release Extra edition




 巨大人口移動都市“I・アイランド”に着陸した私たちは一先ずホテルにチャックインした。
 ……否、しようとしたのだが、ホテルのカウンターで衝撃の事実を知ってしまった。

「1部屋しか取ってないんですか?!」
「申し訳ございません!こちらの手違いで1部屋しかご用意しておりません!!」
「余っている部屋はないんですか?」
「I・エキスポが開催されますので当ホテルは満室となっております……」

 そんなことがあるのか…と肩を落とさずにはいられない。焦凍くんが落ち込んでいる私の肩に手を置き、悪ィ。と何故か謝って来た。焦凍くんに落ち度なんて何処にもないのに。と首を横に振ると、焦凍くんはフロントマンに他のホテルも似たようなものなのか?と確認してくれたが、フロントマンからの返答は私たちが望んでいない返答しか返ってこなかった。

「仕方ない、よね」
「けど……」
「申し訳ございません!お詫びに優待券をご用意させて頂きます」
「……はぁ」

 優待券より部屋をください。とは口が裂けても言えなかった。言ったところでホテルの方を困らせてしまうだけだ。落ち込んだ気持ちを無理矢理浮上させて荷物を片手に客室に向かった。エレベーターの中でも廊下を歩いている時も無言が続いた。部屋の中に入っても気まずい空気は変わらず、申し訳なさが募っていく。恥ずかしいからって理由だけでこんなにも不機嫌になるなんて大人げない。
 大体私たちはお付き合いしているのだから同じ部屋に泊ったって……いいわけがない!!

 なんで大丈夫なんて一瞬でも思ったの私!!

 首を左右に振って、両手で頬を挟むように叩いて気合を入れ、2つあるベッドの1つに腰を掛けた。自分の体重で沈むベッドがスプリングが反発して心地いい。シーツの触り心地もよくこのまま横になってしまったら寝てしまいそうな程だ。

「柚華さん、不安だったら俺……」
「不安なんてことはないよ!!」
「けど、男と同室は流石に不味いだろ」
「恥ずかしいだけで不安はないよ!だから大丈夫!」

 焦凍くんは無言のまま私の目を見つめたが、もう1つのベッドの上に肩から提げていた荷物を置いた。そして私が腰を掛けている方のベッドに近づき、私の隣に腰を掛けた。そして焦凍くんが前から私の肩に手を回し、そのまま力を入れて2人一緒にベッドの上に寝転んだ。顔を横に向けると予想していた場所に焦凍くんの顔があり、私の体の上に置かれている彼の腕にそっと手を添えると、唇が掠った。

「警戒されてんのか、されてねェのか」
「ん……?」
「柚華さん好きだ」

 囁かれるように言われた突然の告白に驚き言葉を失った。滅多に言われないその言葉に心臓が早鐘の様に忙しなく動く。心臓の鼓動は焦凍くんにも伝わっている。彼の鼓動は私には伝わらないのに……。
 寝転んだまま身体を少し回転させて焦凍くんの胸に耳を寄せて彼の鼓動を聞いた。私の心臓よりも穏やかに動く鼓動に悔しさを感じた。なんでそんなに平常心でいられるんだ。と悔しくて焦凍くんに抱き着くと、彼は肩を揺らして笑った。

「柚華さん子供みてェ」
「くっ、悔しいんだもん」
「……可愛いな」

 普段言われない言葉をこう何度も言われると心臓に悪いを通り越して疑問を持ってしまう。

「もしかして、今眠たい?」
「少しな」
「少し寝ようよ」

 抱き着いていた腕を離して焦凍くんの胸に手を当てると、彼は私を抱き締めた。サポートアイテムであるベストを付けたままだと寝難いのではないかと、焦凍くんに問うも彼は既に意識を手放したようで小さく寝息を立てている。少しでも寝やすいようにと、焦凍くんの腕の中から出ようと気づかれないように動くと、力強く抱きしめられた。このままだと彼の体温が暖かくて私まで寝てしまいそうだ。

 私まで寝たらきっと起きられないよね……。

 えっと、日本は深夜に出発してこっちに着いたのは朝の8時。今私が寝ても目が覚めるのはお昼手前くらいだろう。

 そう勝手に結論つけて、焦凍くんの体温の温もりを言い訳に私も意識を手放した。

 安心出来る人の腕の中で見た夢は、幸せなものではなく。どちらかと言えばどうしてこんな夢を見ているのだろうか。と疑問を感じるような夢だった。ビルが封鎖されオールマイト先生が拘束されてしまっている。見上げるとスーツを身に纏った緑谷くんが力強く頷いていてた。赤髪の黒い仮面をつけた男が厭らしく笑いオールマイト先生を見下ろしている。何かのパーティー会場なのだろうか、ヒーローと思われる人もオールマイト先生の様に拘束されてしまっている。
 何この夢は……!
 これは“夢(ドリーム)”が見せている予知夢なのだろうか?

 急激に意識が浮上し、飛び上がる様に起き上がると横には静かに寝息を立てて眠る焦凍くんがいた。

 あの夢の中に焦凍くんはいなかったけど、私があの場所にいて焦凍くんが近くにいないわけがない。それともたまたま別行動をしていただけなのだろうか……。兎にも角にもあの赤髪の黒仮面の男は敵(ヴィラン)に間違いないだろう。
 あの男がどんな悪事を行うかはわからないけど、きっと焦凍くんはそれに巻き込まれるんだろう。巻き込まれて欲しくはないけれど、あの会場にいた人たちが人質だと考えると、助けようと動いちゃうよね。

 ……寧ろそこで動かない人は。

「ヒーローじゃないよね」

 絹糸のような紅白に別れた色をした彼の前髪を梳くように撫でると、焦凍くんを起こしてしまったようで、小さな声を出しながらゆっくりと瞼を開けた。色違いの瞳は焦点が合わないようで左右に彷徨っている。前髪を撫でていた手を焦凍くんの耳の方に滑らせると、ゆったりとした手つきで私の手を掴みぼんやりとした表情で私を見ている。

「焦凍くん、起きて」
「ん、もう少し……」
「もうお昼だよ」

 寝ぼけたまままた意識を手放そうとする焦凍くんを軽く揺すって起こすと、これまたゆったりとした動きで上半身を起こした。まだ意識が覚醒していないみたいで、私はホテルの備え付けのハンドタオルを水で濡らして焦凍くんに渡すと、彼は無言でそれを受け取り顔にタオルを当てた。何度かそのタオルを上下に動かして顔をさっぱりさせるとちゃんと意識が覚醒したのか、顔からタオルを離した時にはぼんやりとした表情からいつもの無表情になっていた。

「ありがとうな」
「さ、観光しに行こうか!」

 さっと鏡の前で身支度を整え、変なところがないか確認するも特に見つからなくて、貴重品を持ってホテルの部屋を出た。さっき見た夢についてお昼を食べる時にでも話しておこう。
 そのくらいの時間は残されている筈だから。

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