土方歳三さんの隠れ家だと言う家に移動した私達は、その中にいた、巨体の男の人と、頭に包帯を巻いている女の人と対面した。
そこで私は何に巻き込まれているのか知ることが出来た。
「変人とジジイとチンピラ集めて、蝦夷共和国の夢をもう一度か?」
日本最後の内戦と言われている。旧幕府軍は新政府軍に追われ、流れ着いた北海道は箱館で独立戦争と名を打ち戦った。その中には狼の集団と揶揄された新選組の副長土方歳三さんもいて、彼は戦死したと思われたが、実は生き延びていて網走監獄に投獄されていたが脱獄し、今はこの家の縁側にあった椅子に腰をかけて新聞を読んでいる。
関ヶ原の逆襲なんて言われた戦いだったが、母方の実家は関ヶ原の時も箱館戦争の時も戦は免除されたと聞いたが。
「一発は不意打ちでブン殴れるかもしれんが、政府相手に戦い続けられる見通しはあるのかい?一矢報いるだけが目的じゃあ、アンタについていく人間が可哀想じゃないか?」
そして刺青人皮とは何なのかを知る事が出来た。それはアイヌが和人と戦う為に用意した砂金で、ざっと二萬圓の価値がある事、そしてそれは何処かに隠されており、唯一知ってるのは網走監獄に投獄中の“のっぺらぼう”と呼ばれる人物だけで、のっぺらぼうは外にいる仲間に金塊の在処を、同じく投獄された囚人に刺青として掘り教えた事。だけどそれは暗号で、囚人達の刺青を張り合わせないと場所が分からない事。
だから刺青人皮。写すか剥がすかしないと隠し場所が分からない。もしかしたら、のっぺらぼうは最初から剥がす目的で刺青を施したのかもしれない。
なんと惨い。
「おそらくのっぺらぼうはアイヌに成りすました極東ロシアのパルチザンだ」
パルチザンって何だっけ?
えっと…ロシアの少数民族だったっけ?
「つまりのっぺらぼうは極東ロシアの独立戦争に使う為、アイヌの金塊を樺太経由で持ち出そうとして失敗したのが今回の発端の訳か」
「ジイさんあんたこれっぽっちものっぺらぼうを信用してなかったんだな。どういう事は監獄の外にいるという、のっぺらぼうの仲間は…」
「アイヌに成りすましたパルチザンの可能性が高い」
…えっと、アイヌの方は和人と戦う為に金塊を集めたんだけど、パルチザンの方がアイヌのフリをして横取りをしたんだけど、隠し所を知ってる人が投獄されてしまったと。そして、土方さんはその金塊を蝦夷共和国設立の資金にするって事?
金塊とか、パルチザンとか、まさに夢物語のようだが、この男達はそれを実現しようとしている。
刺青人皮…かどうかは分からないが、夕張におかしな剥製屋さんがいて、そこの主人が夜な夜な墓荒らしをしているらしく、なんでも人の皮を使って作品を作ってるとの事だが、噂程度だし言っていいものなのか…。
「雪子何か言いたいことでもあるのか?」
「…旅館のお客さんの中に噂話が好きなおじさんがいて、その人が夕張に人の皮で作品を作ってる人がいるって」
「行ってみるか」
ただの噂話に過ぎないのだが、土方さんはそれを良しと受け取り私達は夕張に移動することになった。
土方さんと永倉さん達は市内に情報を集めに行って、私と尾形様と牛山さん、家永さんは剥製屋さんを探す事にした。
どこにありますか?と聞くだけで皆さん親切に答えてくれて、最後には近寄らない方がいいと忠告をされる。剥製文化はまだまだ日本に浸透していなくて、剥製屋さんもお客さんは海外の人が多いみたいだ。
「あれ?尾形様は?」
「……もしかしたら剥製屋に行ったかもしれんな」
「江渡貝剥製所でしたっけ」
集団行動が出来ないとは、軍人としてどうなんだろうか。と言いたくなるが、尾形様はどちらかと言うと単独で行動してる方が似合う、気がする。
