改めて初めまして
首の痛みで目が覚めた。深く沈んでいた意識を浮上させると、瞼の裏から西陽を感じた。煩わしく感じるその西陽に眩しさを耐えつつも目を開けると、見知らぬ部屋にいた。
気の木目が見える天井が真っ先に視界に入り、次に寝心地のいい布団の中にいる事に驚いた。
……私、あの後……どうしたんだっけ?
「起きたの」
「……あ、」
頭上から聞こえた声は、低い男性の声で、父の声とはまた違うものだった。
誰かがそばにいるのだと、もしかしたら、雲雀さんに殴られた時に、ここまで運んでくれた人かもしれないと、ぼやける頭で考え、起き上がってお礼を言おうと、布団の中で動くと、男の人は、動かなくていいよ。と言った。
「あの……、ここは?」
「北村灯。並盛高校2年B組の書記。目立った成績もなく授業態度も良好」
「……あの……?」
淡々と並べられる自分の情報に頭の中がクリアになっていく。そして、気が付いたのだ。私の情報を淡々と語るその声は雲雀恭弥だと。
背中や額に汗が滲む。
「将来の僕の奥さん…ね」
「雲雀……さん……」
「凡庸な小動物だ」
小動物。さしずめ自分は肉食動物とでも言いたいのだろうか。いやいや、こんな考察はどうでもいい。この状況を先ず整理しないと、先には進めない。雲雀さんが言った通り、私は平凡的な頭しか持っていないのだから。
「ここまで、運んでくださったんですか……?」
「草壁がね」
「……そうですか」
草壁さんと言うと、確か風紀委員の人だったよね?というか、この人私の事気絶させておいて、自分の部下に私を運ばせたのか。
なんて横暴な人だと、辟易しながら起き上がると、彼は私の行動を止めはしなかった。
改めて向かい合うと、雲雀さんは片膝を立てて座っており、威圧的にも感じるが、それが様になっており、思わず見入ってしまう程だった。
「お布団ありがとうございます。お陰で少しは楽になりました」
「ふーん」
「えっと、あの……」
「君、殴った人間に向かって感謝の言葉を言えるんだね」
え?それ、あなたが言います?という言葉が頭をよぎったが、そんな事を言ったらまた殴られるに違いないと、寸での所で飲み込んだ。だが、飲み込むと言葉が出てこないのだ。
「僕に君は必要ないよ。君が僕に興味がないように」
「はぁ……」
それはつまり、雲雀さんは私との婚約を望んでいない。という事だろうか。切れ長の錫色の瞳が私を見つめるが、その瞳に温度が全くない。濡鴉色の艶のある髪が、窓の隙間から入る風に揺れている。
「私は、この話はなかったことにしたいと思ってます」
「利害の一致だね」
「はい」
そう、利害の一致だ。私は雲雀さんが怖すぎて婚約なんてしたくないし、雲雀さんは私を必要としてない。だから婚約もしない。
これはこの話は綺麗に流れるな。
そう確信して、内心ほくそ笑みながら、その日は母と一緒に帰宅した。勿論母には婚約破棄する旨を伝えるも、母は取り合ってくれなかったが。
翌日、いつも通りに学校に行くと、服装点検日だったのか、風紀委員の皆さんが校門前に並び、生徒の服装を検査している。中学の時から変わらず、黒い学ランに赤地に金色の文字で風紀委員と刺繍をしてある腕章をつけて、委員の人達は漏れなく皆さんリーゼントだ。
私はこの服装点検に引っかかったことがない。故にこのリーゼント集団の人達とも関わりを持ったことがないのだが、何故か今日に限って雲雀さんの姿を探してしまう。
昨日の出来事が、私の中で消化しきれてないのだろうか。
「灯ちゃん! おはよう」
「おはよう、ツナくん!」
「てめぇ何馴れ馴れしく10代目に挨拶してんだ!!」
