喧騒の静寂
ディーノさんの誤解も解けたあの楽しかった海から一転。ただの夏休みと成り下がった休みの中、私はやはり風紀委員のお手伝いとして学校に足を運んでいた。相も変わらず屋上は騒がしくて、時折様子を見に行っては、雲雀さんとディーノさんの怪我の手当をする夏休みを過ごすことになった。
夏休み中何やかんやあったものの、無事に二学期を迎えることが出来安心したのも束の間で、直ぐに学校祭の準備をしなくてはならなくなり、完全にいつもの日常と呼ばれる学校生活に戻る事は出来なかった。
「では、このクラスの出し物は喫茶店です」
騒がしい教室の中に、黒板の前に立つクラス委員長の声が響いた。学校祭まで残り2ヵ月。早々に出し物を決めたこのクラスは、当日に向けて動き出すことになった。
「今年こそ売上を出すぞ!!」
「オォー!!」
クラスでも目立つ男子が拳を天井に挙げ、クラス全体を鼓舞すると、それに続くように気合いの入った返事が帰ってきた。
“売上”。それこそがこの学校祭の要。我が校は天上天下唯我独尊を地で行く風紀委員長こと、雲雀 恭弥によって支配されている。そんな彼が所属する委員会のお金は学校から支給されるもので、幾ら雲雀さんと言えど、他の委員会との兼ね合いもあり額は多いと言えど限度がある。
では委員会の金額を増やすには何が手っ取り早いか……。そう考えると何個か案が浮かぶが、この学校祭もその内の1つなのだろう。売上の数%または2万円の支払い用心棒代込。
つまるところ、我々一般生徒から巻き上げる方が手っ取り早い。
だったら売上の出ない出し物をやればいいのではないか?と考えもするが、並盛高校の学校祭は生徒に優しい面もある。それは、売上をクラス全員で山分けすると言う風潮だ。去年も幾らかの売上をクラス全員で山分けし、打ち上げに行った記憶がある。
先生方だって馬鹿じゃない。雲雀さんの暴君っぷりだって、利用すれば得しかないという事だ。
売上を伸ばす為に生徒は必死になって学校祭を盛り上げる。そうすると、一般公開している学校祭に人が集まりお金が落ちる。そのお金を風紀委員が回収し、お零れを我々が手にすることが出来る。そして何より、並盛高校に入学希望者が増える。という事だ。先生方からしてみれば、入学者の定員割れの可能性が減るならそれに越したことはないのだろう。
「あくどい……」
そう思わずにはいられない。頭の中には黄色の小鳥を頭に乗せた雲雀さんが浮かんだが、頭を振って脳内から雲雀さんを排除した。
なんで、頭の中でも彼の顔を見ないといけないのだ。
「んじゃ、女子全員接客な!」
「男子は何すんのよ」
「俺達は宣伝に行くぜ!」
「いやいや! 誰がメニュー用意するのよ」
クラス内カースト上位の何人かが積極的に意見を出し合ってくれるおかげで、中間層から下は大した意見を出さなくても、ものごとがスムーズに進んでいく。勿論嫌な役回りをすることもあるが、それは自分の意見をちゃんと言えないツケなのだから、黙って受け入れるつもりだ。
準備期間というのはあっと言う間にすぎるもので、気が付けば学校祭一週間前になっていた。クラスの出し物は喫茶店で、おすすめはケーキセットだ。因みに私は接客ではなく、裏方作業をすることになったのだが、これはこれでまた大変なもので正直楽出来ると思ったのだが、目測違いにも程があった。
雲雀さんとも関わらない何とも素敵な日々。ツナくんたちだって大きな騒ぎを起こすことなく、校舎だってツナくんたちによって破損されたりしていない。
……いや、普通の学生は校舎を破損させたりはしないのだが。
だいぶツナくんたち一味に侵されているかもしれない。なんて失礼な事を考えていると、校内放送のチャイムが鳴った。今は学校祭の準備期間という事もあり、生徒会の人が校内放送を使って生徒を呼び出すのも珍しくはない。
あぁ、誰か呼び出されるのかな? なんて大して興味なく、目の前の作業に没頭する事にした。
どうせ自分じゃない。そんな風に高を括っていたのだ。
「2年B組、北村 灯。至急生徒会室に来ること。繰り返す。2年B組北村 灯。至急生徒会室に来ること」
……私は何かしてしまったのだろうか。生徒会に関わったのは数える位しかないのに。
教室にあるスピーカーを見つめていると、不意に誰かに肩を叩かれた。誰かと思い振り向くと、夏祭りにも一緒に行った友達が、心配そうに私を見ている。
