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「先生。話があります」
「……改まってなんだ」

雑音。と呼ぶよりは喧騒と呼ぶ方がこの職員室の中を表現する方があっているだろう。何せ雄英高校は生徒の数が多い。それを指導する先生の数だって他の高校に比べて格段に多い。私が通っていた十字学園はここまで先生は多くなかった。放課後の生徒が大体寮に帰った時間、大体の先生は職員室で作業するようで相澤先生も職員室にいた。
デスクの上に置かれたノートパソコンを両手で打っていた相澤先生の横に立ち、話がある、と言うと相澤先生は作業の手を止めて、回転椅子を僅かにずらし私を見上げた。

「あら、轟くんはいないの?」
「はい」
「アンタたちはニコイチだと思っていたわ」
「ニコイチって……」

ミッドナイト先生の手に持っているマグカップからは湯気が立っている。
半分は冷かしであるその言葉に苦笑いしていると、相澤先生がふらりと立ち上がり何処かに向かって歩き出し、私もミッドナイト先生に頭を軽く頭を下げ、相澤先生の後に続いた。
生徒指導室とプレートに書かれた扉を潜ると、長机が向かい合わせに2台置かれパイプ椅子が2個づつ計4個づつ置かれていて、気怠そうにしている相澤先生が窓側のパイプ椅子の背凭れを引いて、そこに腰を掛けた。私はその向かい側のパイプ椅子に腰を掛けた。

「で、何だ。話って」
「私ヒーローになりたいです」
「だろうな。じゃなきゃ此処にいないだろ」

先生の言葉に頷いた私は、1度深呼吸し言葉を選びながら口を開いた。

「……私の本来の年齢は17歳です。学年で言うなら2年です」
「あぁ。が、お前はヒーロー関連の事を一切知らない。この世界の常識だってそうだ」
「はい。ですが、もうこの世界の事だって知っています。ヒーローに関する法律や歴史だって学びました」

大体の事は学んできたし、この先実践の方が割合大きくなってくるだろう。
職場体験然り、インターン然りだ。1年の後半から実践授業が大半を占めるようになるなら、3年生になる頃には学科よりも実戦がメインになっているに違いない。通形先輩たちもインターンを中心に学校生活しているようだし。

「お願いします。私を……次の4月で3年生にして下さい」
「………早く1年卒業してどうなりたいんだ」
「1人でも多くの人を救いたいです」

だって、私はもう知ってしまったから。
顔を綻ばせて笑ってくれる人を。



ふう……と吐く息が僅かに白く、鼻孔を抜ける空気が高揚した体温を冷やしていく。今日の訓練はいつもと違ってB組と合同で行うらしく、普段とは違った賑やかさがある。
……まぁ、物間くんなんかは初っ端からA組に向かって喧嘩紛いなものを売っては、相澤先生の捕縛布で首を絞められているが。そんな中、相澤先生とブラドキング先生は特別参加者ゲストがいると口を開き、2人の先生の後ろから心操くんが姿を現した。

「ヒーロー科編入を希望している、普通科C組心操 人使くんだ」

 心操くんが現れてからのクラスの皆の反応は三者三様だ。彼の個性について話始める人もいれば、心操くんが首に巻いている捕縛布を指摘している人もいる。彼が身に着けているものに反応するのは、単純に興味があるからなのか、相手の身体特徴を知りたいからなのかはわからないが矢継ぎ早に心操くんに質問している。

「一言挨拶を」

相澤先生が心操くんに挨拶をするように促すと、心操くんは少し考えるように間をおいて口を開いた。

「何名かは既に体育祭で接触したけれど、拳を交えたなら友だちとか……。そんなスポーツマンシップ掲げられるような、気持ちの良い人間じゃありません。俺はもう何十歩も出遅れている。悪いけど必死です。立派なヒーローになって俺の“個性”を人の為に使いたい。この場の皆が超えるべき壁です……馴れ合うつもりはありません」

「今回はA組とB組の対抗戦!! 舞台はここ運動場γの一角!! 双方4人組をつくり一チームずつ戦ってもらう!!」

ルールは単純明快で相手チームの4人を根津校長のイラストが描かれた牢屋に入れるか、終了時に残っている人数が多い方が勝利。
心操くんや私を含む端数はどうするのかと言うと、先ず心操くんはA組、B組それぞれのチームの中に1回ずつ入り、5試合中2回は5対4の訓練になる。という事だ。私の方はと言うと、A組の中で4人1チームを作り、そのチームと対戦して相手チームの4人全員を牢屋に入れる……というものなのだが、鬼畜過ぎないか? と思ってしまうのは私だけなのだろうか?

まぁ、B組の人間を入れないし、個性を知っているA組の人間なんだし、3年生になりたいならそれ位乗り越えて見せろよ。ってことなんだろう。

……どこまでもプルスウルトラの精神で行け。

そう言われているような気がした。拳を握って頷くとそれを見た相澤先生も頷き返してくれた。

心操くんを入れた5人でも4人捕まれば負けのルール。正直訓練初参加の心操くんがどこまでついていけるかわからないが、4対5では数の有利は5人のチームだが、そこには心操くんがいるわけで、しっかりとしたハンデもある。ブラドキング先生はお互いを敵(ヴィラン)だと認識しろ。と言った。

「これは……中々に厳しいね」
「柚華さん大丈夫か? 1人と4人なんて不利にも程があるだろ」

私を心配してか焦凍くんが声をかけてくれた。確かに何も事情を知らない生徒からしてみれば、あまりにも厳しい訓練内容だろう。しかしこれは進級をかけた試合であり、試験なのだから甘い事は言ってられない。
握ったままの拳を焦凍くんに見せ笑顔を作った。

「絶対、大丈夫だよ! どんな試練も乗り越えてみせるよ」
「あんま無理すんなよ。またどっかで寝ちまうかもしんねぇし」
「あはは……随分と懐かしくも恥ずかしい話を……」

この雄英高校に入学する為の試験を受けた時、魔力の使い過ぎの所為で公園で寝てしまった事を焦凍くんは覚えているのだろう。申し訳なさなのか恥ずかしさなのかはわからない、酷く曖昧な感情のまま笑うと、焦凍くんは私の頭にその大きな手を置いて、労わる様にゆっくりと撫でた。

「しょ、焦凍くん?」
「……よし」

何がよしなのかさっぱりわからなかったが、何かに満足した焦凍くんはくじを引きに相澤先生のところに行ってしまい、残された私は、その様子を見ていた三奈ちゃんに揶揄われたのだった。
 
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