110




私以外の全員がくじをか引き終え、A組、B組の全員の組み分けが終了し、心操くんがA組の1番とB組の5番になった。私はと言うと、最終戦且つ最後まで私の対戦相手がわからない今、どの試合も集中して見なければならない。A組は圧縮訓練中一緒に訓練しているとは言え、常に周りを見ているかと聞かれると自分だって目の前の事に集中しているのだから、見ているわけがない。
焦凍くんの訓練の様子だって、本人の口から聞くだけで実際にその様子を見たのは、1度か2度だけだ。

「頑張らないと……!」
「柚華ちゃんやる気に満ちとるねぇ!」
「勿論!お茶子ちゃんの事もばっちり見てるからね」
「恥ずかしいなー」

お茶子ちゃんは照れたように、右手を頭の後ろに回し頬を赤らめた。
彼女の順番はまだ先なので、ビルの屋上から試合を観覧する事になる。

スタートは自陣からで、制限時間は20分。時間内に決着がつかない場合は、残りの人数の多い方が勝ち。
シンプルなルールでわかりやすい。ごちゃごちゃ考えなくて済む。兎に角相手……ヴィランを捕まえればいいだけの話だ。私の場合は自分以外が敵なわけで、そう考えると仮にミラーの様な個性があったとしても、惑わされないで済む。

開始1分で既に交戦している。初戦だからこの展開が早いのかどうかなのかはわからないが、大分皆の個性を観察する事が出来る。先ずは空気を固める事が出来る個性と、強靭な肉体になる個性。そして心操くんが首にぶら下げていたいかつい道具は変声機だったようで、獣の人……ビーストだったかな?が固まってしまってしまっている。が、ビーストの背中に乗っている空気を固める人が、殴る事でビーストが動き出した。

成程。衝撃を与えれば心操くん個性が解けるわけだ。

「心操くんと当たった時は、誰の声にも反応しないのが吉……と」
「研究しとるねぇ」
「柚華さん、此処にいる全員分の個性覚えるつもりなのか?」

突然後ろから話しかけられ、無意識に肩が跳ね上がった。しかし、耳に馴染み過ぎているその声に笑みを浮かべて振り返ると、しゃがみ込んだ焦凍くんがいた。焦凍くんの方を振り向いたままだと、ディスプレイに映し出される試合が見れないから、前に向き直り口を開いた。

「A組は兎も角、B組の方は体育祭も知らないから、得意不得意もわからないじゃない?だからB組のだけはきっちりと覚えて、A組のは不得意のだけ覚えようかなと」
「成程……」
「2人のもちゃんと把握する予定だから!」

そう言うと2人は別々の反応を見せた。
焦凍くんは真顔のまま頷いたのに対し、お茶子ちゃんは焦ったように眉を下げた後、握り拳を作って気合を入れた。

「把握させへんように頑張る!」
「……この試合、俺たちにとって次のヴィランに対して弱点を見せないようにする事も含まれてんのかもな」
「あぁー。そういう見方も出来るね」

オールマイトが引退した後、ヴィランたちは、徒党を組んで悪事を働くようになった。敵連合ヴィランがいい例だろう。仲間と組むのであれば、ある程度その土地にいるヒーロー事務所の個性を把握している筈だ。私がヴィランだと仮定すれば、必然的にヒーローの個性や弱点を調べたりする。
その方が勝率が上がるからだ。
しかし、ヒーローだってホイホイと個性の弱点を敵に教えるわけにはいかない。今回はヴィランを倒せても、弱点を見せれば次は突破されてしまうかもしれない。
絶対的強者がいない今、ヴィランだって可能性を見出す。

私用に最後の試合をランダムで選ぶのかと思いきや、そういう目論見があるとは……。

ランダムで選ばれる。最後の試合に自分も出るかもしれない。その意識が働けば弱点が出やすくなる無茶な行為はしないだろう。だが、その意識を保てるまま今行われている試合に勝てるのかと言うと、そんなに甘い試合でもないようだ。

「梅雨ちゃんたち苦戦しとるね」
「B組の個性にまだ適応出来ていないのか、個性の性質を理解している上で適応出来ていないのか」
「心操って奴が要何だろうな。今試合は特にそうだろ。あのマスクは厄介だ」
「確かに……気心知れた仲の声で話しかけられると無意識に反応しちゃうし、敵だったらって考えると連携がとり難いね」

じっと座って行われている試合の流れを見ながら、その場で意見を出し合って状況を把握したり予測したりする。学生らしい時間に、ふと彼の事が頭を過った。

四月一日くんはもう……。

空を仰げば鮮やかな青が広がり、重厚な雲が所々に広がりを見せている。
この世界は何処かと繋がる事が出来る世界。いや、この世のあらゆる世界は常に何処かの世界と繋がっていて、干渉しないまま、細い糸で繋がっているような、その糸を手繰り寄せる事は出来ないけれど、確かに繋がっている事を知っている。
好きな所に複数回飛んでいけるわけではないし、一度に使う魔力の量が普段訓練で使用してる魔力の量に比べて、比べ物にならない程に多い。

試合状況が映されている大画面から大きく外れ、空を見上げる私に気が付いた焦凍くんが、私の腕を軽く引き寄せ、自分の方に意識を向けさせた。

「柚華さん?」
「あ、何でもない。ただボーっとしてただけ」
「気分悪くなったら言えよ」
「うん」

私が頷くと、焦凍くんも頷き視線を大画面に向けた。今も2チームが熾烈な争いを繰り広げているのにと言うのに、意識を遠くに向けてしまった。反省せねば……。

「イチャついとるねぇ」

横で私たちの様子を見ていたお茶子ちゃんが微笑ましそうな、小さい子供にお菓子をあげるあ婆ちゃんのような表情で私たちを見ている。その視線がくすぐったくて、その視線から逃げるように他所に視線を向けると、尾白くんがいて目が合った瞬間彼が目を逸らした。

「っ!」

見られてた!絶対に見られていた!
お茶子ちゃんにも尾白くんにも見られていた……!
恥ずかしさに頬が熱を持ち、肌が赤みを帯びる。それが皆に、特に焦凍くんに知られたくなくて、勢いよく両手で頬を叩いて、誤魔化すと同時に意識を完全に大画面に向けた。

パン。と小さな音は画面から聞こえる爆音に掻き消された。
 
- 111 -
(Top)