間違えた距離感
「君裏方なの?だったら適当な時間に応接室に来てよ」
文化祭最終日。雲雀さんのそんな何気ない一言に私は溜息を吐いた。我ら2年B組の模擬店は動物喫茶なので、人が入ってくることは目に見えている。喫茶店というゆっくり座ってお茶や軽食を楽しめるのは勿論、客引きにはマドンナで有名な笹川 京子ちゃんがいる。儲からないわけがない。
そんな中雲雀さんからの呼び出しに応えるは、人が少なくなる下校時間近くしかない。文句を言われる事もないだろう、と高を括り私は裏方としての仕事に勤しんだ。
予想したよりも多くのお客さんが出入りしたのだが、それは山本くんと獄寺くんのお陰だろう。2人共顔がいいからクラス売上はぐんぐん伸びていく。
「皆凄い……!」
「あれ?ツナくん客引きは?」
「休憩だよ」
普段10代目と五月蝿い獄寺くんがいないところを見ると、彼のシフト休憩待ちなのだろう。手持無沙汰で行く所がないから裏方の方に来たってところかな?なんて、推論を立てつつツナくんを見ると彼はリスがモチーフなのか小さな耳と大きな尻尾が、ツナくんの茶色の髪ととてもあっていて女の私から見ても可愛い仕上がりになっていた。
「ツナくん可愛いね」
「そんなことないよ!灯ちゃんも犬可愛いよ」
「尻尾とかどうやって作ったの?」
「コレはハルが作ったんだ」
意外な人物の名前に、へぇ。と声が漏れた。ハルちゃんにそんな才能があったのか、なんて海で溌剌と笑う彼女の事を思い出した。
仕事片手にツナくんと話していると、彼の番犬がツナくんを迎えにやって来てしまい、楽しい時間は終わりを告げ、遂には学校祭初日の終了時間も近付いてきた。
「ごめん、休憩貰う前にメニュー少し貰ってもいいかな?」
「いいよ!って言ってもケーキとサンドウィッチしかないけどね」
「ありがとう十分だよ」
本当に終了間際になってしまった為に雲雀さんに対する謝罪を込めた差し入れの品だ。制服に着替える時間も面倒な為、おぼんにサンドウィッチとケーキセットを乗せて私は応接室に向かった。
文化祭終了時間が迫っているにも関わらず、校内は至るところで呼び込みの声や、体育館で行われているライブの歓声、それに楽しそうにしている笑い声で溢れ返っている。そんな校内でもやはりと言うべきなのか、応接室に近付くにつれて喧騒は聞こえなくなり、遂には自分の足音しか聞こえなくなった。
応接室の前に着き、ノックをすると中から雲雀さんの声がしたのでドアノブを握り扉を押し開けた。
「失礼します」
窓際の社長机に沢山の書類を広げ、それを見ていた雲雀さんの目が私を捉えた。雲雀さんが今使用している社長机の上には持って来たおぼんを乗せられそうにない為、足の低い長机の上にお皿を並べると、彼は私が持ってきた物に疑問を示した。
「何それ」
「うちで出てたサンドウィッチとケーキです。えっと、お詫びの品……ですかね」
応接室に置かれているお茶は日本茶が多いけど、紅茶だって置いてある。私はそれに手を伸ばすと、ストレート。とだけ言われたので、言われた通りにストレートの紅茶を淹れた。
それを足の低い長机に置くと、ソファに移動した雲雀さんがティーカップを手に取り飲み口に口を付けた。
湯呑みを持ってもティーカップを持っても絵になるのは狡いなぁ……。
「君は日本茶よりも紅茶の方が上手だね」
「ありがとう、ございます?」
「ケーキはあげる。僕甘いもの嫌いなんだ」
その一言につい笑ってしまった。まさか雲雀さんに嫌いな食べ物があったなんて、思いもしなかったのだ。
「何?」
「いえ、ただ意外だったので……ふふ」
「そう、それより君のその巫山戯た格好は何?」
動物喫茶をやっていた私は制服に着替えるのも面倒だった為、犬のコスプレをしたまま応接室に来たので、雲雀さんの目から見ればこれは巫山戯た格好なのだろう。
「犬ですよ」
「見たらわかるよ。御丁寧に首輪まで付けてるし。君裏方じゃなかったの?」
「接客に出る可能性もあったので」
ふーん。と興味をなくした雲雀さんがお皿の上にあるサンドウィッチに手を付けた。それを横目に雲雀さんの正面にあるソファに座り私は首を傾げた。
何で此処に呼ばれたのだろうか?
「あの?何で此処に呼ばれたのでしょう?」
「あぁ、この書類をやって」
雲雀さんは社長机の上に置かれた書類を私に差し出した。内容を見るに売上金と風紀委員会に納めるお金の表だったが、全て埋められており私がやるのは確認作業だろう。
電卓片手に計算しつつ、雲雀さんから貰った……もとい押し付けられたケーキを摘んでいると、不意に誰かが欠伸をした気の抜けた声が聞こえたが、この場には私と雲雀さんしかいないのだから、欠伸をしたのは必然的に雲雀さんという事になる。
「眠たいのなら寝たらどうです?」
「……30分経ったら起こして」
「はい、おやすみなさい」
ソファに深く腰をかけた雲雀さんは切れ長の瞳を閉じた。確認作業もあと少しで終わってしまうし、他に出来る事があればやってしまおうか。と腰を上げ社長机の上に散らばった書類の内の1枚を手に取り、目を通し直せるところは赤のボールペンで修正を入れた。
「ヒバリ、ヒバリ!」
「あ」
開いている窓から雲雀さんが可愛がっている黄色の小鳥が入って来て、可愛らしい声で雲雀さんの名前を何度か呼んだ。しかし雲雀さんはソファに深く腰をかけて眠っている。
「えっと、おいで」
「ヒバリ、ヒバリ」
小声で呼びつつ黄色の小鳥に向かって掌を見せると、雲雀さんの頭の上で旋回していた小鳥は私の掌に着地してくれたが、余程雲雀さんに懐いているのだろう。小鳥は首を傾げながら彼の名前を呼んでいる。
どうしよう……太股の上くらいなら小鳥さん乗せてもいいかな?
私は雲雀さんの隣に座り、彼を起こさないよう慎重に掌に乗っている小鳥を雲雀さんの太股の上に乗せると、小鳥は首を竦め愛らしい目を閉じた。
「可愛い」
「ふーん」
「えっ?!」
ボソッと呟いたのは独り言は寝ていたはずの彼に拾われた。
驚きのあまり目を大きく開き雲雀さんを見るが彼は大きな欠伸をして、黄色の小鳥を指の腹で撫でた。
「その格好君らしいね」
「へ?!」
それってどういう……。と聞く前に雲雀さんが、小動物と言った。
「後ろを着いてくる犬は君らしい」
「だったら雲雀さんは猫ですね。自由気ままでそれっぽいです」
「……咬み殺されたいの?」
「ごめんなさい!調子に乗りました」
鋭く細められたその眼光に一瞬で平伏した私は正しく小動物、もとい飼い主の庇護の下生きる犬なのだろう。