上手くいくかはわからない。可能性だって五分五分でエリちゃん含め、通形さんや私にどんな影響が出るのかもわからない。
そうなったらいい。皆が笑えるような結果にしたい。

それがヒーローとしての私の第一歩かもしれない。

「わかった。A組は寮へ戻っていろ。このあと来賓がある」

相澤先生に言われたように、私達はエリちゃんに挨拶をしてA組の寮に戻る事になり、部屋着に着替えて広間に行くと、皆がそれぞれやりたい事をやっていた。喉が渇いたから飲み物を飲もうと、台所に向かうとお茶子ちゃんが先にマグカップに飲み物を注いでいて、私の分のお茶を注いでくれた。

「緑茶だ」
「お茶子だけに…なんちゃって!」
「お茶子だけに、だね!」

私専用のマグカップにお茶を注いでもらい、広間に戻って談笑していると、プッシ―キャッツの皆さんと洸汰くんが復帰の挨拶にと来てくれた。敵連合“ヴィラン”に奪われたラグドールさんの個性は戻ってないそうなのだが、ヒーロービルボードチャートJP下半期で活動をしていないにも拘わらず、411位で待っている人達がいると強く実感したと言って、すぐにでも動き出そうという事らしい。

緑谷くんと話していた洸汰くんが私の所にやって来て、私の穿いているハーフパンツの裾を遠慮がちに握った。そんな洸汰くんと同じ目線になるように、手に持っていたマグカップを近くのテーブルに置いてしゃがみ、どうしたの?と聞くと、彼はその小さな手を私の頬に伸ばし、撫でてくれた。その瞳は申し訳なさそうで、思わず首を傾げる。

「もう痛くないか?」
「ん?何が?」
「合宿の時噛んじまったから…」
「……あぁ、もう大丈夫だよ。ありがとう」

洸汰くんに噛まれたことを今の今迄忘れていたくらいだ。でもそれを言うと、洸汰くんの罪悪感と謝罪が無駄なものになってしまうような気がして、私はお礼と一緒に髪を両手で軽く持ち上げ、首筋を見せ何ともない事をアピールして笑うと、洸汰くんは安心したように息を吐いて笑った。

「ヒーロー頑張れよ」
「ありがとう」

両親の事があったのに、私にそんな事が言えるようになったのは、緑谷くんとの出来事が大きいんだろう。赤い帽子の上から洸汰くんの頭を撫でると、彼は照れ臭そうに笑い、私の手を払いのけた。

「子供扱いすんなよ!」
「あははっ、ごめんね」

十分子供なのに子供扱いをして欲しくないとは、成長期なのだろうか。私が言えた立場ではないが多感な時期の子どもは大変だな。なんて頷いていると洸汰くんはプッシーキャッツの虎さんの所に戻り、私の隣には焦凍くんがやって来た。

「前もこんな事があったね」
「…そうだな」
「あ、覚えてないでしょう?」

そう言いながら立ち上がると焦凍くんは、私の首筋を指でなぞり耳元に唇を近づけた。

「痛かったか?」
「…っ、」

意地悪だ。今日の焦凍くんは意地悪だ。
覚えているからこそ、こんな台詞が言えるんだ。

頬に集まった熱をそのままに、足を一歩後ろに引いて、焦凍くんから距離を取り両手で首筋を守ると、彼は小首を傾げた。
なんで距離を取られたのかがわからないといったような表情に、思わず溜息が出る。これが2人きりならまだ兎も角、皆の目がある広間なのだから、私は当たり前の反応をしているだけだ。それなのに焦凍くんがそんな表情をしていると、私が間違った反応をしているのだろうか?と思ってしまう。

大分焦凍くんに絆されていると思う。

「覚えてたんだね」
「ん、悔しかったからな」

騒がしい広間ではオールマイト先生のいない、ビルボードチャートの話をしていて、それを耳にした焦凍くんは何かを考えている表情で空を見つめていた。

焦凍くんが何を考えているのか、私には心情を察する事も、読み取る事も出来なかった。

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