snow white



「え?!ソレって雲雀さんが原因で怪我をしたってことだよね?!」
「まぁ、そうだね。正確に言うと勘違いしていた向こうが悪いんだけどね」
「北村の怪我はもう大丈夫なのか?」

 山本くんの心配している表情を和らげる為、制服の袖を捲り素肌を見せた。私の腕には傷跡一つなく今現在怪我をしていないことを示すと、二人は安心したように笑った。

 ショウドウブツと私のことを呼んでいたヒバードはすっかり大人しくなり、今は私の肩の上に乗っている。時計を見るとヒバードが迎えに来てから五分は過ぎていた。
 流石に俺様何様雲雀様に怒られる、と慌てて席を立つと、ヒバードが肩から離れ代わりにリボーンくんが肩の上に乗っかって来た。

「オレも行くぞ」
「え?……あぁ、雲雀さんに話付けてくれるんだっけ?」
「リボーン一緒に帰んないのか?」
「あぁ」

 話は終わったのかツナくんは、不思議そうな顔をしたもののそれ以上何か言うこともなかったので、私はリボーンくんを肩に乗せたまま教室を後にした。

「灯」
「何かな?」
「雲雀のことどう思ってんだ?」

 抽象的な質問に何と答えるべきなのか、考えるが答えが出て来ず言い淀んだ。

「どう……って言われても」
「好きなのか?」
「好き?!」

 まさかまだまだ赤ちゃんのリボーンくんからそんな単語が出てくるとは思わず、前を進んでいた筈の足は驚き止まった。

「好き、ではないと思うけど……怖い人とも思えなくなった、かな」

 彼の優しさに触れてしまったから。あの人の暖かい部分に触れてしまったから……。

「雲雀さんは思ったよりも……暖かい人だっていうことは知ったよ」
「知る前には戻れねェぞ。何事もだ」
「うん」

 頭のいい赤ちゃんを肩に乗せたまま応接室の前に立つと、自動でドアが開き中から雲雀さんが出てきた。それに驚き半歩後ろに下がり黙って雲雀さんを見上げていると、肩に乗っていたリボーンくんが雲雀さんに話しかけた。

「ワリーな雲雀。灯を借りてたぞ」
「ふーん」

 何をしていたのか、を説明するには少し恥ずかしい話題なだけに雲雀さんがどうか興味を持たないで欲しい。なんて心の隅っこで思いつつ、私は雲雀さんに向かって少し頭を下げた。

「ごめんなさい。遅れました」
「……早く仕事して。あと次遅れたら咬み殺す」
「……はい」

 肩に感じていた重さは綺麗に廊下に着地し、得意気な顔を私に見せた。

「オレの愛人って手もあるぞ」
「あい……っ!!」
「ワォ。君精通もまだでしょ」
「いや……っ、その話題はちょっと……」

 色んな動揺を残してリボーンくんは何処かに去って行き、動揺を抱えたままの私は大人しく応接室の中に入った。

 私を無理矢理連れ去った男子生徒が蹴り上げた足の低い長机は元の位置に戻され、その上には書類が置かれている。

「あの、あの時はありがとうございました」
「何のこと」
「……お礼を言いたくなっただけなので」

 ツナくんたちには言わなかったが、あの話には続きがある。風紀を乱した制裁という名の反撃を許さない一方的な暴力を奮った後、雲雀さんは振り返り、教室の壁に背中を預け痛みで動けないでいる私を横抱きで持ち上げたのだ。

「雲雀さんっ!」
「煩い」

 急に視界が高くなり不安定な体制が怖くなり、思わず雲雀さんの首に抱きついたが彼はそれに対して何か言うこともなく、ただ無言で何処かを目指して歩いて行く。
 次第に不安定な体制にも慣れ、頭の中は“何故雲雀さんは来てくれたのか”と言うことを考え始めた。校内を見回っていたから?それとも……私の姿が見えなかったから?

 いや、どう考えても圧倒的前者だ。
 ディーノさんとの特訓も終わり、日課の巡回をしている時にたまたま現場を見かけた。これが正解だろう。

 ……でももし、後者だったら?

 雲雀さんの歩幅に合わせて僅かに揺れる身体。それにつられるように揺れ惑う考え。

「何で、来てくれたんですか?」

 淡い期待を滲ませないように、だけど完全に捨てきれないまま私は雲雀さんに問いかけた。数秒の無言は長く感じつつも、雲雀さんの薄い唇が動く瞬間を私は見上げた。

「君が屋上に来なかったから」
「……え?」
「振り向いたら君がいなかったから」

 本当にそれだけで探しに来てくれたの? たったそれだけのことなのに雲雀さんは私を探してくれたの?
 例えそれが彼の気紛れだったとしても、その事実が私の胸の奥を熱く燻らせる。

「怪我……してたのに?」
「君もでしょ」

 雲雀さんの白魚のような肌をした頬には切り傷があり、腕や胴体にも赤く腫れ上がった鞭の跡や打撲した形跡がある。
 普段私が手当をしている怪我だ。

 雲雀さんの返事が嬉しかったのか、それとも恐怖から解放された安心感が今になってやって来たのはわからないが、私は涙を流した。大粒の涙が次から次ととめどなく流れ、雲雀さんの着ている服を濡らしてしまっているが自制する気持ちは何処にもなく、遂には雲雀さんにしがみついた。

「怖かった……怖かった、です」
「そう」
「痛いし、怖いし……辛かったっ」
「ふーん」

 私を励ましたり労わる言葉等一切ない相槌。雲雀さんにはわからない感覚なのだろう。痛いは共感出来ても雲雀さんは痛みより戦うことを優先するし、圧倒的実力差があっても恐怖なんて感じない。より強い者と戦える興奮や喜びで埋め尽くされているのだろう。
 だから変に共感されるより、彼の適当な相槌の方がずっと嬉しい。

「ありが、とうございます……あと、雲雀さんの手当しますね」
「うん」

 伝わる熱は優しさを孕み私の体内に溶けていった。トンファーを振るうその腕は私を優しく抱き上げている。
 心臓が大きくゆっくりと跳ね上がる。

 理解出来ないと感じていた人の一部に触れ、それを嬉しいと感じている。その事実に私はまた涙を流したのだ。