屈斜路湖で土方さんたちと合流して網走監獄を目指して更に北上した。そして何故か私達は北見で土方さんの古い知り合いという写真屋さんで写真を撮る事になった。
アシリパちゃんの元気な姿を彼女のお婆さんに届ける為との事で、ついでにと撮影大会が行われるようになり、それぞれが写真を撮る中、尾形様がずっと抵抗している。
「婆ちゃんに送るだけなら俺は関係ねぇだろ」
「そんな事言わずに撮りましょうよ」
他の人が写真を撮っている間、私と尾形様はずっとこの会話を繰り返している。
なんで此処まで尾形様が写真を拒絶するかは知らないが、私はどうしても尾形様の写真が欲しい。私と尾形様がこの先も一緒にいられるとは限らない。だから尾形様と一緒にいたんだと言う記録が欲しい。
「一枚だけでいいですから」
「はぁ…さっさと終わらせるぞ」
「はい!」
一人が椅子に座らないといけないようだったので、私が椅子に座りその斜め後ろに尾形様が立つ。六秒間動くことが許されず、じっと堪えて時間が過ぎるのを待つ。
現像された写真の私は何処となく幸せそうで、座っている私の後ろに立っている尾形様はいつも通りの無表情だった。それでもよかった。
「これください!」
「はい、どうぞ。お代は土方さんから頂いてるからね」
土方さんの知り合いの写真屋さんの田本さんにお礼を言うと、優しい笑顔を浮かべてそう教えてくれた。
受け取った写真に日付を入れて、懐に忍ばせていた掌位の木箱に丸めてしまった。それをもう一度懐に戻す。少しばかり袂が緩んでしまったが、このままでも直せない事はない乱れだったので、綺麗に直して土方さんを探す。何処にいるのかと辺りを探して振り返ると、田本さんと話している土方さんを見つけた。田本さんは何やら小さな紙を土方さんに渡していたが、それが何だったのかはわからなかった。
「土方さん!ありがとうございます」
「尾形は子猫には随分甘いな」
「子猫…?」
そう言えば屈斜路湖でも土方さんは私の事を、子猫。と呼んでいた。なんでそんな呼び方をするのかが分らなくて首を傾げるが、土方さんは愉快そうに笑い私の肩を軽く叩いて横を通り過ぎて行く。
なんで子猫と呼んでいるのかもわからないまま、土方さんの背中を見送ると、土方さんが不意に振り返り片手で何かの動きをする。その動きは何処かで見たことがあるが、中々思い出せない。
「なんだっけな」
「置いて行くぞ」
置いて行かれないように、尾形様の隣を歩く。さっきの土方さんの動きは何だっただろうか。右手でさっきの動きを繰り返していると、不意に杉元さんと永倉さんの会話が耳に入った。
「そういや白石はどこに行ったんだ?」
「石川啄木と遊郭へ行ってる」
遊郭…かぁ……遊郭、遊郭…。
「あっ!将棋か囲碁の駒だ!」
思い出した。土方さんの動きは駒を動かす時の動きだった。でもなんで土方さんはあんな動きを私にして見せたのだろうか。
疑問が解決したらまた次の疑問が出てくる。
私は誰かの駒とでも言いたいのだろうか…。所詮叔父の駒とでと言いたいのだろうか。だけど、私の伯父が何者であるとは誰にも言っていない。あの洋館を任せた千代さんが尾形様に何かを話したみたいなので、少しは知られているだろうが、あの尾形様がその情報を共有するようなことはないと思うし。
その尾形様の駒と言われたのかな?
茨戸で土方さんたちに何かしてた記憶もあるし。
「足手纏いの間違いじゃなくて?」
何も持っていないただの小娘の、奇妙なお願いを律儀に叶えてくれる尾形様の駒になれるなら、それは嬉しいものだが一体私は何の役に立つと言うのだ。
「尾形様、私何か尾形様にお返し出来るものありますでしょうか?」
「…出世払いしてくれるんだろ?待ってるぜ」
尾形様が私を駒と言ったのかは分からないが、別にそれでもいい。
隣を歩いていくれる尾形様の役に立てるのであれば、それは嬉しいものだ。
なんか、子猫と言うよりは犬のようだ。
なんて、一人自嘲し何もなかったかのように歩き出す。今日は白石さんが遊郭に行っていることだし、この辺りで宿をとるんだろう。
小樽や札幌程ではないにしろ北見も栄えている街の一つだ。街の中には必ず郵便局留があるものだ。久し振りに千代さんと女将さんにお手紙を書こうと思って、尾形様に声をかけると彼は目を据えて郵便局留を見ている。もしかして手紙は送らない方がいいのかと、考え始めるが尾形様が杉元さんに向かって声をかけた。
「おい杉元、俺達はここに寄って行くから先に行ってろ」
「わかった。今日はこの辺で宿をとるだろうから、印をぶら下げとくよ」
「わかった」
先に宿に向かって歩き出した皆に一度頭を下げて、郵便局留に向かった。取り敢えずと、千代さんと女将さんに私は元気である事と、網走に向かう事を書いて送ることにした。
「婆さん達になんて書いたんだ?」
「私は元気ですって事と、網走に向かう事を」
