掃いて捨てるだけの愛

私が好きな人は私の事を好きじゃない。こんな経験をしている人はこの世の中にごまんといるだろう。好きな人が自分の事を好きでいてくれることなんてどのくらいの確立なのだろうか。

確率論の話をしたってこの不毛すぎる恋に変化なんてないんだから考えるのをやめよう、と頭を振って1Rの部屋のベッドに横になる。右手に握っているスマホは誰からの着信も告げないし、メッセージアプリを開いてみるがやっぱりなんのメッセージも届いてない。届いたとしても私が待ち焦がれているあの人からじゃない。

いいように遊ばれているってわかっている。あのヒーローが私なんかを相手にしないっていうのもちゃんと理解している。でも1度夢みたいな時間を過ごしてしまってからはまるで底なし沼のように嵌り続け、気が付いた頃にはもう身動きは取れなくなっていた。

「今週もヒーローショート大活躍でしたね!」
「強さだけじゃなく、端正な顔立ちや真面目な性格が世の女性を虜にして離さないですよねぇ」
「なのにそういった話題が全く出てこないなんて凄いですよね」

そう、私が恋焦がれるその彼は、ショートこと轟さんだ。
最初こそ私と轟さんが繋がれたことが嬉しくて、幸せが胸を満たした。

私は所謂セフレって奴なんだろう。そして轟さんには私のような相手が沢山いて私はその中の1人で履いて捨てるような存在なんだ。

「なんで好きになっちゃったかな…」

なんであんな人を好きなっちゃんだろう。私の手に収まりそうにない人なのに…だから好きになってしまったのだろうか?わからないから知りたくなってしまったのだろうか。
だとしたら本当にこの恋は辛い。どれだけ時間をかけても轟さんの事はわからないし、彼の気紛れで私に温もりを与えてはいなくなるんだ。

テレビの音に紛れた私の溜息に心が重くなる。
これで私が轟さんが私以外の女の人を会っている所を見たことがなかったら淡い希望を持てたが、残念なことに私は轟さんが私以外の女の人と会っている所目撃したことがある。後ろ姿だったが好いている人の姿を間違うわけない。しかもその好いている彼が隣に並んで歩く女の人に向かって微笑んでいたのだ。

「馬鹿みたい…」

期待だけさせておいて期待したものを決して与えてくれない。与えてくれるのは気紛れに与えてくれる温もりと快楽だけで心まではくれない。テレビの音も耳障りに聞こえ近くにあったリモコンで電源を切り私は瞼を瞑った。すると今度は玄関のチャイムが鳴った。今の時間は夜中で宅配なんてこの時間やっているわけがなし友達だってこの時間に来るんだったらメッセージを1通入れる筈だ。となるとこの夜中の来訪者はとてもじゃないが常識的な人だとは思えない。1Rで1人暮らしのこの部屋に響くチャイムが数回鳴り、玄関の扉のドアスコープから外を見ると紅白頭の男の人が立っている。確かにこの人に常識は通用しないかも。なんて思いながら鍵を開けると私が扉を開くよりも先に扉が開いて、体重を預けていた私の身体が前のめりに倒れていく。

「あ…」
「お、」

倒れていく私を受け止めてくれたのは轟さんで、彼は私を抱きとめたまま私に大丈夫か?と聞いてくれる。

「大丈夫、です」
「そうか」

触れ合っている部分が布越しなのに暖かく感じる。それが伝染して心臓が早鐘を打つ。離れなきゃと思うのにもう少しこのままでいたいとも思う。矛盾した気持ちが入り交じって私を苦しめているのに、轟さんはいつもの無表情で私の肩を軽く押し返した。

抱きしめてくれることもない私たちの関係。冷たく息が詰まる。こんなにも轟さんを好きになってこんなにも心が貪欲に轟さんの1番を求めるなんて思いもしなかった。

私の家の中に入っていく彼の背中に寂しさが募って勝手に涙が溢れる。この人の傍にいることが私の幸せだと思っていた。でももうそうじゃないのかもしれない。轟さんと彼の隣に並ぶ女の人を見たあの瞬間からきっと手に入らないと諦めたのかもしれない。それでも身体を重ねたのは他でもない執着だ。愛情なんかじゃない。

「苗字…?!」

何も言わない私を心配して振り返った轟さんが私の泣いている姿を見て息を飲む。そうだよね。私轟さんの前で泣いたことなかったもんね。笑って会いに来てくれたんですね!なんて言えるほど私は馬鹿になれないの。

「もう、ここに来ないでください」
「なんでだ?」
「耐えられないんです…私は1番目がいいんです…!」
「何の事だ?」

なんでこんな時にまで白を切るんだろうか。私が轟さんが私以外の人と関係を持っている事に気が付いていないとでも思っているんだろうか。最低な男。それでも私が好きな人。

「私知っているんです。轟さんが複数の人と関係を持っていることくらい。私を、好いていないことくらい」
「は?待て…勘違いしてねェか?」
「馬鹿にするのもいい加減にしてください!!…っ!轟さんなんて大きっ!」

大嫌い。なんて子供じみたセリフを吐こうとした瞬間、その言葉は口の外に出ることなく重なった2人の唇の隙間に溶けていった。やめて、離れて。と言葉を言いたくともどれもかき消されてしまう。壁に押し付けられて無理矢理口を塞がれそれでも心の底で喜んでいる自分に腹が立つ。

「ん、ん…」
「…っ悪ィ。けどその言葉は聞きたくねぇんだ」
「なん、で…」
「好きだから。好きな奴からそんな言葉聞きたくねぇ」

轟さんは私をきつく抱きしめ、耳元で何度も愛の言葉を囁く。この人は私の事は掃いて捨てるだけの価値しかないと思っていたけどそれは違うのかもしれないと思えてくる。だって大の男の、それもヒーローをやっている轟さんが私を離さまいと力強く抱きしめながらも不安で腕が微かに震えているんだから。
でも、私の納得いく説明をしてくれないと私だって安心できない。あの女の人は誰なのか、どうしてたまにしか会えないのか…本当に私のことが好きなのか。

「説明して下さい。全て」
「先ず、俺はお前が好きで苗字以外との関係は持ったことがねぇし、なんなら連絡先もあんま知らねぇ」
「電話やメールがないのは?」
「メールしたら声を聴きたくなっちまう。電話したら会いたくなっちまう。会いに行くところを見られたら迷惑かけちまうから、最初から我慢してた方がマシだと思って」

なにそれ。なんでそんな理由で…。

「あの女の人は?髪の白い」
「髪の白い…?あぁ姉さんか」

轟さんは端末を取り出して幾つかの画像を見せてくれた。そこには確かに私が見た後ろ姿の女の人が映っていてあれは私の勘違いだったのかと恥ずかしくなる。

疑問が消えただけで問題は解決したわけじゃない。私はまだ文句を言いたいのだ。

「沢山言いたいことがあります。けど、今は1つだけ」
「なんだ?」
「名前を呼んで愛してるって言ってください」

轟さんは抱きしめている私から少し体を離して、泣きそうな笑みで囁いてくれた。

「名前愛してる」
「私も」
「愛してる」

もう1度重なった唇に幸せが満ち溢れる。これからお互いの気持ちを1つ1つ言葉にしていこう。お互いを傷つけあったあの日々が悲しく切ないものにならないように。お互いの瞳を見つめ合えるように。

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