理不尽にも程がある
ツナくんたちの反省文は何故か私が応接室に持って行くことになった。
解せぬ。
3人ともやる事があるらしく、ツナくんは必死に私に向かって頭を下げ、慌てて教室から出て行った。
最近またツナくんたちは何かと忙しくしているみたいで、時折腕や足に包帯を巻いて登校してくる。
「はぁ…」
軽い溜息を吐き、反省文を片手にスクールバッグを肩から下げて、応接室に向かって足を進める。教室を出た時は騒がしかった校内が、応接室に近づくにつれて静けさの方が目立つ。応接室がある階に着くと、全くと言っていいほどに人の気配を感じられない。
まるでこの空間だけ、世界から切り離したみたいだ。
応接室の前に立ち、ゆっくりと数回深呼吸を繰り返す。そして応接室の扉をノックした。
コンコンと軽い音が静かすぎる廊下に響くと、今度は低い声が扉の中から聞こえた。
「失礼します」
ドアノブを捻り扉を開けると、正面に窓がありその前には社長机があって、雲雀さんはそこで何かの作業をしている。
扉を開けて入って来た私の事は一瞥ただけで、大した興味もないのか何も言わずに机の上にある書類に視線を向けている。
「雲雀さん、ツナくんと獄寺くん、山本くんの反省文を持って来ました」
「ワォ、どうして君が?」
「用事があるみたいなので、代わりに」
「ふーん」
この書類はどうしたらいいのかと、雲雀さんを見ていると、彼は私に向かって掌を見せた。それは私の持っている書類を渡せと言っているみたいで、促されるように書類を雲雀さんに渡すと、彼はそれに軽く目を通した。すると、雲雀さんは三吉と山本武の書類は誤字脱字が多すぎる」
「あぁ……今ここで直しちゃってもいいですか?」
「早くしなよ。時間がないんだ」
やはり、彼は横暴な人だと心の中で溜息を吐いて、黒革のソファに腰をかける。学校の備品にしては柔らかい座り心地に、ちょっとだけ感動して、鞄の中から筆箱を取出して反省文のプリントに向き合った。どうやら誤字脱字があったのはツナくんと山本くんのだけらしい。
流石獄寺くん。頭がいいだけある。というか、どうせ一緒に書いたんだからツナくんと山本くんの反省文にも目を通して欲しかったな。
シャープペンの芯を出しながら、何処が間違っているのか探しながら文章を目で追っていったのだが、慌てて書いたのだろう。文章そのものがお粗末なもので反省文の意味を成していないものだった。
ツナくんも山本くんも只管反省してます。と書いているだけで、改善点が書かれていない。これじゃ受け取ってもらえないだろう。と思い、私は誤字脱字のついでに改善点を適当に書き加えていった。書いては消してを繰り返して、自分の納得のいく文章を書き終え顔を上げると、目の前には雲雀さんが対面しているソファに座っていた。
いつの間に……。
「終わったなら見せて」
「……はい。どうぞ」
黒革のソファに腰掛け足を組む雲雀さんは、容姿と相まってとても絵になる。この人、咬み殺すとかトンファーとか持ち歩かなければ相当モテるんだろうなぁ。なんて、他人事のように考えながら雲雀さんに視線を向けていると、私の視線が煩わしかったのか、雲雀さんが鋭い目付きで私を睨む。
「何、咬み殺されたいの」
「いえ……ただ、見ていただけです」
「視線が五月蝿いよ」
「すみません」
鋭い目付きで睨まれると、自然と身体が強ばってしまうのだが、トンファーを出されなかっただけマシだと思い、今度は応接室から見える外の景色を楽しむことにした。
そうは言っても窓から見える景色は、普段見てる景色となんら変わらなくてすぐに飽きてしまった。
