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 霧が晴れる前に攻撃を仕掛けなければならないが、焦凍くんはそんな時間を与えてくれるわけがない。一瞬。その刹那で勝敗が決まりそうな緊張感に身体の奥が冷えていく。

「矢(アロー)!」

 殆ど反射だった。
 頬に僅かな冷気を感じ、矢を放つと倍々と増えていく矢が巨大な氷を砕いていくも、焦凍くんと私の距離が近い所為で、矢(アロー)の矢が思ったよりも少なく、矢で砕けた大きな破片が頭上から落ちてくる。

「跳(ジャンプ)!」

 それを避けるように後方に飛び上がって、建物2階相当の高さまでまた跳ね、紅白の頭目掛けて一撃を放つ。

「撃(ショット)!」

 杖を焦凍くんに向けて、撃(ショット)を誘導させるも、焦凍くんが新たに作りだした氷で撃(ショット)の攻撃を防いでしまった。が、撃(ショット)の攻撃が焦凍くんの作り出した氷を2つに割り砕いた。その隙にすかさず攻撃をしようとするも、予測動作がない焦凍くんの炎攻撃の方が先に決まってしまう。

「喰らえっ!!」
「っ!水(ウォーティー)!!」

 跳(ジャンプ)で飛び上がった私は後は落ちていくだけで、その無防備な私を彼が見逃すはずもなく、炎が放たれる。動き続ける私を盾(シールド)で防ぐ訳にもいかず、かと言って雨(レイン)で相殺するには、焦凍くんの放つ炎の威力が桁違いすぎる。
 となれば、残された選択肢は逃げるか、水(ウォーティー)で相殺するかのどちらかだ。万が一にでも翔(フライ)で逃げて羽が燃えたら目も当てられない。残された手段は、水(ウォーティー)で相殺するしかなく、目前まで迫り来る炎を水(ウォーティー)で相殺し、再び霧が発生した隙に跳(ジャンプ)で高い建物の影に身を隠した。

「ふ、……はぁっ、はぁ……」

 体力、というより魔力の消耗の方が激しい。立て続けに四大元素カードを使っているのは凄く痛手だ。
 壁に背をつけ上がっている息を整え、焦凍くんの目的を探ってみるも、1つしか思い浮かばない。

 今この現状だろう。

 私が魔力を使えば使う程、ガス欠になり、最後は眠ってしまう事を焦凍くんは知っている。私は魔力か使えなければ、ただの一般人だ。その事を彼はよく知っている。

 さて、どうしたものか。と沢山あるカードの特徴を1つづつあげていき、あの手この手を考えた。
 出た結論は情けない事に1つしかなく、私はポケットから鏡(ミラー)を取り出した。

「我が姿を映しだせ。鏡(ミラー)」

 カードは形を変え、鏡を持った少女に変わる。その少女が再び姿かを変え、今度は私と瓜2つの姿形になった。

「主さま」
「力を貸して鏡(ミラー)。焦凍くんの相手をして欲しいの。跳(ジャンブ)を貴方に授けるから、何とかそれで逃げ切って欲しい」
「……え、え?」

 状況が呑み込めていない鏡(ミラー)は、顔を右往左往に動かしながら、汗を垂らしている。
 鏡(ミラー)は知っているのだ。焦凍くんがどれだけ強いのかを。だからこそ、困惑の表情を隠せないでいる。それでも私は彼女に頼むしか方法は残されていない。

「ごめんね。負担をかける事は分かっているんだけど、鏡(ミラー)にしか頼めないの」
「……わかりました。どのくらい逃げていればいいのでしょうか?」
「私と反対方向に、出来るだけ長く」

 コクリと頷いた鏡(ミラー)は建物の陰から飛び出した。私もそれに倣うように鏡(ミラー)が走って行った方向とは反対方向に走り出す。
 駆(ダッシュ)でいつもの何倍も速く走る私の視界には、試合会場である工場地帯にしてはすっぽりと空間が出来てしまっている空間がある。まるで会場を整えたとでも言わんばかりのその空間には、何か仕掛けがされているに違いない。
 ここは1つ、試してみよう。と私はポケットから幻(イリュージョン)を取り出した。