「獄寺くんもおはよう」
ツナくんこと沢田綱吉くんと、自称ツナくんの右腕の獄寺隼人くん。中学の時から何かと仲良くさせてもらっているが、彼らは時折大怪我をしたり、学校を爆破したり、何日も登校して来なかったりと何かと騒がしいのだが、私の大切な友達だ。
「今日服装点検日だったのかー! オレネクタイ忘れてきちゃった!!」
「10代目!ネクタイのならオレのを……!」
「獄寺くんもネクタイしてないよね」
「……!! 10代目に恥をかかせるなんて!オレは右腕失格です!!」
獄寺くんは少しかがみ、両手を両膝につけて勢いよく頭を下げてツナくんに謝る。その様子はさしずめ何処かの極道もののワンシーンのようだ。
ツナくんは必死に獄寺くんに頭を上げるように頼み込むと、獄寺くんは顔を輝かせて、なんて慈悲深い……。と呟いた。
いつもの光景だ。
「沢田綱吉と獄寺隼人」
「ひっ! 雲雀さん!!」
「校則違反の挙句、僕の前で群れるなんて、余程咬み殺されたいみたいだね」
雲雀さんはトンファーを両手で構え、口角をあげ獲物を見つけた肉食動物みたいな笑みを浮かべた。それを見たツナくんは顔を青くして震え上がり、獄寺くんはそのツナくんを守るように、1歩前へ出て雲雀さんを睨みつける。
「てめぇ! ボンゴレファミリーの自覚がねぇのか!」
「僕は何かに属した記憶はないよ」
「それでも守護者か!!」
10代目とかファミリーとは何なのだ。山本くんや獄寺くんが勝手にそう言うグループを作っているのかと思っていたが、雲雀さんまでそれに関わるとは思わない。いや、本人は否定しているのだけれど。
それに守護者って何?
「君たち2人、反省文を書いて応接室に持ってきて」
「あぁ?!」
「ひっ!! はい! 分かりました!」
反省文で事済ますなんて、噂より優しい。と感心したその瞬間。何かが何かにぶつかる打撲音と呼ばれるであろうその音が耳に入った。直後獄寺くんの呻き声が聞こえ、次いでツナくんの叫び声とまた打撲音が聞こえた。
今の一瞬に何が起こったのか。気が付けば2人とも地面に伸びていて、目の前にはトンファーを構えた雲雀さんが立っている。
服装の違反はしていないつもりだが、群れていたからトンファーの餌食になるのだろうか。だとしたらなんて理不尽なのだろう。
「やぁ、北村灯」
「……先日はどうも」
私を見下ろす彼は、殆ど無表情のまま私の名前を呼んだ。それに大した意味はないのだろうから、頭だけ軽く下げて挨拶をした。ただそれだけの事。だけどツナくんにとってそれだけの事ではなかったようだった。
「え?! 2人とも知り合いなの?!」
「君に話す義理はないよね」
地面に倒れながらもツナくんは驚きの声を上げて、私と雲雀さんの顔を交互に見る。 その視線が煩わしかったのか、雲雀さんは冷たい言葉でツナくんを突き放し、肩に羽織った黒い学ランを風に靡かせながら校舎に向かって歩いていった。
痛てて……。と起き上がるツナくんと獄寺くんは、リーゼントの風紀委員の方からしっかりと注意を受け、教室に行くと、担任の先生から反省文のプリントを渡された。そして何故か山本くんも笑顔でそれを受け取っていて、頬には大きな絆創膏が貼ってあった。
「はははっ! お揃いだな!」
「山本も雲雀さんにやられたの?!」
「出会い頭で1発だったぜ!」
理不尽にも程がある。山本くんは笑って流しているが、私だったら怒って怒鳴っているだろう。
……いや、相手が雲雀さんだからきっと怖がり、何度も頭を下げて謝っているに違いない。
やっぱり、雲雀さんとの婚約なんて無理の中の無理だよ。