「家を任せてる婆さんはお前の伯父と繋がってるんじゃねぇのか?」
母が自由を求めて小樽までやって来て、千代さんはそれに付いてきた人だ。母が信頼をおいていた人物だから伯父に告げ口をする人ではないと思ったのだが、尾形様はそう思っていないようで、探るような目で私を見据える。
「俺は知らんぞ」
「ダメだったのかな…」
私がここで考えたところで千代さんがどう行動するのかは分からない。伯父と繋がっていないと信じたいが、どうなんだろうか。
一度不安になるとそれは身体に巣を作りなかなか離れない。こういう時、小樽にいた頃だと香を焚いて落ち着かせたものだが、こう旅をしているとそういうわけにも行かない。
でも網走監獄でのっぺらぼうさんに金塊の在処を聞いたら、それでこの旅が終わるんだよね?だったら匂い袋くらい買ってもいいかな。
「尾形様!」
「今度は何だ」
「買い物に付き合ってください」
ちょっと前の尾形様だったら、やなこった。と人を揶揄うような笑みをして言っていただろうが、ここ最近の尾形様はお願いを聞いてくれる。写真然りだ。
面倒くさいと顔面に出しつつも、断る文句を言わない彼は優しい。
我儘に付き合ってもらい、匂い袋を買いに行くことになった。店内でどの匂いがいいのか物色している時、二つの匂い袋が目に入った。白と黒のそれらが目にとまりひどく気に入った私は、これにお気に入りである白檀の香を入れてもらうことにした。
「尾形様白檀の匂いは好きですか?」
「知らん」
男性はやはり香に興味がないらしい。店主に二つの匂い袋に白檀を入れて欲しいと注文し、その間に違う品物を見て回った。尾形様はと言うとふらっと店から出てしまった。店主呼ばれ出来上がったものを確認してお会計を済まそうとすると、先にお連れ様から頂きました。と言われてしまい、店先に出ると、遠い空を見上げている尾形様を見つけた。
「あの、お金っ!」
「知らん、行くぞ」
知らんって…。
本当は私が買って尾形様に黒い匂い袋をあげたかったのに、これじゃ計画が台無しだと、気分が沈むよりも彼の気まぐれとはいえ、まるで男女の逢い引きのようで嬉しくなってしまう。
隣を歩く彼が何を考えて奢ってくれたのかは分からないが、この好意は嬉しい。
「ありがとうございます」
彼から何の返事もなかった。
北見の街の中を歩いていると、杉元さんが付けたであろう目印がある旅館を見つけた。大部屋でも何人かあぶれるとの事で、私と尾形様は同室になった。何時ぞやの時と同じだとぼんやり考えながら部屋に向かい、入ると視界の先に窓が見えた。窓の外には緑が広がっていて小樽で勤めていた旅館を思い出した。
両肩からさげていた胴乱を畳の上に置き、私は窓際に近寄り外の景色が見えるように座る。
そうして小樽を懐かしむように懐古した。あの場所を発ってから月日は季節が春から夏に変わっただけで、時間はそんなに経ってないのに随分懐かしく感じる。
それにしても尾形様には随分とお世話になったものだ。
尾形様も窓に近寄り立ったまま窓の外の景色を眺めている。そしてそのまま私を見下ろし何故か私の腿の上に頭をおいて横になった。
珍しく甘えてくる姿に驚きつつも、遠慮がちに頭を撫でる。
「流石の尾形様も長旅でこわくなっちゃいました?」
「こわい…?」
「方言なのかな?疲れた事をこわいって言うんですけど」
「少なくとも俺が育った所では言わん」
髪が額にかからないようにと丁寧に撫でていると、尾形様が瞼を瞑っている事に気が付いた。痛々しい両頬にある傷跡が目に入りそっと指を添わせる。すると尾形様が口を開いた。
「北海道で冷たいはどう言うんだ?」
「ひゃっこいですね。指ひゃっこかったですか?」
「気になる程じゃねぇがな」
そうか、よかった。と一息ついて私は匂い袋の存在を思い出した。袖から二つの匂い袋を取り出して、黒色の匂い袋を規則正しく上下している胸の上に置いた。
「本当は私が尾形様に贈りたかったのですが…」
「100年早いぜ」
閉じていた瞼を開いて、真っ暗な瞳を露わにさせる。私を見上げているくせに勝ち誇ったような顔をしている彼は、精神的に私を見下ろしているようだ。
そんな尾形様の鼻の近くに手に持っていた匂い袋を近付けると、彼は猫のように目を細めて匂いを嗅ぐ。
「白檀です」
「甘いな」
「私この匂い割と好きで、小樽にいた頃はたまに焚いたりしたんですよ」
興味がなくなったのか、また瞼を閉じて気持ちよさそうに寝る。窓に向かって手を伸ばし、少しだけ開けて風を室内に入れる。気持ちのいい風が二人の間を通り過ぎ、頬を撫でていく。
飽きることなく尾形様の頭を撫で、窓の隙間から入る風をうける。
穏やかすぎる時間に涙がこぼれそうになる。ずっとこのまま二人でいられたらいいのに。その時間が永遠に続けばいいのに。
そう願わずにはいられない。
「春も終わりですね」
私の腿の上に頭を置き、胸が規則正しく上下している。
返事は返ってこなかった。