佐倉と休日デート

夏の日差しが続いた日々が漸くなりを潜め始めたとある週の日曜日。天気は秋晴れで空に雲1つとしてない。

焦凍くんが2人きりでお出かけしようと言ってくれたのが数日前の事で、私は待ち合わせ時間に間に合うように時間をかけて準備を進める。
寮で待ち合わせすると皆に根掘り葉掘り聞かれそうだからという理由で別々に寮を出ることになるのだが、事前に外出届を提出した時はオールマイト先生に、デートかい?なんて揶揄われ恥ずかしい思いをしたので、何としてでもクラスの皆にはバレたくない。

焦凍くんに先に待ち合わせ場所に行っているね。とメッセージアプリで伝えると、すぐに既読が付き、わかった。とメッセージが返ってきた。

最後に姿見で全身を確認し、部屋から出て共同スペースに行くと何人かの男女がソファに座って談笑していて、私が声をかけると弾んでいた会話が中断されると思ってそのまま横を通り過ぎようとすると、お茶子ちゃんが私に気がついて声をかけてくれた。

「あれ?名前ちゃんどこに行くん?」
「お出かけしようなって思って」

そう答えると美奈ちゃんが元気よく、デートだ!と断言し、私はその言葉に息を詰まらせる。
なんでバレてしまったのだろうか。バレたくなかったから待ち合わせ場所を態々外にしたのに。

「う、うん。よくわかったね」
「女の勘ってやつだね!」

その勘はよく仕事をしている。

「デートとかクソかよ!」
「そう僻むなって峰田ー」
「どうせお前らアレだろ!ラブホとか行くんだろ!」

私が美奈ちゃんに苦笑いしながら心の中で賞賛の拍手を送っていると、モテない事に嘆いている峰田くんがとんでもない事を言って私を指さす。

「行かないよ!バカ!」
「峰田それセクハラだぞ」
「良かったな轟に聞かれてなくて」
「そうだよ!聞かれてたら今頃峰田くん氷漬けになってたかもしれないよ!でも、氷漬けなら佐倉さんでも…いやいや、佐倉さんのカードはまだ僕の知らない…」

峰田くんを止めていたはずの緑谷くんがいつの間にか私のカードの考察に変わり始めた頃、タイミング悪く焦凍くんがボディバッグを肩に下げながらやって来てしまった。

「名前さんなんの話してんだ?」
「なんでもないよ!さぁ行こう!」

焦凍くんの肩を後ろから押しながら玄関に向かっていると、後ろから峰田くんのイチャイチャしてんじゃねぇ!と叫び声が聞こえたが私は聞こえないフリをすることにした。

玄関を抜け校門を目指して歩いていると、焦凍くんが真顔で前を見据えながら普段言わないような言葉を口にする。

「いちゃいちゃか」
「あぁ…峰田くんね」
「いちゃいちゃするか?」
「えっ?」

私の半歩斜め前を歩く焦凍くんが立ち止まり、それに合わせて立ち止まると焦凍くんが私に手を差し伸べる。私は焦凍くんの大きな手に自分の手を重ねると滑るように指が絡まる。

「いちゃいちゃになるか?」
「いちゃいちゃだよ」

私たちを映し出す影は真ん中で繋がっている。そのまま焦凍くんのお母さんの病院に行き、さて、どこに行くか。と話しながら歩いていると、1人の女の子が道の影から丁度飛び出してきて、私にぶつかってしまった。私はよろけるだけで済んだが、女の子は地面にお尻をついてしまい、私が慌てて焦凍くんとの繋いでいる手を離してしゃがもうとすると違和感に気が付く。

「あれ?」
「お姉ちゃん達ごめんなさい!」
「…何がだ?」
「私の個性で今2人くっついちゃってるの!」

だから焦凍くんと繋いでいる手が離れなかったのか。と納得していると女の子が弱々しい声でごめんなさいと口にする。

「気にしないで。立ち上がれそう?」
「大丈夫だよ」
「この個性がいつまで続くか聞いてもいいか?」

焦凍くんがそう聞くと、女の子は辿々しくも自分の知っている情報を話してくれた。1度に接着させられるものは1つまでで、時間は日によってムラがあるということがわかった。

つまりは私は焦凍くんと接着したからそれ以外の物や人物とは接着しなくて、時間も待っていれば自然と解けるという事だ。

「教えてくれてありがとう」
「…あのね」
「どうした?」
「姉さん達が仲良しでよかった!仲悪い人だったらケンカしちゃうから」

女の子はそれだけを言うとどこかに走っていき、私達はお互いの顔を見合わせた。自然と笑がこぼれて一頻り笑った後私達は問題に気が付いた。

「寮に帰ったら笑われるよね…この状況」
「まぁ、そうだろうな」
「恥ずかしいのにーもー!」
「……、実家行くか」

顔を逸らした焦凍くんが私の手を引き歩き出す。確かに寮に帰るよりは轟家に帰った方が恥ずかしさはない。

轟家に着くと家の中には誰もいなくて、焦凍くんは私を自分の部屋へと誘導した。床に座ると身体が無意識に焦凍くんに擦り寄り、彼も私の事を抱き締めてくれる。

「いつ解除されるかな?」
「いつだろうな」

ずっとこのままでもいいような、そんな気持ちにすらなってくるのは焦凍くんが側にいてくれるからだろう。ゆっくりと時間が進めばいいのに。なんて思いつつも頭を動かそうとすると動かなくて、そういう個性の働きもあるのかと考えていると、焦凍くんも理解したのか、成程な。と呟く。

「どうしようか」
「何とかなるだろ」
「そうだね」

私を抱き締めたままの焦凍くんが私をゆっくりと押し倒し、2人で床に横たわる。2人だけの秘密の会話をしているように小声でなんて事ない話を暫くした。例えば、昨日のご飯が美味しかった、とか、皆で見たテレビが面白かった、とか、笑ってる顔が好きだ、とかだ。

不意に私の頭が動かせるようになった。
あぁ、接着される時間が終わったのだとわかったが私はそれに気が付かないフリをした。否、気が付かないフリをしているのは私だけじゃない。

「もう少しだけこのままでいたいな」
「接着してんだからこの状態のままだろ」
「そうだね」

私の髪を撫でる焦凍くんの手つきが優しい。伝わる体温が心地いい。この微睡みの中眠ってしまいそうになる。それほどまでに焦凍くんの腕の中が安心する。

太陽が完全に落ちた頃私達は帰寮した。峰田くんにはラブホに行ってきたんだろ!と言われたが、私達は何も言わなかった。

峰田くんや瀬呂くん、上鳴くんが騒いでいる中、美奈ちゃんが私のところにやって来て耳打ちする。

「イチャイチャしてきたの?」
「ふふっ、内緒」
「あ、ずるーい!」

掠れた甘い声で、名前さん。と名前を呼んだ焦凍くんのことは私だけが知ってればいいよね。

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