穴から覗く穴
気が付けば夏の暑しさは何処かに過ぎ去り、秋の風が頬を撫でるようになった。制服も夏服から冬服に変わり、最初はその変化に見慣れなかったが今は代わり映えのない日々として見慣れた。
それともう1つ慣れてしまったことがある。
「ショウドウブツ、ショウドウブツ」
「え、何でヒバードが此処に?」
「この子の名前ヒバードって言うんだ」
ツナくんと山本くんと教室で話していると、開いていた教室の窓から黄色の小鳥が入って来た。それに反応したのはツナくんで、初めて私のことを呼びに来た黄色の小鳥はどうやらヒバードと言うらしい、と知った。
「ヒバードなんで北村のこと小動物って呼んでんだ?」
「自分だって小動物のクセにね」
「あ、雲雀さんが灯ちゃんこと小動物って呼んでるから……?」
「正解」
人差し指をツナくんに向かって、正解だと言って私は席を立った。と言うのもこの鳥……もといヒバードが私の所に来たってことは雲雀さんが私を呼んでいる証拠なのだ。
「前は普通に放送で呼んでなかったか?」
「あぁ、確かに」
その話をするには少し時間が必要なのだが、雲雀さんが待っているしな……。と逡巡していると、どこからともなくリボーンくんがやって来た。
「オレもその話気になるな」
「あれ?! リボーンいつの間に……」
「ちゃおっス」
「小僧も気になることあるのなっ!」
「雲雀には俺から言っておくぞ」
「それなら……」
私は自身に起こった事件を思い出しながらぽつりと言葉に漏らした。
それは夏休みが終わって文化祭という一大イベントも終わった頃、いつもの様に応接室に向かっている時のこと。静かな校舎内に響く轟音。つまり雲雀さんとディーノさんが戦っている証拠だ。
なんか最近何時にも増して音が大きいというか……様子がおかしいんだよね。掌よりも小さな箱を使い出したし。
放送で呼び出された私は渋々応接室の中に入って事務作業を熟していると、不意に応接室の扉が開いた。委員の人や一般生徒含め教師陣すらノックをして入ってくるこの応接室をノックなしで入って来たってことは雲雀さんしかいないわけで、私は顔を上げて、おかえりなさい。と言葉をかけたがその言葉を受け取ったのは雲雀さんではなかった。
「誰ですか……?」
「アンタが雲雀の女って噂は本当だったんだな」
「は?」
この男子生徒は私と雲雀さんが親同士が決めた婚約者だということを知っているのか?否、あの話はリボーンくんと草壁さん以外にはしていないから外に漏れるはずがない。だって、あの二人はそこまで口が軽い筈ない。
「……何かの、間違いでは?」
「そう言うなよ。彼氏泣いちゃうぜ」
彼氏って……私と雲雀さんはそんな関係じゃないのに。とこの厭らしく笑う男子生徒に言ったところで信じてはくれないだろう。
何て言ったらこの生徒は誤解を解いてくれるのだろうか。と考えていると靴音が徐々に近付いて来た。足の低い長机は男子生徒に蹴り上げられ、処理していた書類が宙を舞う。
「いっ……!」
「来てもらうぞ」
胸ぐらを掴まれてしまい、必死に抵抗したがお腹に男子生徒の拳が入った。
「ガバッ!」
「痛い思いはしたくないだろ?」
既に女子相手には重たい一発だと思うのだが、と言う気力も元気も何処にもなく私は半ば引き摺られるように応接室を出た。放課後のこの時間は校舎内に生徒は殆どいないのが災いし、何処かの教室に連れ込まれるまで誰とも会わなかった。
「お、そいつが北村 灯?」
「応接室入ったら“おかえりなさい”って言ってくれたぜ」
「やっぱあの噂はガチだったわけだ」
好き勝手言うガラの悪い複数の男子生徒。ざっと見たところ七人位だろうか。頭の色を染め耳にはピアス。着崩した制服は正に素行の悪い生徒。
「灯チャンさー。雲雀の番号知ってんだろ?」
