夏の海の中



 雲雀さんとディーノさんの特訓という名のただの戦闘の見学と、怪我の手当で夏休みが終わると思われていたとある日、ツナくんからお誘いがあった。

「灯ちゃん明日暇かな? 皆で海に行かない?」

 そうツナくんに誘われ、私は二つ返事で了承した。海に行くなんて久し振りだし、何より夏休みには持ってこいのイベントだと思ったからだ。

 折角の夏休みがあんな生傷の思い出しかないなんて、絶対に嫌だ。

 ツナくんとディーノさんが迎えに来てくれ、黒塗りの高級車と思われる車で、海に向かったのだが、やはりと言うべきなのか海水浴場は人だらけで、それぞれが思い思いに夏を満喫している。

「すごい……人がいっぱい」
「先に山本たちが来てるはずだから、探そうか」

 ツナくんが獄寺くんの名前を呼べば、銀髪のツナくんの犬は直ぐに反応するんじゃないかな?なんて思いもしたが、流石にこの人混みの中それは無理だし、もし本当に獄寺くんがやって来たら、私はもう彼の事を人として見ることが出来ない。
 なんて本人がいないところで、獄寺くんを貶していると、遠くから私の中で話題沸騰中の獄寺くんの声が聞こえた。

「お! あれ獄寺じゃねぇか?」
「本当だ! おーい! 獄寺くーん!!」

 ツナくんが空に向かって手を挙げ、それを大きく左右に揺らすと、獄寺くんはツナくんにしか見せない、少なくとも私には見せたことのない笑顔を浮かべながら近寄ってきた。

「10代目! ……と、なんでお前までいんだよ!」
「誘われて」
「皆で遊んだ方が楽しいし、あとリボーンが呼べって」
「リボーンさんが……?」

 この女に何かあるのか……? とブツブツと何かを呟いていたが、やはりその中には“ファミリー”や“ボンゴレ”という単語が混ざっている。私には彼らが何をしているのかなんて分からないから、首を傾げるしかなかったが、ディーノさんが私の肩に手を置いて、前に行くように促した。私はそれに抵抗することなく、一歩足を前に出して歩き出すと足の裏にきめ細かい砂の感触がして、海に来たんだと私に強く実感させた。

「灯! 山本の所に行って泳ごうぜ!」
「はい!」

 うるさい獄寺くんは置いておいて、ツナくんの手を握って砂の上を歩くと、獄寺くんが何やら威嚇してきたが、それはいつもの事だからと気にしないで、女の子に慣れていないツナくんの手を引き、ディーノさんの隣を歩くと、今度は女の子の声が聞こえた。
 さっきの獄寺くんの様に高く上げた手を大きく左右に振っている、黒髪でポニーテールの女の子がツナくんの名前を呼びながら此方に近づいて来る。ツナくんの知り合いなのか。と手を掴んだままの彼を見ると“ハル”と呼んだ。

「ツナさーん……って誰です?! その女の人! 浮気ですか?!」
「……ツナくんの彼女なの?」
「俺に彼女なんていないし、浮気もしてないから!!」

 となると、この黒髪ポニーテールの女の子はツナくんに片思い中というわけなのか。
 私が握っていない方のツナくんの腕を確りと組んで、私を威嚇するように肩を上げて私を睨む。元が可愛いからなのか、私が雲雀さんという存在に慣れたかなのかは分からないが、正直に言ってそこまで怖くはない。

「私北村 灯。ツナくんの同級生なの。よろしくね」
「……三浦 ハルです。ツナさんとは将来を誓い合ったラブラブの仲です!」
「んなっ?!」

 ……ツナくんとこの子の言ってる事をまとめると、やはり彼女の片思いという事になる……のか。

「ツナくんモテモテだね」
「灯ちゃんまで何を言ってんだよっ!」

 顔を赤く染めながらも否定するツナくんは見ていてとても可愛いが、ポニーテールの女の子がいつまでも私を睨んでくる状況はさっさと脱したいので、ツナくんから手を離して彼女に笑顔を向けた。

「私ツナくんと付き合いたいってわけじゃないから安心してね」
「ホントですか?」
「うん!ハルちゃんって呼んでもいいかな?」

 半信半疑のハルちゃんに向かって手を伸ばし、握手をしようとしていると私の肩を抱いていたディーノさんが酷く明るい声で話に入ってきた。

「灯は恭弥と付き合ってるもんな!」
「ディーノさんっ!!」

 背の高いディーノさんの口を塞ごうと手を伸ばし掌を確りと口に押し当てるが、私を避けようとしたディーノさんがバランスを崩して後ろに倒れ、私もディーノさんの口を手で塞いだ為にそのまま崩れ落ちた。

 ツナくんとハルちゃんの心配の声が聞こえ、直ぐに返事をしたが正直膝がすごく痛い。ここが砂浜でよかったと思わずにはいられない程にだ。

「鈍くせぇ……ってテメェなんでここにいやがる!!」
「ヒッ!」
「ギャッ!」

 獄寺くんが呆れたような声から一転し、威嚇するように声色を固くさせた。ツナくんに引っ付いていたハルちゃんを威嚇しているのかと思いながらも、ディーノさんの上から退けようと腕に力を入れると私の視界が急に思いもしていない方向に変わった。

「ねぇ、何してるの?」
「ひ、雲雀さん……」

 どうやら雲雀さんが私の腕を掴み引き上げたようで、ディーノさんに馬乗りになってしまった状況から、ディーノさんに跨っている状況に変化したようだが、依然として彼に迷惑をかけている事に変わりはないのだが、迷惑を被っている筈のディーノさんが何ともない顔をして上半身を起こし、爽やかな笑顔で雲雀さんに話しかけた。

「よ!恭弥もきてたんだな」
「僕の質問に答えて」
「俺が灯と恭弥がつっんぐっ!!」

 また余計な事を言われる前にディーノさんの口を掴まれていない方の手で塞いだ。間違っても彼の勘違いを雲雀さん本人に伝えるわけにはいかないからだ。

 また雲雀さんにトンファーで殴られる……っ!

「ディーノさんの勘違いです!」
「あの、灯ちゃん……?」
「見た目に寄らずパワフルな方です」
「何でもいいけどこれ以上僕の前で群れるなら、咬み殺すよ」

 そう言って彼は私の腕を引き上げ無理矢理立たせた。掴まれた力の強さや雲雀さんの熱が直接伝わり、酷く熱い。

「あ、ありがとうございます」

 お礼を言ったにも関わらず、雲雀さんは興味もなさげに私たちに背を向け、どこかに向かって歩いて行った。その後ろ姿は海水浴をしに来た人達の中では激しく目立ち、酷く浮いている。
 だからなのだろうか、雲雀さんの後ろ姿から視線が逸らせず、皆と遊んでいる時も掴まれた腕の熱がいつまでも篭っていた。