「彼の者が強く思う姿を映し出せ“幻(イリュージョン)”!」

 私は誰にも見つからないように太いパイプの陰に隠れると、近くから轟音が聞こえた。
 遠くの方から緑谷くんの「佐倉さんが来た!」と叫んでいる声も聞こえてくる。そこで私は緑谷くんと他に少なくとも1人が整えられた空間の近くにいることがわかった。
 そして少なくとも、緑谷くんが頭の中で強く思っていたことは、私の姿であるということもわかった。

 さて、私を一体どうするつもりだったのか。と太いパイプから整えられた空間を見ようとした瞬間、視界の端に白いテープが勢いよく迫ってくるのが見えた。
 咄嗟によけようとするも、立ち上がり走り出すまでのほんの1秒の間に、私の身体は瀬呂くんの個性であるテープによって、拘束されてしまい、整えられた空間に連れ出されてしまった。

「なんで……っ!」

 どうして居場所がわかったの。なんて言葉は余りにも愚問だった。私はすっかり忘れてしまっていたのだ。響香ちゃんという最高の諜報員の存在を。
 あれだけ足音を立てて走っていたら気が付かれるに決まっている。しまった。と思ってももう遅い。このままあの校長先生が描かれた連れて行かれるに決まっている。どうしたらいいんだ。と打開策を考える間にも、瀬呂くんが走ることで牢屋に近付いて行く。

「このまま一気に牢屋まで連れて行くんだ! 佐倉さんと長期戦をやれば、確実にこっちが全滅してしまう!」
「おう! このまま一気に……!」

 半ば引き摺られる形になってしまっている私の全身は瀬呂くんのテープに巻かれていて、カードを取り出せそうにない。そんな中、響香ちゃんが緑谷くんと瀬呂くんに対し、止まって! と叫んだ。

「足音が2つ……1人は轟だとして、もう1人は……」

 困惑している響香ちゃんの声を聞いた私は、1つの作戦、というにはお粗末な打開案を思いつき、コレだ。コレを使わない手はない。と私は無理矢理唇で弧を描いた。

「主! 申し訳ございません!」
「え?! と言う事は……この佐倉はカードなのか?!」

 鏡(ミラー)に向かって力の限り叫んだ私の言葉に反応した瀬呂くんが少しテープの拘束力を弱めた。然しまだ、ポケットからカードを取り出せそうにない。だが、それでいい。それがいい。
 あとは鏡(ミラー)が私の言葉の意味を汲み取ってくれればそれでいい。でもそんな心配はする必要なんて何処にもない。だって私とカードたちは、いつだってどんな時、どんな場面でも切り抜けて来たんだから。

「絶対、大丈夫だよ」

 小声で零した最強の呪文。一番近くにいる緑谷くんの耳にも入らなかったようだ。ブツブツと何かを呟いているから誰の声も入っていないのかもしれないが。
 轟音が鳴り響くと同時に地面が揺れる。それ程までに焦凍くんが繰り出す個性の威力が強いのだろう。2試合目だというのに疲れをしらないのか。なんて破格の強さに頬を引き攣らせていると、鏡(ミラー)の影が建物の陰と重なった。

「鏡(ミラー)!」
「主!」

 鏡(ミラー)は自分の名前を自分で呼んだ。つまり、私が言わんとしている事を正確に汲み取ってくれたのだ。
 すぐさま私を縛り付けている瀬呂くんに向かって、頭上から踵落しを決めるも、飛び出した緑谷くんに塞がれてしまう。
 緑谷くんを踏み台にして鏡(ミラー)は跳(ジャンプ)で高く跳ね上がり、丁度太陽を背中に背負った。
 人間、眩しいものには自然と目を瞑り、暫くの間視界不良になる。その一瞬の隙に鏡(ミラー)が私の身体を拘束している瀬呂くんのテープを千切ってくれ、私は晴れて自由の身となった。

 さぁ、戦いはこれからだ。
 
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