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 1回戦はA組の勝利で幕を閉じた。両チームにとって苦戦だったであろう今回の試合、終わった後、相澤先生の前に横並びに立つと、流れるように相澤先生が「反省点を述べよ」と言うと、切島くんを筆頭にA組と心操くんが自分で気付いた反省点を言っていく。勿論その場にB組のチームはいなくて。彼らは彼らで、担任であるブラドキング先生の前で横並びになって立っている。
 相澤先生が各々の改善点を指摘し、次の2番チームの準備時間に入った。

「それではガンバレ拳藤、第2チーム!」

 私情を挟むブラドキング先生のアナウンスで始まった試合だが、先生が直接鼓舞をするくらいなのだから、拳藤さんは相当なやり手なのかもしれない。瀬呂くんもそう思ったのか、B組の人鉄哲さんに拳藤さんの事を尋ねていたようで、多少距離が置いて座っていたにも関わらず、彼の声は耳に入ってくる。

「ありゃやる女だぜ!なんたって委員長だからな!頭の回転早くてとっさの判断も冷静だ!それでいてクラスをまとめる明朗な性格!あれがいなきゃ、今頃皆物間に取り込まれてら!B組の姉貴分、それが拳藤一佳という女だ!」

 鉄哲さんの紹介を聞いていた焦凍くんがボソッと「とっさの判断……か」と呟いた。
 それは独り言のようで、誰の反応も気にしないまま、さっきまで試合光景が映されていた大画面を見上げている。

「八百万のオペレーションがうまく刺さるかどうか………」

 その横顔は、百ちゃんを心配しているようで、尾白くんが「オペレーション?」と疑問を口にしても、耳に入っていないようだ。多分期末の時の事を思い出しているのだろう。あの時の百ちゃんは誰が見ても自己嫌悪に陥っていて、原因の一部に焦凍くんという存在があったのだ。自分が原因で百ちゃんの調子を僅かに下げていると知れば、目も離せないだろう。しかし、今画面に映る百ちゃんはあの時のような不安そうな表情は見せてはいない。

 どちらかと言えば、自信に満ちた表情をしている。

「……また、弱気になんねェといいが……」

 試合は0-4でA組の負け。全員が捕まり、時間を待つことなく試合は終了した。
 焦凍くんは百ちゃんの事が気になるようで、画面に映し出される意識を失った百ちゃんの顔を見て、小さな声で呟くが、その声色は試合開始前の時と同じように心配の色を孕んでいて、私の耳に届いた。
 正直、大丈夫だと思うよ、と言ってあげたがったが、私の言葉で聞くよりも本人の口から聞いた方が、焦凍くんも安心するだろうし、何より今彼に声をかけると「そんなに心配?」と口に出してしまいそうで、嫌だった。

 ……心が狭いとは思う。
 焦凍くんは仲間である百ちゃんの事を心配しているだけなのに、A組チーム全体ではなく、百ちゃん単体と云う事に言い知れぬ何かが、心の奥底に暗い影を落してしまう。

 試合で傷ついた人たちをリカバリーガールの元まで運び、試合会場が今の試合で破壊されてしまった為にそのまま休憩を取ることになった。勿論、訓練場γは使えなくなったので、他の会場に移動しながらの休憩だ。

「次は焦凍くんたちのチームだね」
「あぁ」
「えっと……」
「どうした?」

 移動している最中、当たり前の様に隣を歩く焦凍くんに話かけるも、いつものように返事は単調なものしか返って来ない。いや、彼がこういう性格の人だというのはわかってる。だけど、先程の件もあり、いつもの様にスムーズに会話が続ける事が出来ず、言葉に詰まる。

「頑張ってね……!」
「ん」

 もっと気の利いた言葉だってあるはずなのに、何も出て来やしない。こんなんじゃダメだ。
 グッと苦しくなった息を吐き出して、私は早歩きで観覧場に向かった。焦凍くんはこのまま試合会場に向かうだろうし、ついては来ないだろう。心の狭さを知られる前に離れられるタイミングがあってよかった。と胸を撫でおろしてとあるビルの屋上に上った。そこにはやはり大画面が設置されていて、試合状況を見る事が出来る。

 どこに腰を掛けようか。と、辺りを見渡すとお茶子ちゃんが手を振っているのが見えた。周りには緑谷くんや峰田くんに三奈ちゃんもいて、A組で固まっているようだ。
 私はお茶子ちゃんに手を振り返して、皆の所に足を向けた。

「先に来てたんだね」
「うん!次、轟だねー」
「どうせさっきまでイチャついてたんだろ?!リア充が!」
「はは……」

 峰田くんから謎の嫉妬を受けながらも床に腰を掛けた。正直、あの後だし何処となく一方的に気まずいが、そんな事はここで話すべきことじゃない、と言葉を噤むと愛想笑いが出てきた。

 試合開始直後、早速周囲の建物を壊しながら前に進む鉄哲くんに、この後また試合会場が移るんだろうなぁ……。なんて考えていたら、そんなぼんやりとした思考を吹き飛ばす程の氷結が画面一杯に映った。
 焦凍くん得意の巨大氷壁だ。

「相変わらずぶっぱが強ぇ!!ズルイ!」
「でも、視覚遮っちゃう氷塊じゃないよ。改良しとる」
「頑張れ……!」

 そこからの展開は凄まじいものだった。焦凍くんの左の炎でカメラが故障し、尾白君や飯田くん障子くんの活躍であと一歩のところまでB組を追い詰めたが、B組と交戦していた、焦凍くんと飯田くん、それに、鉄哲くんと骨抜くんが気絶し地面に倒れたり、と。今まで以上に先の読めない展開に、私は固唾を飲み込み手に汗を握った。

 頑張れ。頑張れ。と心の中で何度も何度も応援した。勝って欲しいとは思わない。出来れば勝利が望ましいのだろうが、今大事なのはきっと勝利よりも成長する事、壁を乗り越える事だ。

 結果といては、1-1の引き分けで幕を閉じた。
 本人たちにしてみれば悔しい結果だろう。リカバリーガールの元へ運ばれていく傷だらけで意識のない焦凍くんを見ながら、握り拳をきつく握った。
 気絶者多数で反省会は後に回され、第4セットの準備に取り掛かった。

 保健室まで行く事は多分出来ない。私は最終試合とは言え、誰が相手なのかわからない。わからないから此処を動く事は出来ないし、したくない。
 ……勿論焦凍くんの心配をしていないわけでもない。出来るなら駆け寄りたい。でもきっと焦凍くんはそれを望まない。

 私も頑張るからね。応援してね。
 
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