江渡貝剥製所に行くも中には誰もいなくて、あったのは軍人さんの死体だけだった。近所の人の話を聞くと、しろくまを軍人が追いかけて行った。との事で私達はその軍人を追いかける事にした。
「ここって…炭坑、ですよね?」
証言者の情報によると、炭鉱場に着いた。なんで、こんな所に尾形様が…と呆然とし、辺りを見回しても尾形様が何処にもいない。それどころか働いている人達は顔を青くさせていたり、木の板を持って走っている人もいる。入口から漂ってくる金属の焼ける臭いに、不安が募る。
そして大きな爆発音が聞こえた。それと同時に地震のように地面が揺れた。
臭いのする方に向かって走ると、炭坑で働いている男性が私を引き止めた。
「嬢ちゃん!離れろ!ハレツに巻き込まれるぞ!!」
「でも…!」
中に尾形様がいるかもしれない。と気持ちが焦り、私を引き止めた男性の手を振り払おうとすると、大声が聞こえた。
「何人か出てきたぞ!!」
声のした方向に視線を向けると、油と煤だらけの尾形様がそこにいた。地面にお尻をつけて座り込んでいるその姿に向かって駆け出した。一心不乱に走って尾形様の名前を叫びながら近づくと、尾形様は私の声が耳に入ったようで、私をその真っ黒な瞳から見える視界に捉えた。煤だらけでも油塗れでも構わない。今、尾形様が生きている事の喜びを全身で感じたかった私は、座り込む尾形様に合わせて地面に膝をつけて尾形様の首に腕を回す。すると鼻に不快感のある臭いが入り込む。
「なんで…こんな…」
「雪子離れろ」
首を横に振って離れないと態度で示す。すると尾形様は私の肩を両手で押して私と尾形様の間に距離を作る。私の頬には涙が零れて伝う。尾形様が生きていてよかった。その安心感が強張っていた体が解けて自然と涙が出てくる。
「中にいるかもって…もしかしたらって思って…」
「わかったから泣くな。鬱陶しい」
鬱陶しいとはなんだ。こんなにも心配したというのに。そんな私の気持ちを他所に、尾形様は立ち上がって移動し始める。せめて顔に付いている煤を落としてもらおうと、胴乱から布を取り出して渡したが、要らん。とあっさり拒否した。
「後で洗う」
「でも…」
「やかましい」
何だと言うのだ。と、落ち込んでいると、軍帽を被ったこれまた煤と油塗れの若い男性が遠慮がちに私に話かける。顔に目立つ傷跡が付いている男は、戸惑うように言葉を並べる。
「えっと、君は尾形の知り合い?」
「はい…えっと…?」
「あぁ、ごめん。俺は杉元」
杉元と名乗ったその男は、私と尾形様はどういう関係なのかと遠慮がちに聞いてきたが、どういう関係なのかと聞かれても、上手に説明出来る気がしなく、言葉に詰まっていると、先に歩いていた尾形様が、怠そうに顔だけ後ろを歩く私達に向けて、揶揄うように笑う。
「質問の多い男は嫌われるぜ」
その言葉を聞いた杉元さんは悔しそうに口を窄め、申し訳なさそうに私に謝って来るので、私も頭を下げて謝る。
「私の方こそ上手に答えられなくて、すみません」
「いや、答え難い質問だったよね」
答え難いのは私と尾形様の関係だ。私は身柄を狙われているから尾形様に警護を依頼している。私の身分上事もあり、尾形様にも言っていない事を今会ったばかりの杉元さんに言える訳がない。
江渡貝剥製所に戻った私たちは、尾形様の後に続いて皆が部屋に入って行くが、私は尾形様に入るなと言われたので、入る事は出来なかった。私よりも小さな女の子は入って行ったのに。と拗ねてしまったが、こんな事で拗ねても仕方がないし、何か私には知られたくない事なんだと勝手に納得して、部屋の外の壁に背中を向けて立っていると、土方さんが猫と刺青人皮を片手づつ持って現れ、部屋の中に入って行く。私の前を通り過ぎる時に口の端を上げて笑った。
なんの笑みなの?