その問いに首を振ると私を連れて来た男子生徒がその掌で私の頬を打った。
「痛そー」
「嘘はついちゃいけませんって教わんなかったー?」
「……っ、本当に、知らない、のっ!」
所詮私たちは名ばかりの婚約者であって、私たちはそのことに反対しているのだから必要以上にお互いに近寄らない。と言うより、私だって雲雀さんのことが怖かったのだから近寄ろうなんて思ったことがない。よって彼のプライベートのことなんて一切知らない。完全に私と雲雀さんは学校内だけで成立している関係だ。
「オラ! スマホ出せよ」
「勿論ロックは解除してね灯チャン」
頬を打った男が私の前髪を掴み上げ、教室の椅子に座っていた男が近付き掌を差し伸ばした。痛む身体のままスカートのポケットからiPhoneを出し指紋でロックを解除しメッセージアプリを起動させ、友達欄を見せた。
「うーわっ、ホントに雲雀の名前がねェや」
「……記憶してんじゃねェの?」
「してないっ!」
そう言うと私の脇腹を男子生徒が蹴った。
余りの痛さに言葉さえ出ないが、私の前髪を掴んでいた男子生徒の手が離れた。その隙にと起き上がり教室の扉に向かって歩こうとするも、殴られたり蹴られたりした痛みで上手く身体に力を入れられなくて、膝から崩れ落ちる。
「健気だねぇー、彼氏くんの情報はあげられないってか?」
「雲雀さんは、彼氏っ、じゃない!」
這いずりながら扉に向かって進むと、何かを起動する軽い音が聞こえた。教室の中にいる1人の男子が口笛を吹いた。
見苦しくても浅はかでも、私は逃げることを選択したのだ。
「助けを求めに行くってか? 灯チャンかわぁーい」
「うるっ、さい」
酷く遅い動作で扉の前に辿り着き、扉を開け半身廊下に出ると、また髪の毛を掴まれ動きを封じられた。心做しか何本か髪の毛が抜けたような痛みが頭皮に走る。
「痛っ!」
「逃げんなって……ぐァっ!」
掴まれていた感覚がなくなると同時に聞こえてきたのは、耳に馴染んだ雲雀さんの声だった。
「ねぇ、何してんの?」
「ひ、ばりさん……」
見上げると両手にトンファーを構えた雲雀さんがそこに立っており、学ランの節々が破れていて、顔からは血が流れているにも関わらず平気そうな顔をして扉の前に仁王立ちしている。
助かった……。
「ハッ、呼び出す手間が減ったぜ」
「しかも傷だらけときたもんだ。この間のお礼参りといこうじゃねェか」
男子生徒は鉄パイプを持ち一斉に雲雀さんに向かって攻撃を仕掛けたが、その全てを雲雀さんはトンファーで受け止めた挙句弾き返してみせた。男子生徒は床に尻もちをつき、痛みでか低い声で唸っている。
「雲雀さん……」
「この学校の風紀を乱した制裁を与えよう」
先ずは私の髪を掴んでいた男子生徒を蹴り上げた。その男子生徒は完全に気絶しているのか動く気配が全くない。それをいいことに私は痛む上半身を起こして壁に背を預けた。
「雲雀は怪我してんだぞ! この人数で負けねェわけねェだろ!!」
軽口を叩いていた男子生徒が怒鳴りながら雲雀さんに向かって鉄パイプを振り下ろすが、雲雀さんは赤子の手をひねるかの如く軽々しく返り討ちにした。
「北村 灯」
名前を呼ばれ今しがた倒れてた男子生徒に向けていた視線を雲雀さんに移すと、彼は視線を私に向けていた。
「はい」
「僕の戦いを見てて」
「……はい」
この状況……五人対一人の中でも雲雀さんはつまらそうな顔をしている。それだけ余裕ということなのだろう。
何で私は雲雀さんの顔を見た瞬間、助かったと確信出来たのだろう。
雲雀さんの動きに合わせてはためく学ランに、トンファーを振り翳す彼の後ろ姿に私は視線を逸らさないでいた。
如何して“見てて”と言われたのかわからないままに、私は雲雀さんだけを見ていたのだ。