「何かあった?」
「……わかんない。取り敢えず行ってくるよ」
「一緒に行こうか?」
「大丈夫だよ」
私の事を心配してくれる友達に笑いかけ、私は作業中のものを紙袋に詰めて、生徒会室に向かった。
このクラスの出し物は“喫茶店”なのだが、ただの喫茶店では売上は出せない。という理由の元に動物喫茶になった。
要は、動物を連想させる服装をして支給するというもので、何故かそれは裏方の人間も着なきゃいけないというもので、酷く首を傾げたが、あの場で意見を言わなかった私は従うしかなく、大人しく与えられた動物の服装を作るしかなかった。
右手に紙袋をぶら下げ、私は生徒会室に足を運んだ。途中すれ違う生徒達は何やら楽しそうで、この放課後の準備期間を目一杯謳歌しているように見える。
その様子が羨ましいわけではない。ただ、今の私にはそれだけの熱量がないだけの話だ。楽しいことをするのは好きだし、行事に参加するのも好きだ。だけど、ここ最近は違う事が頭の中を支配し、上手く切り替えることが出来ない。
それもこれも雲雀さんや、ツナくんたちが“ファミリー”だの“ボンゴレ”だの“炎”だのって言うからだ。
考え始めたら何故かイライラしてきて、気が付けば、私は大股で生徒会室に向かっていた。
生徒会室も応接室と同じように辺りは閑散としている。生徒会室の前に立ち、数回ノックすると中から声が聞こえた。
「失礼します」
開き戸を開くと、いつかに見た生徒会の面々が揃っていて、私の顔を見ると生徒会長が、1枚の書類を手に私のところにやってきた。
「よく来てくれた! これを見てくれ」
「……はぁ」
「この書類は、生徒会と風紀委員会の山分け表なのだが、雲雀のやつ気に入らんと受け取ってくれないのだ」
……とどのつまり、この表は私たちが汗水働いて稼いだお金の数%を山分けする為の内訳、ということか。
成程。生徒会もこの話に乗っかっているのか。なんて呆れつつも書類に目を通した。
一応風紀委員会の方に多くの額がいくみたいだけれど、なんでこの書類を受け取ってはくれないのだろうか。
「……うーん、この%の根拠はなんですか?」
「……適当だが?」
だから、雲雀さん受け取ってくれないんじゃないですかね?とは流石に言えなかった。
私から見た雲雀さんは、群れているという理由だけで制裁をする、危険人物だが、理由なく暴力を振るう人じゃない。とも思っている。
つまり、何かしらの理由の元行動している人だから、この書類も根拠がない為受け取らないのではないだろうか。
「根拠となる書類も提出してみませんか?」
「よし、至急各行事予算を確認しろ!」
生徒会長の声に反応した役員が慌てて、書類を作成し始めた。それを見てお役御免だと察した私は、静かに生徒会室を出ようとしたのだが、生徒会長に見つかってしまい、生徒会長に腕を掴まれた。
「君にはもう一つ頼みたいことがある」
「……なんでしょう」
「出来た書類を応接室まで持って行ってもらいたい」
そこで漸く何故私がここに呼ばれたのかが分かった。前に雲雀さんに使いっ走りにされてここに来たことがあるからか。なんて変に納得し、生徒会長のお願いを丁重にお断りした。
「なんでだ! 君は雲雀といい仲なんだろう?!」
「違います! そんなんじゃありません!」
「それでも頼む! ここにいる面々は既に行ってやられているんだ」
生徒会室の中にいる役員を見ると、確かに何処かしら怪我を負っている。それを見てお願いを断ることなんて、出来るはずもなく深い溜息を吐いた。
「これは借りにしときますよ」
「ぐっ、いいだろう」
生徒会に借りなんか作ったところで何にもならないのは知っている。だけど、そうでも言わないと腹の虫が収まらなかったのだから仕方ない。
大至急作成した書類を手に私は応接室に向かった。
初めて応接室に行った時よりも足取りは軽いのだが、やはり、雲雀さんのことを考えると足が重たくなってしまう。右手には紙袋。左手には生徒会からの書類を持って生徒会室から離れた応接室に向かうが、近づくにつれ学校祭準備期間だと言うのに生徒の声が聞こえなくなってくる。
「流石風紀委員会」
「それ、褒めてるの?」
後ろから聞こえたその声に驚き肩が跳ねあがった。低いその声は聞き覚えがあるもので、私がこれから会おうとしている人物のものだった。
黒い学ランを肩から羽織り、切れ長の瞳で私を見降ろす雲雀さんがすぐ後ろに立っていた。