永倉さんも私の顔を見ては微笑ましそうに笑い、彼も部屋の中に入って行く。
聞こえてくる話は江渡貝さんが作ったであろう贋物の刺青人皮の事を話しているみたいなんだが、それよりも誰かのお腹が鳴っているようで、それがやけに耳に入ってくる。私と同じく部屋の中に入らず、家の中をうろうろしていた家永さんが、丁度良く戻って来て、頭だけを部屋の中にいれ、食事にしましょう。と話を持ち掛け私と家永さんで食事の準備をする事になった。外に食材を買いに行く時土方さんがお小遣いをくれて、私たちはそれで幾つかの食材を買い、勝手場を借りてなんこ鍋を作る事にした。食材を買っている最中、勤め先の旅館によく泊りに来てくれるお爺さんと会い、釣れたばかりだと言う川魚ももらったので、それを焼いて提供した。
私は部屋に入るなと尾形様に言われていたので、家永さんに全部持って行ってもらった。
多めに作った料理も大の成人男性が複数人いた事もあり、あまり残らず、余りものを食べようと思っていたが家永さんと私で分けるには少しばかり足りない状況になってしまった。
「半分こづつにすると少し少なくなってしまうんですがいいですか?」
「私は皆さんと食べたので大丈夫ですよ」
「そうだったんですね」
家永さんが皆さんと食べていたようで、有難く残りのものを頂きお腹を満たした。
その間にアイヌの服を着た大柄な男の人が、挨拶に来てくれた。
「料理ありがとうな。魚があって助かったぜ」
「いえ、えっと…」
「俺はキロランケ。お嬢ちゃんは?」
「雪子です」
キロランケさんは溌剌と笑い、私の頭を撫でて勝手場から出ていった。その笑顔は小樽にいる女将さんの笑顔とどことなく似ているような気がして、寂しくなる。
その後、私たちは何人かに分かれて、贋物の手掛かりと、江渡貝さんが持ち出した贋物の刺青人皮がどうなったのかを調べる事になった。私は尾形様と同じくこの剥製所の中で贋物の手掛かりを探す事になったが、何も出てこない。
そんな中、窓硝子が割れる音が聞こえ、尾形様が部屋の中を覗きに行くと、そこは火の海だったようで、家永さんが玄関から逃げようと、手をかけると尾形様が大声でそれを止めた。
「家永ッ!外に出るな、撃たれるぞ!」
なんでそんな事に…。
「今外にチラッと軍服が見えた。数名に囲まれているようだ」
「贋物製造に繋がる証拠を隠滅しに来たか」
尾形様は窓の外が見えるように、窓の横に背中を軽くつけて外の様子を伺う。その姿を見ると、初めて出会った時の事を思い出して思わず笑ってしまった。
「随分余裕だな」
「だって、尾形様が私を守ってくれるでしょう」
「……窓の近くに立つな。窓際に行く時は腰を低くしろ」
「はい!」
私が尾形様の近くにいても戦闘の邪魔になってしまうので、家永さんと一緒に家の奥に逃げ込んだ。
逃げ込んだ先は動物の剥製が沢山置いてあって、これ以上先に行く事が出来ず、煙が部屋に蔓延している事もあり、家永さんが窓に近寄り、窓を開けて煙を逃がす。
窓には鉄格子が張られてあり外からの侵入も出来ないが、中から脱出する事も出来ない。
「どうしよう…逃げ場が」
窓際に寄り腰を落としつつも慎重に外の様子を伺っていると、牛山さんたちが近寄って来て、鉄格子を外してくれた。私たちは建物の外に出る事が出来、代わりに杉元さんが入って行く。
建物の影を縫って江渡貝剥製所から離れた所に行くと、馬が数頭用意されていてた。
杉元さんが家の中に入って数分。土方さんと杉元さんが出てきた。その後ろには尾形様の姿が見え、ホッと胸を撫でおろす。
「大勢で行動すれば目立つ。二手に別れて逃げよう。月形の樺戸監獄で待ち合わせる」
「贋物の判別方法が見つけられなければ、直接のっぺらぼうに会いに行くしか無いな」
土方さんと杉元さんが話しているのを尻目に、後ろからやって来る尾形様の方に向かって駆け足で近づく。
「よくご無事で」
「それより何の話をしていた」
「樺戸監獄までは二手で逃げようと」
尾形様は二手に別れる事に納得し、いつも通りに垂れた前髪をかきあげ撫でつける。
贋物の刺青人皮を見分ける為に、私たちは樺戸監獄に行くことになった。