風に揺らされる白いカーテンに、部屋の隅に置かれている観葉植物。青い空に浮かぶ白い雲。雲雀さんのことはもう観察できないし、どうしようかと考えていると、黄色の小さな鳥が窓からやって来た。
「ヒヨコ?」
「ヒバリ、ヒバリ」
黄色の小鳥は雲雀さんの名前を呼びながら応接室にの中を飛び回る。そして、濡鴉色の艶のある頭に羽を休めた。
「ヒバリ、ヒバリ」
「ペットですか……?」
「知らない」
これだけ懐かれて、ペットではないと言うのか。小鳥は雲雀さんの頭の上で調子良さげに並盛中学校の校歌を歌っているが、所々音が外れていて、小鳥への愛らしさを倍増させている。
「可愛いですね」
人懐っこいのか、小鳥は私の方へ飛んできてくれた。両掌で小鳥の受け皿を作ると、小鳥はヒバリ、ヒバリと鳴きながら私の手の中に収まっくれた。
「もふもふだね君」
「モフモ……?」
小鳥は聞き慣れない単語に首を傾げた。その仕草も愛らしく、片手で小鳥を持って空いているもう片方の手で嘴の下辺り、人間で言うところの顎の裏辺を指で撫でると、小鳥は嬉しそうに小さな羽根をばたつかせる。
「随分内容が良くなったけど、君こういうの得意なの?」
「分からないです。好きではありますけど」
「ふーん。君さこの書類もやっておいてよ」
雲雀さんは反省文に目を通したあと、立ち上がり社長机の上の書類を数枚手に取り、それを私に渡す。ちらりとプリントの内容を見ると、どうやら行事の企画書のようなものだった。
これ、生徒会の仕事なんじゃ……。
「生徒会は使えないからね」
「そう、ですか……」
まるで私の心の中を読んだのではないか?と疑うほどにタイミングよく雲雀さんが簡潔かつ攻撃的な説明をしてくれた。
「えっと、この企画書私が見てもいいんですか?」
「終わったら言って」
「はぁ……」
見せて困るものは見せないか。と自己完結し渡された書類に目を通す。企画を進行するにあたり説明不足の箇所が何点かあり、それを余白スペースに書き込んで雲雀さんに見てもらうと、彼は次の書類を渡してきた。
応接室の壁にかけられた時計の秒針が微かに聞こえる。黄色の小鳥は雲雀さんの膝の上でうたた寝している。シャープペンの走る音と、紙を捲る時の音が何度も耳に入いる。
私ここで何をしているんだろうか。
そう思う頃には応接室に来てから何時間経ったのだろうか。うちの高校は生徒の自立心を尊重しているのか、大体のことは生徒に任せている。だからこそ、基礎となる企画書類からちゃんと作り込まないと行事が成り立たないのだ。雲雀さんは今の生徒会にその能力はないと判断して、風紀委員で進めることにしたのだろう。
何故か巻き込まれてしまった……。
「終わった?」
「んー、大体は終わりました」
「そう」
数枚の書類を揃えて雲雀さんに渡すと、彼はそれに軽く目を通して、机の上に置き立ち上がった。勿論小鳥はその振動で目が覚めたのか、ヒバリ、ヒバリとまた鳴きながら応接室の中を自由に飛んでいる。
肩から羽織った真っ黒の学ランを靡かせながら雲雀さんはドアノブに手をかけた。そして後ろを振り返り、私の目を見る。切れ長の目が私を射抜くと、何もしていないのに心臓が嫌な音を立てる。
何かされたわけじゃないのに、怖いと感じてしまうのだから情けない。
いや、雲雀さんの逸話の所為とも言えるのだが。
「明日の放課後もここにおいで。逃げたら咬み殺すよ」
「は、はい」
そう言って雲雀さんは颯爽と応接室から出て行き、小鳥もその後について行った。私はというと、特にやる事もなくなった応接室にいつまでもいることは出来ない、と思いスクールバッグを肩から下げて、雲雀さんの後を追うように応接室から出た。
廊下には誰の姿もなく、ただ静寂だけが広がっていた。